「それは、エメンの民が愛用したといわれる守護石ですね。色の濃い物ほど強い魔除けの力があるそうですが、何故こんな所に?」
怪訝そうに細い眉を寄せるエレアヌにリオが事情を話そうとした時、広間の奥から何かが割れる音がする。
同時に聞こえる、不気味な咆哮…
「あいつ……! 魔物を連れてくる気じゃないか?」
シアルが聖剣を構えて警戒する。
それは、オルジェも同感で、剣を抜いて身構える。
「違う……」
しかし、首飾りの守護石を見つめていたリオだけは別の不安がよぎり、突然駆け出した。
「リオ!」
慌てて後を追うのはシアル。
その後に、オルジェ、エレアヌ、ミーナ、走れるほど回復した
真紅の巨大な精封球から、いつものように魔物を引き出そうとしたディオン。
だが、出てきた魔物は彼の命令を聞かず、突然暴れ始めた。
「やめろ! 俺はお前等の主だ!」
叫ぶディオンに、五本の刃物のような爪をもつ二本足の怪物が襲いかかる。
「うわぁっ!」
完全に塞がっていない胸の傷を爪で切り裂かれ、彼は悲鳴を上げた。
続けて襲う爪は、獲物を貫こうと突き出される。
「危ない!」
声が聞こえた。
魔物の爪に貫かれる直前、声の主がディオンを抱き寄せる。
そして広がる、七色の光。
「……お前は……」
光が消え、自分を庇った者が誰か分った時、ディオンは驚愕した。
魔物は全て消滅し、黒髪・黒い瞳の少年が、新たに傷を負った胸に手をかざし、癒しの力を使っている。
温かな光が、身体を包む。
それはとても心地よく、傷のせいで弱っていたディオンは、一瞬それに身を委ねてしまいそうになった。
しかしすぐに我に返り、ディオンはリオの腕を払い除ける。
「何故だ! 何故お前はそこまで他人の為に動く? 優れた力を持ちながら、何故自分の為に使わない?」
気力で起き上がり、ディオンは怒鳴った。
対するリオは一瞬キョトンとするが、すぐに答えた。
「この力は、僕一人のものじゃない。みんなが少しずつ分けてくれた力が集まって、一つの大きな力になった。それなら、みんなの為に使って当然だろ?」
そして片手を傷ついた青年に向け、再び癒しの力を使い始める。
「俺は、お前に力なんぞ分けてはいないっ!何を企んでるか知らんが、俺に恩を売ろうとしても無駄だ」
「企みなんて無い」
拒絶の意を示して後退するディオンの腕を、リオの片手が素早く掴む。
「動くな、傷がふさがらない」
温かな光に再び包まれ、ディオンは貧血を起こしている身体から力が抜けそうになった。
「……俺を…どうするつもりだ……?」
倒れそうになるのを足に力を込めて耐え、黒き民の最後の一人である青年は問う。
「エルティシアに連れて帰る」
返ってきた言葉に、ディオンはギョッとした。
「俺を連れ帰ってどうする、捕虜にでもするのか? だが、俺に仲間なんぞいない。全く意味が無いぞ」
「捕虜じゃない。同じ大地に生きる民として、移住してもらうだけだ。大地の妖精は既に、お前に手を差し延べている」
その言葉に、ディオンはその視線を細身の青年に向ける。
長い栗色の髪をもつ青年は、穏やかにこちらを見詰めていた。
視線が合うと、彼は微かに笑みを浮かべる。
「貴方はここにいてはいけません。一緒に帰りましょう、白き民のもとへ。……貴方の血の半分は、彼等と同じなのですから……」
その言葉を、近くにいる白き民たちが静かに聞いていた。
「これ、落としてたよ」
ディオンの片腕を掴んでいたリオが、空いている方の手をポケットに突っ込み、先刻の首飾りを取り出した。
「……それは……」
途端に、ディオンが動揺した様子を見せる。。
「返せ!」
掴まれていない方の手が、首飾りをひったくった。
(……やっぱり……)
黙って俯き、それを大事そうに握り締める彼を見て、リオは確信する。
そして前世の記憶をもつ少年は、一つの名を導き出した。