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第6話

 脚本家、城砦勇気じょうさいゆうき。彼のモーニングルーティンは朝鏡の前で鍛え上げられた腹筋を眺める。

 自分の美を堪能しながらティーカップの紅茶を飲む。それがまさしく嗜好の一杯。

 それからワイシャツを着て、いつも通りパソコンの前に向く。

 パスワードをキーボードで叩き、今回の舞台の脚本を見直す。

 自分にしては、最高の出来だと思う。登場人物やヒロインの配置、台詞まで気を配らないといけないキツイ仕事だったが、やりがいはあった。


 煙草の箱から一本取り出して、火を点ける。紫煙が昇るのをぼおっと眺めながら酔いしれる。

 彼は、自分で理解している。極度のナルシストであると。

 でも、だからと言って何なのだ。ナルシストで何が悪い?

 作家たるもの、自分にストイックでないといけないとか、近代文学の三島由紀夫に影響され過ぎだっつーの。

 すると会社から連絡が掛かってきた。

「すみません。城砦さん。脚本リテイクです」

「はあ⁉ いったいどこが?」

「ぜ、全部です」

 今回の演劇プロデューサが粛々と述べた。それに猛烈な怒りが湧く。

「何様だ。俺の最高な脚本にケチ付けようと言うのか」

「いえ、そういうわけでは……とりあえず、原作者様と話を……」

 それに半笑いしてしまう。「ああ、原作者のプライドかあ? もともとは素案がよくなかったんだろうがあ。だから俺がテコ入れしてやったんだろ。違うか?」

「そうです。その通りです。はい」

「はいはいはいはい、って何でもかんでも首肯してんじゃねえぞアホプロデューサー。今回の舞台でのお前の推薦は、俺が一枚買ったことを忘れんなよ」

「……っ」

 プロデューサーが息を飲んだのが分かった

 自分はゼロ年代から二十年近くシナリオライターとして第一線で活動してした男だ。それなりに自負はある。


 ――お前の書いたシナリオはゴミなんだよ。


 過去、新人の頃に演出家に自分の書いた原稿を踏みつぶされた。

 それから血のにじむ思いまでして脚本を書きまくった。

 自分に才能があればどれほど良かっただろうか、などど妄想に耽ることもあった。

「クソ原作者が。俺の気も知らねえで」

 脚本を握る。これにどれだけ労力をかけたか。知らねえくせに文句垂れてんじゃねえよ。

「俺が、どれだけの想いでこれを書いたのか、知らねえ奴は黙ってろよ」

「ですが、城砦さん。あなたは第一線で活躍するプロだ。プロならプロらしく……」

「何だと?  俺に指図しようと言うのか?」

 自分が通話していたことを忘れてしまい、原作者に対する侮蔑を吐いていた。

「僕はね、この原作者さんには当然として物語の図る目と言うものがあると思っています。それでいて、駄目な箇所があるってことならばなにかこの脚本は破綻しているのでしょう」

「なんだとっ……」

 城砦はこの手に持つスマホをぶん投げてやろうかとも思った。

「あなただけが、苦節を味わったんじゃない。一度、“彼”を信じてみてはくれませんか?」

「はあ……白石、か」


 漫画家白石の作品である『Orangeな愛を』の三巻を見てみる。

 漫画自体は素人目でも原作者の卓越した努力が伝わってくる。

 だからだろうか。この漫画がヒットしたのは。

 城砦だって理解しているつもりだ。彼の人気に。だからこそ彼に寄り添って脚本を作ったつもりだ。それなのに反論してきたのに自分は苛立ってしまう。

 自分はお前のための脚本を作ってやったんだぞ、と。

 高飛車だと言われればそうなのだろう。

 だがしかし、城砦の述べ容易としていることも分かるはずだ。

「分かった。原作者と会おう。奴に脚本の難しさを覚えさせる」

「……分かりました。予定を合わせます」


「はい。それでは……」

 プロデューサーが通話を絶つ。そのあと肩を落とし、すぐ編集者の平田に連絡を掛けた。

「原作者の白石さんと脚本家の城砦さんとの会談の件ですが、ええ、了解が取れました。日時は追って連絡します」

 通話を切り、そして椅子に腰かける。

「あのわがまま脚本家が。ふざけんなよ」

「あの~これから飲み会に行くんですけど、どうです?」

 若手の女性がそう訊ねてくれる。その言葉に笑って応える。

「ごめん。仕事が残っているんだ」

「そうですよねえ。すいません。じゃあまた機会があったら」

 そう、思ってもいないから平然と次の機会の約束なんて取り付けることを言う。だから会社の女は嫌いなんだ。

 毒を想い、それからカロリーメイトを食す。


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