定時まであと30分。
今日も真っ直ぐ家に帰れるように私は少し早めにだが、帰る準備を始めた。
全てはすぐ寝て、夢の中の恋人たちに会う為に。
うちの会社はホワイトだしゆるいので社員たちはみんなこの時間になるとこの後何をするのか話し始める。
真っ直ぐ帰ろうとする私のような人、これから飲み会をするので人を集めたり、行きたいと声をあげたりする人。
公開された映画を観に行く、本を買いに行くなど、本当に様々なこの後の予定がこのオフィス内を飛び交う。
「ねぇ、エマちゃん?今日どう?3人の恋人たちとの話が聞きたいなぁ」
「ちょっとカオリさん。その言い方だと私が随分遊んでいる印象になるじゃないですか」
帰りの準備を整えていると隣からニヤニヤ笑いながらカオリさんが私に声をかけてきたので私はそれに対して嫌そうな顔をした。
しかし時はすでに遅くカオリさんの言葉を聞いたオフィス内がざわざわと一つの話題で騒がしくなる。
「え?エマさん3人も恋人がいるの?」
「絶世の美女だからなぁ。いてもおかしくない」
「いやいや。美人でもやっていいことと悪いことがあるでしょ」
全て私の噂だ。
みんな興味深そうにこちらを見ている。
「同じようなものじゃない?それとも言い訳する?」
オフィス内の様子を見て意地悪くカオリさんが笑う。
その顔は言い訳…夢だと私がみんなに言えないことをわかっている顔だ。
夢だと言えばもっと悪い印象になる。
遊び人から頭がおかしい人に降格だ。
そもそも今夢だと主張できていたら、カオリさんにこの夢のことをもっと早く打ち明けていた。
半年以上も秘密になどしなかった。
「…しませんよ。でも飲みにも行けません」
「あら~。早く恋人たちに会いたいのね」
「そんな所です」
開き直ってカオリさんに笑いながら返事をするとますます意地悪くカオリさんがそう言ってきたが私はもう気にしなかった。
早く会いたいことは間違いではないし、事実だ。
私とカオリさんの会話に聞き耳を立てていたオフィス内は私たちの会話を聞くとまたざわざわと騒がしくなる。
どうせくだらないことを言っているのだろうから内容は右から左に流させてもらう。
「まるで現実の恋人ね」
「違いますよ」
「ふふ。まだ否定するんだ。こんなにもエマちゃんに影響を与えている存在なのに」
楽しそうに笑うカオリさんの言葉を私は今度は肯定せず、否定する。それでもカオリさんは楽しそうなままだ。
確かに彼らは私に影響を与えている。
彼らのおかげで私は綺麗になっているようだし、何より生活が変わった。
あの夢が見たくて、彼らに今すぐ会いたくて、私は寝ることを何よりも優先するようになった。
「まぁいいわ。もっとエマちゃんの甘いお話を聞かせてね」
「もちろんですよ。話したいことはいっぱいあります」
「やったぁ。どんなドラマよりも今は1番エマちゃんの話が気になってて楽しいのよー」
カオリさんは変わらず楽しそうに私に笑った。
私はそんなカオリさんに定時まで帰る準備をしながら夢での恋人たちとの話をしたのであった。