今日も何事もなく1日が終わった。
私の生活は全て夢が中心だ。今日も甘美な夢を見る為に私は全てを早く済ませて布団へ入った。
そして彼らに会えることを楽しみにしながら意識を手放した。
*****
「おい!エマ!聞いているのか?」
「…っ」
夢の中で意識が覚醒する。
私の目の前には眉間に皺を寄せてこちらを見つめるレオがいた。
レオの後ろに広がるのは様々な珍しい植物たちと魔術の実験をする為に整えられた設備の数々だ。
どうやらここは宮殿内にある魔術研究室件植物園のようだ。
そこで私たちはお互いに向き合うように立っていた。
この状況からして私は今レオと魔術の研究でもしていたのだろう。
レオは魔術が大好きだ。
なので私はレオが大好きな魔術について何不自由なく研究できるように、元々あった植物園をレオの為に改造させ、ここをレオに与えていた。
全ては魔術に触れるレオを見る為に。
「聞いていなかったわ」
「…はぁ、そんなことだろうと思った」
素直に聞いていなかったことをレオに伝えるとレオは呆れたように私を見つめた。
仕方ないだろう。今覚醒したばかりなのだから。
「聞くよりも見る方が早いな」
レオはそう言うと両手で何かを優しく包み込むような手を作る。
するとそこから赤い光が溢れ、その光が何かの形に変化し始めた。
そしてそれは真っ赤な薔薇になってレオの手の中に現れた。
何と鮮やかで毒々しい赤なのだろう。
「綺麗ね」
「気に入ったか?」
「ええ。これがレオが言っていた魔術?」
興味深くレオの手の中にある薔薇を見つめていると、レオは少しだけだが嬉しそうに目を細めた。
「あぁ、そうだ。エマにやるよ」
スッとレオにその美しい薔薇を渡され、私はそれを受け取る。
近くで見ればその美しさがますます伝わってくる。本当に美しい薔薇だ。
それによく見ればこの薔薇の赤はただの赤ではない。
深みのある複雑な色合いで奥の方からキラキラと輝いているように見える。
「本当に美しいわね。見たことのない色だわ」
レオがわざわざ私に魔術で作った薔薇だ。何か綺麗なだけではない特別なこともあるに違いない。
「そうだ。この薔薇は世界にたった一輪だけのものだ。この薔薇の色は世界中どこを探してもない特別な色で、エマに似合うと思った赤を俺が魔術で作ってそれを薔薇に込めた」
「へぇ、素敵ね」
「そして何よりも特別なのはこの薔薇は一生枯れない」
「へぇ」
淡々とだけどどこか楽しげに話し続けるレオに私は笑顔で相槌を打ち続ける。
私のことを想って私の為だけに作られた一生枯れない薔薇。
恨むべき対象である私を想った魔術だなんて何といい響きなのだろうか。
レオにとっては苦痛でしかないレオの愛の形なのだろうが、それでも私は嬉しかった。
レオはとても美しい。
だがやはり魔術と向き合う姿が1番輝いており、1番大好きだ。
そして何より私の為に魔術を行使してくれる瞬間が1番好きだ。
彼の1番を私に捧げてくれるあの瞬間が。
「素敵な魔術ね。でも薔薇を始め、命あるものはやがて枯れて散ってゆくからこそ美しいのだとも私は思うわ」
薔薇よりももっと美しいレオを見つめて私は妖艶に笑ってみせる。
「ふっ。そうだな」
そんな私を見てレオは優しく笑った。
本当にたまに見せるこのレオの優しい笑顔も私は大好きだ。
「それにエマは永遠の美しさよりも一瞬の美味しさ、だな」
レオは楽しそうにそう言うとパチンと指を鳴らし、自身の魔術で私たちの目の前に白いテーブルを出現させた。
そしてその上には美味しそうなチョコレートがずらりと並べられていた。
「よくわかっているじゃない。ちょうどお腹が空いていた頃よ」
目の前に現れた美味しそうなチョコレートに私は思わず目を輝かせる。
小腹が減っていたのでレオのちょうどいいタイミングに感動さえもあった。
「このチョコレートには食べた人を幸せな気分にする魔術を込めているんだ」
私の様子を横目にレオがチョコレートを一粒手に取る。
「そう。食べさせてね?レオ」
「わかってる」
そんなレオににっこりと微笑むとレオは無表情なまま頷いた。
私は基本自分からものを食べない。いつも恋人たちの手から食べている。
初めこそレオはこのことを心底嫌がり、拒んでいたが、今ではそれもなくなった。
慣れてしまったのだ。
レオが私の口へチョコレートを運ぶ。
私はそのチョコレートを自身の口へ迎え入れた後、レオの指を挑発するように舐めた。
「…エマっ」
そんな私を先程まで無表情だったレオが耳まで真っ赤にして睨みつける。
レオはリアムやルークよりも感情が表に出やすい。
彼が思っていることなんて手に取る様にわかる。
レオは今最高に恥ずかしく嫌な気分なのだろう。
私はそのリアクションが可愛いし、面白くてついこんなイタズラをしてしまっていた。
「さすがレオのチョコレートね。すごく美味しいわ。もっとちょうだい?」
妖艶に微笑んでレオを見つめる。
レオは私を睨みながらもどこか焦がれるような燃えるような瞳をして再び私の口へチョコレートを運んだ。
どんなに嫌でもレオは私の命令に逆らえないし、私を愛しているフリをしなければならない。
その焦がれるような瞳も作り物なのかもしれない。
「ん、はぁ」
「…エ、エマ」
今度はレオの指と一緒にチョコレートを舐める。
チョコレートが溶けてなくなるまで私はそれを続けた。
舐めながらレオを見てみるとレオは苦しそうに私を見つめていた。
「あぁ、レオの指と食べると本当に美味しいわ。幸せな気分よ」
レオの魔術の効果もあって今の私は気分がいい。
「…レオ、アナタもアナタの魔術の素晴らしさを確かめてみたら?」
私はそう言ってチョコレートを手に取るとレオの口へチョコレートを運んだ。
するとレオは嫌な顔一つせずそのチョコレートを私の指ごと舐め始めた。
先ほどの私と同じように。
「はぁ、ん」
色っぽい声を出しながらレオが私の指ごとチョコレートを一生懸命舐める。
未だにレオの耳は真っ赤だ。
レオの憎悪と羞恥心が伝わってきて思わずゾクゾクしてしまう。
レオの様子に満足しているとあっという間にレオはチョコレートを舐め終えた。なので私は名残惜しいと思いながらも手を引こうとした。したのだが。
「…エマ」
それは切なげに私の名前を呼ぶレオによって阻止されてしまった。レオが私の手を両手で優しく包み込む。
「愛してる。俺にはエマだけだ」
「そう。私も愛してるわ、レオ」
熱っぽい瞳で私を見つめるレオに私は満足げに笑う。
レオもまた私にこうして愛を囁くほかないのだ。
「俺はずっとエマを愛し続ける。ずっと側にいる。だからエマも俺だけを愛して欲しい。俺だけのものになって欲しい」
「素敵ね。でもそれはできないわ。私は誰のものにもなるつもりはないもの。だけどアナタの望み通り愛は囁いてあげる」
切なげにレオが私に懇願する。だが、私はその懇願を聞き入れなかった。
「エマはいつだって残酷だ」
「あら?今更ね?そんな私は愛せない?」
「…愛している、憎らしい程に」
苦しそうなレオに対して私はおかしそうにそして何よりも愛おしそうにレオを見つめる。
するとレオはより一層表情を歪めて私を見つめた。
だが、それでもレオは私から目を逸らそうとはしなかった。
かわいそうなレオ。
私に愛を囁くことがどれほどの苦痛なのだろうか。
レオはきちんと私に想いを伝えている。
愛してる、そして本当は私が憎らしいと。
リアムもルークもかわいそうだ。
私に強制的に囚われて、自由を奪われ、軟禁され愛を強要される。
夢だからどうでもいいと思っていた。私が楽しめられるのならそれでいいと。
だが、私は彼らに情でも湧いたのか、今この状況で愛を囁くしかない彼らに同情してしまった。