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第14話 ルークはそれを拒んだ




リアムとの面談が終わり、私は深刻な面談結果に放心していた。


私がリアムを限界まで追い詰め、リアムを壊してしまった。


次の誰かを待つ時間が恐ろしく長く感じる。

リアムがこの部屋から去ってまだ数分だ。次の誰かはいつやって来るのかわからない。


罪の意識に押し潰されていると部屋の扉を叩く音がこの静かな部屋に響いた。




「エマ。入るよ?」


「…ええ」




扉の外から聞こえてきたのはルークの明るい声だった。

私は声が震えないように気を引き締めて短く返事をする。




「エマ。今日は僕とも遊んでくれるの?」




ルークは私の部屋に入るなり、愛らしく私に笑い、リアムと同じように私の隣へ座ろうと歩き出した。


いつもそこへ座らせているのは私だが、今日は彼らに誠意を見せると決めた日。

リアムと同じように隣に座らせる訳にはもちろんいかない。




「違うわ。ルークに大事な話があって呼んだのよ。今日は私の隣ではなくあっちのソファに座りなさい」




こちらに来たルークに対して私はあくまでも落ち着いているフリをして、向かい側のソファに目線を向けた。




「どうして?いつも隣でしょ?僕、エマの側がいい」




するとルークは不思議そうに私を見つめた後、今度は可愛らしく懇願するように私を見た。

きっとこうすれば私が喜ぶと思っているのだろう。




「…駄目よ。あっちのソファに座りなさい」


「どうしても?」


「ええ」


「…はぁーい」




私の様子を見て愛らしい顔に不満の色を浮かべながらも渋々ルークは向かい側のソファへ移動する。そしてそこにやっと腰を下ろした。

相変わらず言動や仕草、全てが愛らしい。



私はルークがソファに座ったことを確認すると重たい口を開いた。




「ルーク」


「ん?」


「今までの非礼を詫びさせて欲しいの。本当にごめんなさい」


「…え」




ルークを真っ直ぐ見つめたまま私は心を込めて真剣な表情でルークに謝罪をする。

ルークはそんな私を見て驚いたように固まった。


この私が謝罪するとは夢にも思っていなかったのだろう。




「アナタの自由を奪って愛を強要させた。本当にごめんなさい。今日をもってルークを私から解放するわ」




未だに言葉が出ない様子のルークに私は再び、謝罪をし、ルークを解放するというルークにとっての吉報を伝える。

すると目の前で私を見つめ続けていたルークの大きな瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。




「…え」




突然のことに今度は私が驚く。

涙の理由は私から解放される安堵からだろうか。喜びからだろうか。




「…また僕を捨てるんだね、エマ」




私を見つめるルークがおかしそうに首を傾げてこちらを見つめる。目の奥が笑っていないその表情は先程見たリアムと同じものに見えた。


捨てる?どうしてそんな言い方に?

またとは?

リアムにも同じようなことを言われた。

その言葉が引っかかる。


そして悪い予感がするのだ。リアムの時と一緒だと。




「…ルーク、アナタは私みたいな悪女からやっと解放されるのよ?捨てられるんじゃない。解放されるの。恨んでいるんでしょう?私のこと。本当のことを言っても私はアナタに危害を加えるつもりはないわ」




藁にもすがるような思いで言葉を吐く。

表面上だけでも冷静さを保っていたいがなかなか上手くできず、変な笑みを浮かべてしまう。


お願い。ルーク。私を〝恨んでいる〟と言って。

アナタはまだ私に壊されて狂っていないことを証明して。




「…もう恨んでいないよ」


「…っ」




ルークがほろほろと綺麗な涙を流しながらリアムと同じように仄暗い笑みを私に向ける。

その姿に私は思わず言葉を失った。

その姿があまりにも先程見ていたリアムと被り頭が真っ白になる。




「な、にを、言って…」




否定しなければ。

ゆっくりと何とか動かした脳がそう私に命令する。




「…ルーク、アナタは私を恨んでいるの。その思いは消えないわ、絶対に」




私は何とか持ち直してルークの言葉を否定した。




「何故そう言い切れるの?僕は確かにエマを恨んでいたよ。エマを恨んで、エマを騙して、ここからいつか逃げるつもりだった」




ルークが愛らしく笑いながらも真剣な眼差しで私を射抜く。




「でも逃げられなかった。僕はアナタに愛されてしまったから。アナタが僕に世界を見せてくれたから」


「…」




訳がわからない。ルークの言葉に私はただ困惑する。

だがルークがリアムと同じなのだということがわかってしまった。


涙を流しながら私を見つめるルークの瞳にはリアムと同じように光がない。




「僕、実は孤児なんだ。孤児の世界はとっても狭い。無知は非力だ。


それが嫌だった僕はいろいろな手を使って自分の世界を広げた。でも所詮孤児だど限界があるでしょ?


エマはそんな僕に世界の全てを見せてくれた。僕の狭かった世界を広げてくれた。


そして何よりも両親に捨てられ本当の愛を貰えなかった孤児である僕に本当の愛をくれた。そんなアナタを僕は愛してしまった」




未だに涙を流しながらもにっこりと愛おしげにルークが私に微笑む。


こんなこと、おかしい。

絶対に。




「エマも僕と同じだ。誰からも愛されず、愛に飢えている。だから今度は僕がエマを愛してエマを僕で満たしたいんだ」




ルークも壊れてしまった。

仄暗い笑みを浮かべるルークは確実に正気ではない。


彼もまたこうするしかなかったのだ。

終わりのないこの宮殿での生活で私に追い込まれ、こうやって自ら壊れなければ、正気でいられなかった。

いや、もう正気ではないけれど。


今の段階でルークの目をすぐに覚まさせることは無理だ。リアムのように長期戦で考えなくては。




「…ルーク、アナタは私からの解放を望んでいないのね?」


「そうだよ、エマ。これから先もずっとアナタの側に居させて。そしてもう二度と僕を捨てるだなんて言わないで」


「…わかったわ」




もう一度一応ルークの意志を確認したが、仄暗く笑うルークの意志が急に変わるということはもちろんなかった。




「だからね、エマ。僕は必ずエマを見つけて捕らえるよ。今度こそ僕の側から離れられないようにいろいろな知識を得たの。二度とアナタを逃しはしない」




ふふ、とルークがおかしそうに笑う。

私はルークの言っている意味がわからずただ不安で表情を歪めた。


ルークが何を考えているのか、何を言っているのかわからない。だが、リアムの時のように何か引っかかる。


この違和感が何か重要なことのような気がしてならない。

思い出さなければならない何かがある気がする。




「愛しているよ、僕のエマ」




不安な思いを抱く私にルークは瞳に涙を浮かべながらもいつものように愛らしく笑った。





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