レオとの面談が終わると、私はすぐに眠たくなり、瞼を閉じた。
「…」
そして私はあの夢から目覚めた。
眠りについた時よりも部屋は暗く、その暗さがどれ程の時間自分が寝ていたのか伝える。
5時間は寝ていたのだろうか。
部屋の灯りをつけ、時計を確認すると目に入って来た時刻は18時だった。
喉が渇いた。
寝ている間体も緊張状態にあったようで随分水分を欲している自分がいる。
私は冷蔵庫から水を出すとコップに並々注いでそれを一気に飲み干した。
「…はぁ」
一息ついたところで私は冷蔵庫に体を預けて夢について考え始める。
私は姿を消さなくてならない。
リアムとルークとレオの目の前から。
そうでなければ彼らはずっと狂ったままだ。
あれは私の夢だ。私の都合のよい夢。
彼らがああなることも私が望んだもの?
いや、そんなことはない。そんな非人道的なこと私は望まない。
でも私の夢のはずなのに彼らは私の思い通りにはならない。
だからせめて彼らの為にも消えるのだ。
私は姫だ。魔術の力もある。だから…
「…っ」
そう考えた所で私は目を見開いた。
初めてじゃない。
こんなことを考えたのは初めてではない。
前も同じように考えた。
そうだ。何故、忘れていたのか。
あれは私の夢だが夢ではない。
あれは私の過去だ。
私はただの日本という国の社会人ではなかった。
あの異世界のあの国の姫、それが私だ。
私は愛に飢えたお姫様で夢のように彼らを無理矢理軟禁して愛を強要した。
しかしあることをきっかけに家族との間にあった壁が壊れ、私は愛を知った。
私は家族にちゃんと愛されていた。
愛されていたからこそ家族は私を好きに生きさせたし、むしろ姫である重圧から解放させようと必死だったと伝えられた。
そして愛を知り、愛で満たされた私は自分がしてしまった過ちに気がつき、大切な恋人たちである彼らの解放を望んだ。
だがしかし結果は夢と同じ。
彼らは何故かそれを拒んだ。
だから今の私のように私は決めたのだ。
彼らの前から姿を消す、と。
彼らの前から姿を消す為に私はすぐに異世界へ行くことを決めた。
異世界へ行く方法は王族のみしか知ることができず、また異世界へ行く為には王族の権力も必要だ。
異世界にさえ行くことができれば彼らがどんなに必死に探しても私を見つけることはできないはずだ。
そして私はその方法で解放を口にした一ヶ月後には異世界である日本へ一人で行くことに成功した。
それから私は異世界で普通に生活できる環境を魔術で整えた。
これだけでも十分だったが、もし万が一彼らが私を真剣に探した時の為、私は自分の記憶を消して、自分とは違う架空の人物の記憶を自分へ植え付け、私という存在も消した。
さらに探知される可能性のある魔術の力も自ら封印し消した。
私という存在は記憶も魔術も完全になくなった。
そんな私を探すのはどんなに頑張っても不可能に近いだろう。
こうして私は姫である自分を殺した。
殺したはずなのに。
全てを思い出してしまった。
じゃああの夢は何なのか。
私の過去を振り返っていたのか。
いや、あの夢には私が体験したことのない日常も紛れていた。
例えば恋人たちが私の静止を聞かずに私を抱き続けたあの夜とか。
「…はぁ」
バクバクとうるさい心臓を沈める為にとりあえずゆっくりと息を吐く。
大丈夫、落ち着いて。
あれからもう一年は経ったはずだ。
それだけ経てば彼らだって目を覚ます。
きっと今頃私に狂わされていたのだと正気に戻って元の生活を謳歌しているだろう。
記憶を思い出してしまった以外今のところ何の落ち度もない。
私は今、王族しか知らない方法で異世界にいる。魔術の力も封印されている。
そんな私を見つけられる訳がないのだ。
それでも何故か鳴り止まない心臓を落ち着かせようと心臓の辺りをぎゅっと握りしめた時だった。
パァァと眩い光がリビングいっぱいに溢れたのは。
「…っ」
魔術だ。
私はその眩しい光に目を細めながらもすぐそう理解した。
そして光が消えるとその中から見覚えのある3人の人物が現れた。
リアムとルークとレオだ。
「やあ、エマ。探したよ」
まずはリアムが甘い笑みを私に向ける。
「エマ、やっと会えれたね」
それからルークが愛らしく笑う。
「会いたかった、エマ」
そしてレオが嬉しそう笑った。
みんな笑っているはずなのに、目が笑っていない。
狂っていると感じたあの時のままだ。
「どうして?何故、ここへ来れたの?王族以外は異世界への行き方は知らないはずなのに…」
困惑を隠せないまま私はすぐに疑問を口にする。
「何故?何を言っているのかな?エマ。僕も王族なんだよ?そしてその王族のみが知る情報を与えたのはエマじゃないか」
「…っ!」
おかしそうに私の疑問に答えたリアムの言葉に私は絶句する。
そうだ。リアムは隣国の王子だ。
そして私は王族のみが知る情報をルークに与えていた。
ルークがあの図書館で異世界への行き方を知っていたとしたら。
その知識をリアムに伝えたとしたら。
あとは王族の権力で異世界へ行けばいい。
きっと私を探す為にあらゆることをしたのだろう。
まずは世界中を探して、それでも私を見つけられなかったから異世界へ探しに来た。
「私を探したのね。世界中、全てを」
「そうだよ。エマ、アナタを捕らえる為にね」
肩を落としている私にリアムがまた甘く微笑む。
「僕には王子としての権力がある。ルークには知識、レオには魔術。僕たちは全て持っている。ここへはレオの魔術で来たんだよ」
そしてリアムは私の頬に優しく触れた。
「…そう」
以前と同じようにリアムを受け入れ、私は力なく微笑む。
もうどうすることもできない。
どうしたらいいかわからない。
「ずっと本物のアナタに会いたかった。それまでずっとアナタと夢の中でしか会えなくて辛かった」
「…え」
リアムの突然の予想外の言葉に私の頭の中がまた騒がしくなる。
「…待って。どういうことなの。夢の中で私たちは会っていた?じゃあ私の夢は…」
そしてそれは考えるよりも先に言葉としてどんどん溢れ、リアムを責め立てた。
「エマ、落ち着いて?」
そんな私に言葉をかけたのはルークだ。
ルークは心配そうな顔で私を見つめ、そのまま口を開いた。
「エマは王族のみ知る方法でここへ来て僕たちから見つからないようにいろいろな魔術を使ったでしょ?
その使われたかもしれない魔術についていろいろ調べているうちにある欠陥があるかもしれないことに僕は気がついたんだ」
「…そんなはずはないわ。私の魔術は完璧だった」
「そうだね。でもエマは知っていた?記憶操作の魔術で記憶を消された人間は稀に眠っている状態の時に記憶が覚醒するって」
「…っ」
「その顔は知らなかったんだね。エマもその稀な内の1人で寝ている間は記憶が覚醒していた。
エマの正確な場所の特定は難しかったけどエマの意識だけなら数ヶ月探せば見つけられたよ。
だからその覚醒している間の意識を捕らえて、僕たちから逃げ出そうとした記憶を消して、夢の中であの日の続きを繰り返せるようにしたんだ。レオの魔術で」
にっこりと愛らしく笑ってルークが夢の全てを説明する。
私は最初こそルークの言葉を否定しようとしたが、ルークの知識の前では無力であり、何も言えなくなってしまった。
「エマ、今のお前は無力だ」
何も言えずに固まっていると今度はレオが冷たい笑顔で口を開いた。
「今度は俺がお前のことを縛ることができる。記憶の改ざんも行動の制約も何もかも俺はエマにできる」
「…何?私に復讐しますって?」
「違う」
力なく言った私の言葉を悲しげに否定したレオの耳には未だに私が付けたルビーのピアスが光っている。
だがレオの言った通り魔術が使えない私は無力であり、あのピアスも何の意味もない。
「そうでしょ?リアムもルークもレオもおかしいわ!どうして私のためにこんなことをしたの!?目を覚ましなさい!復讐以外に一体なんだと言うの!?」
冷静さなんてもうない。
私はただおかしくなりそうな頭を抱えてそう彼らに叫んだ。