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第13話 トゥイードルの冒険者一行

 先ほどまでの激しい戦いが嘘のように、廃教会の周囲は静寂に包まれていた。


 暫く、リューファスの背中を脂汗が滴り落ちた。

 高鳴る心臓をなんとか落ち着けようと努め、ようやく喉の奥に詰まっていた言葉を絞り出す。


「あのゴブリンは、どうやら余を知っているようだな」


 リューファスは軽く息を吐き出し、踵を返して歩き出した。


 視線を伸ばせば、メッツァが廃教会の前にへたり込んでいる。

 普段の涼し気な態度は影を潜め、戦の疲労感を隠し切れていなかった。


 初陣でもあるまいに、とリューファスは思った。


「どうした、貴殿。 疲れたのか?」

「空間を歪める術式を複数張ったんだ。これでも褒めてほしいくらいさ」


 メッツァの声はいつになく弱々しい。


(その割に『矢避け』の術式を維持しているのを見ると、こやつの生存への執念だけは本物らしい。なんだ、言うほど大変そうではないな)


 リューファスは、興味を失いかけた視線をゴブリンの屍に移し、軽く首を振った。


 リューファスとしては、爆裂術式なり、火炎術式なりで敵を殲滅してくれた方が、よほど心が躍る。

 空間を歪曲させるなど、よくわからないことを言われても困るのだ。


「お前の魔術はわかりにくい。せめて、その『矢避け』の術を余にも付与すれば良かったものを」

「確率改変を遠隔で他人に付与なんて、無茶だよ。そんな要求、魔術の範疇を超えている」


 理屈ばかりこねるつまらん男だ、とリューファスは思う。

 それでも役に立つ能力には違いない。


 そんな折、視界の隅に黒衣の双子姉妹が現れた。


「あなたたちが、共和国大学から来たリューファスとメッツァね」


 率先して話しかけてきたのは、ポニーテールで真紅の瞳を持つ姉のダムだ。

 その隣に立つ妹ディーは短いボブカットと青紫の瞳が印象的だ。


 どちらも戦場とは思えない冷静な表情で、場慣れしているのが明らかだった。


「わたしたちは、トゥイードル冒険者事務所の者よ。わたしはダム、こっちは妹のディー」


 ディーは軽く会釈するだけで口を開かなかったが、妙に落ち着いた雰囲気が彼女の存在感を際立たせる。


「どうやら、我らの素性はわかっているらしいな。確かに余はリューファスだ、護衛をしている。後ろにいる白面文弱がメッツァだ」

「言っとくけど、僕が悪口言われてるのくらいはわかるからね? ……はあ、研究生メッツァです」


 簡単に挨拶を済ませ、リューファスは残りの二人に注目した。


 少し離れて、銀髪銀眼の女が屈み込んでいた。


 神官服に身を包む彼女は、得体の知れない蘇生術を使う聖職者だ。

 無表情で死したレッドキャップの耳を調べながら、誰かに語り掛けるように呟いている。


 リューファスが奇異な視線を向けていると、ダムが察して説明した。


「ああ、アレ? 気にしないで。あんまり話が通じないの。蘇生教会の聖女リリーよ。自分の身を護れる蘇生装置みたいなものだから、気も遣う必要もない」

「蘇生教会の聖女だと?」

「ええ。 珍しいでしょ、蘇生教会の聖女が冒険者パーティに同行するなんて」


 「蘇生教会とは?」とリューファスが疑問を口にしかけたが、それを遮るようにメッツァが耳打ちしてきた。


「女神アルテナを祀る教会だよ。冒険者や兵士の治療と蘇生が主な役目だけど、そのサービス料に、金銭と服従契約を要求してくるんだ」


 リューファスは眉をひそめた。


「奉仕ではなく服従契約か? 実利教会というのは、随分俗っぽく聞こえるがな」


 「今の時代、神様だって実益が大事なんだよ」とメッツァは肩をすくめてみせた。


 『アルテナ』という名前に、リューファスの記憶が揺れた。

 かつて、リューファスに仕えていた専属術士の名だ。


(600年前の話ゆえ、今も生きているはずはないが……)


 思わぬ偶然に、リューファスは胸騒ぎを覚えた。


 地面を滑るような音と共に、深い闇から浮かび上がるように、華美なゴシックドレスを纏った異形の女が近づいてきた。

 背中には蜘蛛のような鋭い足が突き出ている。


「息があるゴブリンには、だいたい止めを刺しておいたわ。 それと――今回の特別ゲストさんね。 で、そっちの美味しそうなのが、大学の研究者さん」


 意味深な視線を受けて、メッツァがリューファスの陰に身を隠しながら、「さ、さっきはどうも」と愛想笑いをした。


「あら、ちゃんとお礼も言えるんじゃないの」


 マニキュアの具合を確認しながら、女は優雅に微笑んだ。


「貴様、アラクネか」

「そうよ。別に隠してもいないけれど、ね。フフ、あたしはマフェット。トゥイードル冒険者事務所に所属している、いちおう冒険者よ」

「化け蜘蛛の分際でか」


 マフェットの琥珀色の瞳が冷たく光を帯び、周囲の空気が張り詰めた。

 しかし、彼女は意図的に声を和らげる。


「その呼ばれ方は好きではないわ、品がないもの」

「ほう、面白い冗談だな。人を喰うのに品格が必要とでも?」


 異形の怪物に掛けてやる情けもなければ、尽くしてやる礼儀もない。リューファスはそう判断した。


(『魔女』の類と関わって良いことがあった試しもない。だいたい、アラクネには良い思い出がないのだ)


 威圧したところで、一触即発の雰囲気になりかけたが、ダムが割って入る。


「わたしたちは、廃教会で包囲されているあなたたちを助けた。 それに対して少しは敬意を払うべきでは?」

「確かに助かった。礼は言おう。しかし、共闘したからといって信用する理由にはならん」


「まあ、疑うのは当然ね」と、マフェットは肩をすくめた。


「ただ、これだけは知っておいて。奥方様――そう、あなたの妻からの依頼でここに来たのよ」


 さすがのリューファスも一瞬言葉を失い、思考を巡らせた。

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