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第17話 狂帽師と白兎の騎士ハレ

 すると隣に立つ、白兎の騎士ハレが不愉快そうに、耳をぴんと立てて、鼻をブーブーと鳴らす。


「やめろ、その嗤い方を。 耳の奥まで響く」

「これは失礼した、ハレ殿。 夢見るキングがビショップを伴い現れたのだ、これこそ僥倖! クイーンと邂逅する前に見つけられたのは帽子の導きというものだ」

「相変わらず、意味不明なことを」


 白兎の騎士、ハレはやれやれとため息をついた。


 この狂帽師と言うゴブリン。

 血気盛んな『レッドキャップ』をまとめ上げ、呪術に長ける知恵と策謀の持ち主ではあるようだが、少々気が触れている。


 さきほども手勢を犠牲に、ワイルドハントと化した騎士の軍勢を、人間どもに誘導したようだった。


 こちらは戦力を割くことなく、邪魔な手合いを排除できたのは幸いであるが、同胞に少なからぬ被害が出ているのに、気にも留めないこのゴブリンも気に入らないし、盲目的に付き従う『レッドキャップ』にも嫌悪感がある。


 信念や義憤でもない、いったいどのような論理で動いているのか、定かでないからだ。


「本来なら、あの手の輩は目覚めてまもない間に始末するのが最善なのだが。 いやはや、手駒をあれほど浪費したのに、傷すらつけられなかった。 ……邪魔が入ったのもあるがな、たいしたものだ」

「部下を犠牲にしてまでやることか? 侵入した人間共を倒せたわけではないようだが」

「キングをルークで刺せると思ったわけではない。 旧知の間柄同士を会わせてやろうと言う、慈善活動のようなものだ。慟哭鬼ラメンターでは帽子を血で染め直すことも出来ぬしな」


 狂帽師はそう言って、手に歯車やネジを弄ぶように、くるくると回す。


 本来、ゴブリンは人間よりも科学的に劣る種族である。

 魔術もその大半が原始的なもの頼っており、扱える武装も人間が扱えるものに大きく遅れて追従しているが多い。


 だが、この狂帽師は、そのゴブリンの中でも特に異才だった。


 その一挙一動を見守るように、黙々と歩くレッドキャップの姿も相まって不気味としか言いようがない。


「戯れは止せ。 キングだの、クイーンだの、先ほどから言っている意味が分からない。 この私が求めているのは、あくまで先祖の束縛を解き放つこと。憎き邪竜、『ジャバウォック』を今度こそ、永久に滅することのみだ。貴様の世迷言に付き合うことではない」


 白兎騎士のハレは冷ややかな目を狂帽師に向け、足を止めた。


 木々の隙間から降り注ぐ、霧に歪んだ光に照らされ、純白の甲冑が冷たい輝きを放っている。


「貴様の狡猾さが、いずれ我々の計画を蝕む毒となるだろう。貴様の戯れに、どれだけの命が浪費されたのか、分かっているのか?」


 狂帽師はその指摘にまったく動じた様子もなく、口元を引きつらせ、さらに奇妙な笑みを浮かべる。

 彼の帽子に縫い付けられた古びた羽根が風に揺れ、不気味にカサカサと音を立てる。


「ハレ殿、そのように硬直した脳だから、耳が長い者は説教臭いと言われるのだ。計画とは、往々にして道草が肝要だと知るべきだぞ。それに、我が遊戯に目を背けるのは惜しい。ジャバウォック――その憎き竜――を討つには、ただ剣を振るうだけでは足りぬのだからな」


 ハレは深い溜息をつき、剣の柄に手をかけた。鋭利な水晶のように透き通る刃が鞘からわずかに顔を覗かせる。


 白兎の騎士たるハレが背負う剣は、細身な身の丈に合わぬほどの大きさだった。

 青みがかった光を放つその刃は鋭く、ルーンが細かく刻まれていた。


「私には貴様がどこまで真剣なのか測りかねるが、今ここで貴様の戯言を封じることも選択肢の一つだ。この協定を続けたいのなら、この私の忠告を肝に銘じろ。次に無駄な犠牲を出せば、我が刃はその小さな首を狙うだろう。ヴォーパルの名が飾りではないことを教えてやる」


 狂帽師はその言葉を耳にしても、微塵も恐怖の色を見せなかった。

 むしろ楽しげに目を細め、くつくつと喉を鳴らす。


「どうぞ、ご自由に。白兎騎士殿。だが、そのときは忘れるなよ。吾輩を失えば、貴殿の願いは宙に浮き、あの忌まわしい竜は再び不死の支配者として君臨するだろう、と」


 その言葉には一瞬だけ鋭い威圧が混じり、ハレの背筋を冷たいものが走った。

 だが、ハレはあえて反応せず、静かに鞘に刃を戻す。


「……覚えておけ。約定を違えた時には容赦はせんぞ」


 ハレは振り返りもせず、道を進み始めた。

 その後ろ姿を見送りながら、狂帽師は再び歯車を回し始めた。


「白兎は跳ねる。けれども、跳ねるたびにその影が歪むことには気づかないものだ――ふふふ……」


 暗い光が林の奥深くを照らす中、不気味な笑い声が虚空に溶け込んでいった。

 その後を、レッドキャップ達が続いていく。

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