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第18話 剣の沈黙と消耗する魔術師

 戦闘の余波が収まる中、リューファスはふと手に握る人造魔剣を見つめた。

 先ほどあった心強い感覚が、もはや影すら感じられない。


「セレスティン……なぜだ。 なぜ、また沈黙する?」


 我が内から湧き出てきた己が半身『聖剣セレスティン』の煌めき。

 追い求めていた愛剣が、すぐ傍にいたことにようやく気付けたと言うのに。


 リューファスは静かに剣を下ろし、深い嘆息を漏らした。彼の胸中には複雑な思いが渦巻いていた。


「いや、揺らぐな。 ただ信じればよい。 セレスティンはいつも余の期待に応えてくれた」


 空気は重く、戦闘の余波で燻る熱の匂いが鼻を刺す。


 『剛腕なるベドウィル』らの一団は、聖剣の輝きを持って浄化されたようだった。もはや跡形もない。


 これなら、二度と慟哭鬼 ラメンターなどという傀儡として、従わせられることもないだろう。

 この600年、邪悪な軍勢ワイルドハントの先兵として、使われていたと考えると虫唾が走る想いだ。


 具現化した青き籠手、『我が心に恐れはなくアルクス・インヴィクタ』の心威を解除する。

 粒子となって消え去るのを見届けてから、呟く。


「心配するな、ベドウィル。そなたの勇姿は色褪せることなく、我が心に焼き付いているのだから」


 心を切り替えるように、仲間に向かって振り返る。

 目に入ったのは、その場にうずくまるメッツァであった。


「メッツァ! 大丈夫か?」


 リューファスは急いで、メッツァに駆け寄る。

 隣に立っているダムとディーも、どこか不安げに見ている。


「うわ、ちょっと鼻血出た」


 戦闘を終えて、メッツァは急激に体調が悪くなった。典型的な魔術による脳への負荷による症状であった。


 眩暈と頭痛、吐き気が治まらず口元を抑える。普段の魔術行使でここまで消耗することはめったにないが、戦場では話が違った。


 連続発動、膨大な魔力消費、精密な演算――これらが一斉に脳を圧迫していた。過剰な負荷の影響で、鼻腔内の細い毛細血管が切れたらしい。


 メッツァは鼻を押さえ、痛みを堪えながらゆっくりと顔を上げる。


「普段、全然使ってない魔術、編んでるから加減がちょっと、わからなくて」


 理論では、どんな術式なら殺傷力を出せるかくらいはメッツァも理解している。

 毒ガスの組成、爆薬の錬成式、空気中の成分から何を作れて、動物や地中から何を抽出して保持すれば効果的か。


 数理魔術師であるメッツァは、虚数演算宝珠を効率的に操作する術に優れていた。

 宝珠内の虚数空間は、量子的に未確定なあやふやな状態を維持出来、時間の流れも曖昧で、物体を変化させるエネルギーも少なくて済む。


 とはいえ、今の戦闘でメッツァが引き出した力は、その許容量をはるかに超えていたし、なによりコストパフォーマンスを両立しながら、合理的な魔術を選択する経験が圧倒的に欠けていた。


「フム。 鍛え方が足りぬと言いたいところだが、破壊力はかなりものだったな」

「何度言ったらわかるかな? 僕は研究生であって、攻撃魔術なんて普段使わないの! わかる? そういう危険な術式は今の時代は免許制だし、許可なく使うものでもないの!」

「あー、あー、うるさい奴だ。なんと脆弱な学者様だ、少し下がっていろ。貴殿の働きは十分だった、褒めてつかわす」


 リューファスは溜息をつきながらも、微笑みを浮かべていた。

 その表情には、どこか安心した様子が見て取れる。


 メッツァが怒鳴る元気をまだ残していることに安堵していたのだ。


 しかし、明らかにリューファスは真に状況を察することは出来ていなかった。あくまで彼の基準は600年前に共に戦った騎士や戦闘魔術師だ。

 現代の研究生にとって、この状況がどれほど過酷な要求に当るのかについては、無神経であると言えた。


「メッツァくんだったっけ? 」


 ダムが槍を肩に担ぎながら口を挟む。ポニーテールが揺れた。


「すこしは休んだら? 派手な花火を撃ちあげてくれるのは有難いけど、倒れられる方が困るし。ねえ、ディー」


「そうね」とディーも静かに続ける。


「ダムの言う通り。あなたが倒れると抱えて歩かないといけない、迷惑」


 スパっと言い切るところは容赦が無い。

 ディーの優しさは姉のダムにしか、発揮されないらしかった。


 無理して魔術を行使しているのに、野蛮人共にはデリカシーが不足している。

 メッツァはそんな毒を吐きたくなるのを抑えた。言い争っても、仕方ないからだ。


「……ほんと、好き放題言うよね」


 メッツァはため息混じりに呟き、地面に崩れ落ちそうな体を支えながら、かろうじて起き上がる。

 頭の中ではまだクラクラと目眩がしていたが、ここで弱音を吐いてもこの三人には意味がないだろうと悟っていた。


「そうそう、根性で立つのは大事よ。ほら、水でも飲む?」


 ダムは腰のホルスターから水筒を抜き取り、カラカラと振って中身を確認する。

 「まだあるか」と一言、そのまま無造作にメッツァへ投げた。


 メッツァはその雑な動作に反応する余裕もなく、かろうじて水筒をキャッチした。

 キャップを外し、一気に水を飲むと、少しだけ喉の奥の焼けるような感覚が和らぐ。


「……ありがとう」


 短く礼を言うと、ダムは満足げに頷いた。


「まぁ、休めるうちに休んでおけば。 次の敵が来たら、またあんたの"学術的爆発"を頼るしかないんだからさ」

「……それ、皮肉で言ってるなら、別に聞きたくない」

「褒めてんのよ、これでも」


 明るいダムの声に、メッツァは顔をしかめる。

 虚空に視線を向けた。頭の中でまだ続く違和感と、戦闘の疲労に苛まれながらも、彼は必死に頭を動かそうとする。


 色々な術式を使えるせいで、戦場では、どの状況でも頭に色んな選択肢を浮かんでしまう。

 最初から効率的で汎用性が高い術式に絞って、準備をした方が良いのでは、と吐き気を堪えながらでも考えてしまう。


「研究者さん、考えるのをおやめなさい」


 アラクネのマフェットは、聖女リリーを腕から降ろすと、すっと寄り添ってきた。


「いい? ……いったん自分でなんとかしようとするのをやめなさい」

「はあ?」

「少しの間、あたしが守ってあげるから、脳を休めたほうが良いわよ。 『こいつらに任せておけない、自分が何とかしなきゃ』とか思ってしまってるんでしょう?」


 一字一句そう思ってたわけではないが、図星を突かれた気がして、メッツァは言葉に詰まった。

 マフェットはそんなメッツァの動揺を見抜きながら、さらに畳みかける。


「そういう自己犠牲精神はさ、時として身を滅ぼすわよ」


 「うるさいなぁ、余計なお世話だよ!」とメッツァは言い返すが、マフェットは肩をすくめるだけだった。


 それどころか、悪戯っぽい視線を向けて、身体を摺り寄せるように近づいてくる。

 ぎょっとしたが、肩を貸してくれるつもりなのがわかったので、身をゆだねた。


 相手の正体が怪物なのはわかっているが、追い込まれている時に優しくされると、つい頼ってしまう。

 リューファスも、双子の姉妹のダムとディーも、ましてや蘇生教会の聖女も寄り添ってくれそうにない。


「回復や蘇生が必要でしたら、我がアルテナ教への入信を」

「お断りだ!」


 抑揚のない声で、聖女リリーが提案してきたので、メッツァは即座に断った。


(アルテナ教に服従なんてしたくない。ましてや、得体のしれない術で蘇生なんてされたら、どう作り変えられるかわかったじゃないぞ!)


 周囲には、得体のしれない人間ばかり。今、肩を貸してくれているこの化物の方がよほど人間味があるとは、何と皮肉なことか、とメッツァは深いため息を吐いた。

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