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第20話 魔獣を砕く拳

 一方で、兎人の娘は恐怖で声を上げることすらできず、リューファスと魔獣の戦いを見つめていた。


 後を追ってきたトゥイードル冒険者一行も戦闘の場に到着、マフェットが目を細めて状況を把握する。


「……あれは一角のキマイラ? いや、もっと呪詛が濃い。 厄介ね」


 ダムは茨の棘槍を肩に担ぎながら、状況を判断しようとする。

 幾分か、トーンの下がった声だった。


「あの魔獣、リューファスだけで大丈夫だと思う?」


 パーティリーダーとしてのダムは、かなりドライだ。

 背後に佇むディーもまた、優先順位が確実に決まっている。故に、行動そのものには迷いがない。


「ふふ、リューファスだけなら大丈夫でしょ」とマフェットが微笑む。


「でも、あの美味しそうな娘は別ね」


 マフェットは兎人の娘の元に軽やかに近づき、膝を折って優しく声をかけた。この娘が近くにいると、リューファスも全力を出して戦うことは出来ないだろう。

 早く戦場から遠ざけてやらねばならない。


「大丈夫? 立てる?」


 兎人の娘は一瞬、怯えたようにマフェットを見上げたが、柔らかな呼びかけに少しだけ表情を和らげた。


「わ、わたし……」

「ゆっくりでいいのよ。あたしが守るから」


 マフェットが娘の手を取り起こそうとしたその時、魔獣が最後の力を振り絞り、咆哮を上げた。呪詛が再び広がり、辺り一帯を包み込む。


「前言撤回。早く掴まって」


 急いで兎人の娘を抱きかかえると、背中から蜘蛛の足を生やして飛び上がった。

 咆哮の影響だけで精神汚染される可能性がある。アラクネである自分は問題ないだろうが、この娘は廃人になるかもしれない。


「武器がもう少しまともなら、手早く済ますのだが」


 リューファスは、魔獣の咆哮に込められた呪詛を感じ取るや否や、即座に剣を振り上げた。剣身に灯る青白い光を宿して切り開く。


 魔獣は傷だらけになりながらも、なおもその巨大な体を震わせる。

 怒りと苦痛を混ぜ合わせた視線でリューファスを睨んだ。棘のついた尾が地面を叩きつけるたびに土煙が舞う。


「すまんな、悪戯に長引かせたいわけではないのだ」


 邪魔だった兎人の娘がいなくなったので、加減をする必要もなくなった。


 問題は、与えられた人造魔剣程度だと魔獣には刃渡りが短すぎることと、ガタが来ていることだが。


「余に力を貸してくれ、ベドウィル。『我が心に恐れはなくアルクス・インヴィクタ』」


 リューファスは青い籠手を具現化させる。

 増幅された闘気が手の中で淡い輝きを放つのを感じた。唸る獣に向けて、左手に集中させるようにさらに力を纏わせた。


「今から、楽にしてやろう」


 対峙する一角の魔獣は、術式を複数展開させて、次々に毒の矢弾を放つ。

 近づかせまいと弾幕で牽制しようと必死だ。


 加速しながら無理やり押し通る。籠手に込めた闘気で、相手の術式を減衰させてねじ伏せる。力任せの防御技だったが、手応えがある。


「やはり、素手でもやれるか」


 リューファスは素早く距離を詰め、魔獣の懐に潜り込んだ。彼の目は魔獣の動きを追い続け、その刹那の隙を逃さない。魔獣が再び攻撃を仕掛けようとする瞬間、リューファスは籠手に込めた力を解放した。


 青白い光が籠手から放たれ、リューファスの左腕が閃光のように魔獣の胴体に叩き込まれる。魔獣の体は大きく後ろに跳ね飛ばされたが、リューファスはそのまま追撃を続けた。


「まだ、終わらぬぞ!」


 かろうじて獣は棘のついた尾を振り上げて叩き潰そうとする。

 だが、リューファスはその動きを見切り、軽やかに横へと跳んだ。直後、尾が叩きつけられ地に亀裂が入るも、リューファスはひるまない。


 リューファスは魔獣の動きを予測し、次々と籠手で連撃を叩き込んでいく。

 闘気が宿った籠手は、魔獣の硬い皮膚を貫き、内部にダメージを与えていく。

 魔獣は痛みに呻きながらも、なおも反撃を試みるが、リューファスの動きは一瞬たりとも止まらない。


 籠手をはめた腕が閃光のように振るわれ、魔獣の胴体に次々と打撃を叩き込む。


 魔獣の体は次第に傷だらけになり、黒い血液が弧を描きながら飛び散る。リューファスの連撃は止まらず、魔獣の動きは次第に鈍くなっていく。


「とどめだ、我が渾身の一撃っ!」


 リューファスは最後の一撃を放つために、全身の闘気を籠手に集中させた。

 青白い光が籠手から放たれ、リューファスの左腕が閃光のように魔獣の心臓に叩き込まれる。


 魔獣の体は大きく震え、ついに力尽きて地面に倒れ込んだ。


 リューファスはその姿を見て安堵の息をつく。籠手は粒子の光へと戻っていった。


「フム、思ったより手こずった。 少々、無茶だったか」


 流石に消耗が激しかったのか、息を整えるように深く呼吸する。リューファスは、鋭い目で魔獣の死骸を見下ろしながら、後ろを振り返った。


 まだ、体調の戻らぬメッツァが、困惑したような顔でこちらを見てくる。


「ええ……素手? 拳で魔獣殴り殺すの? さすがにドン引き」

「不敬だぞ、貴殿」


 なぜ、勝ったのにそのような目で見られなければならないのか、理解不能だ。

 無視して、マフェットによって保護されていた兎人の娘に目を向ける。


「兎人、お前は運が良かったな。次からは自分で何とかしろ」


 厳しい声でそう告げると、兎人の娘は怯えたように縮こまったが、同時に深く頭を下げた。


「ご、ごめんなさい。 でも、ありがとうございました!」


 リューファスはそれには答えない。兎人などに答える言葉は持たないと言いたげだった。

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