一方で、兎人の娘は恐怖で声を上げることすらできず、リューファスと魔獣の戦いを見つめていた。
後を追ってきたトゥイードル冒険者一行も戦闘の場に到着、マフェットが目を細めて状況を把握する。
「……あれは一角のキマイラ? いや、もっと呪詛が濃い。 厄介ね」
ダムは茨の棘槍を肩に担ぎながら、状況を判断しようとする。
幾分か、トーンの下がった声だった。
「あの魔獣、リューファスだけで大丈夫だと思う?」
パーティリーダーとしてのダムは、かなりドライだ。
背後に佇むディーもまた、優先順位が確実に決まっている。故に、行動そのものには迷いがない。
「ふふ、リューファスだけなら大丈夫でしょ」とマフェットが微笑む。
「でも、あの美味しそうな娘は別ね」
マフェットは兎人の娘の元に軽やかに近づき、膝を折って優しく声をかけた。この娘が近くにいると、リューファスも全力を出して戦うことは出来ないだろう。
早く戦場から遠ざけてやらねばならない。
「大丈夫? 立てる?」
兎人の娘は一瞬、怯えたようにマフェットを見上げたが、柔らかな呼びかけに少しだけ表情を和らげた。
「わ、わたし……」
「ゆっくりでいいのよ。あたしが守るから」
マフェットが娘の手を取り起こそうとしたその時、魔獣が最後の力を振り絞り、咆哮を上げた。呪詛が再び広がり、辺り一帯を包み込む。
「前言撤回。早く掴まって」
急いで兎人の娘を抱きかかえると、背中から蜘蛛の足を生やして飛び上がった。
咆哮の影響だけで精神汚染される可能性がある。アラクネである自分は問題ないだろうが、この娘は廃人になるかもしれない。
「武器がもう少しまともなら、手早く済ますのだが」
リューファスは、魔獣の咆哮に込められた呪詛を感じ取るや否や、即座に剣を振り上げた。剣身に灯る青白い光を宿して切り開く。
魔獣は傷だらけになりながらも、なおもその巨大な体を震わせる。
怒りと苦痛を混ぜ合わせた視線でリューファスを睨んだ。棘のついた尾が地面を叩きつけるたびに土煙が舞う。
「すまんな、悪戯に長引かせたいわけではないのだ」
邪魔だった兎人の娘がいなくなったので、加減をする必要もなくなった。
問題は、与えられた人造魔剣程度だと魔獣には刃渡りが短すぎることと、ガタが来ていることだが。
「余に力を貸してくれ、ベドウィル。『
リューファスは青い籠手を具現化させる。
増幅された闘気が手の中で淡い輝きを放つのを感じた。唸る獣に向けて、左手に集中させるようにさらに力を纏わせた。
「今から、楽にしてやろう」
対峙する一角の魔獣は、術式を複数展開させて、次々に毒の矢弾を放つ。
近づかせまいと弾幕で牽制しようと必死だ。
加速しながら無理やり押し通る。籠手に込めた闘気で、相手の術式を減衰させてねじ伏せる。力任せの防御技だったが、手応えがある。
「やはり、素手でもやれるか」
リューファスは素早く距離を詰め、魔獣の懐に潜り込んだ。彼の目は魔獣の動きを追い続け、その刹那の隙を逃さない。魔獣が再び攻撃を仕掛けようとする瞬間、リューファスは籠手に込めた力を解放した。
青白い光が籠手から放たれ、リューファスの左腕が閃光のように魔獣の胴体に叩き込まれる。魔獣の体は大きく後ろに跳ね飛ばされたが、リューファスはそのまま追撃を続けた。
「まだ、終わらぬぞ!」
かろうじて獣は棘のついた尾を振り上げて叩き潰そうとする。
だが、リューファスはその動きを見切り、軽やかに横へと跳んだ。直後、尾が叩きつけられ地に亀裂が入るも、リューファスはひるまない。
リューファスは魔獣の動きを予測し、次々と籠手で連撃を叩き込んでいく。
闘気が宿った籠手は、魔獣の硬い皮膚を貫き、内部にダメージを与えていく。
魔獣は痛みに呻きながらも、なおも反撃を試みるが、リューファスの動きは一瞬たりとも止まらない。
籠手をはめた腕が閃光のように振るわれ、魔獣の胴体に次々と打撃を叩き込む。
魔獣の体は次第に傷だらけになり、黒い血液が弧を描きながら飛び散る。リューファスの連撃は止まらず、魔獣の動きは次第に鈍くなっていく。
「とどめだ、我が渾身の一撃っ!」
リューファスは最後の一撃を放つために、全身の闘気を籠手に集中させた。
青白い光が籠手から放たれ、リューファスの左腕が閃光のように魔獣の心臓に叩き込まれる。
魔獣の体は大きく震え、ついに力尽きて地面に倒れ込んだ。
リューファスはその姿を見て安堵の息をつく。籠手は粒子の光へと戻っていった。
「フム、思ったより手こずった。 少々、無茶だったか」
流石に消耗が激しかったのか、息を整えるように深く呼吸する。リューファスは、鋭い目で魔獣の死骸を見下ろしながら、後ろを振り返った。
まだ、体調の戻らぬメッツァが、困惑したような顔でこちらを見てくる。
「ええ……素手? 拳で魔獣殴り殺すの? さすがにドン引き」
「不敬だぞ、貴殿」
なぜ、勝ったのにそのような目で見られなければならないのか、理解不能だ。
無視して、マフェットによって保護されていた兎人の娘に目を向ける。
「兎人、お前は運が良かったな。次からは自分で何とかしろ」
厳しい声でそう告げると、兎人の娘は怯えたように縮こまったが、同時に深く頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。 でも、ありがとうございました!」
リューファスはそれには答えない。兎人などに答える言葉は持たないと言いたげだった。