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第22話 兎人の隠れ里

 目の前に現れたのは、樹々に溶け込むように作られた木造の建物群。


 大小様々な家が段丘に沿って並び、明かりが柔らかく灯っていた。建物には樹皮がそのまま残されており、苔が生え、自然と一体化している。


 それぞれ玄関の前に小さな畑があり、野菜や花が咲き誇る。

 あちこちに、兎人たちが手作りした木製のアートや装飾品が飾られていて、独自の文化が見て取れた。


 呪詛汚染された森の中にあるとは思えないほどに、隔離された空間だった。


「ここが……わたしの里です」


 一行がその美しい光景に見入る間もなく、村の奥から数名の兎人が現れた。

 皆、緊張の面持ちで武器を構えながら近づいてくる。


「マルシャ! お前、生きていたのか!?」


 その声に兎人の娘――マルシャはほっとしたように駆け寄った。


「長老に話さないといけません。この方たちが……私たちを助けてくれたんです!」


 一瞬、敵意のこもった視線がリューファスたちに注がれる。

 だが、マルシャの必死な説明と、同胞を守ったという事実が伝わると、次第にその鋭さは和らいでいった。


「出て行ってほしいなら、別に構わないが。なんだ、口封じでもするのか」


 リューファスが低い声で言うと、村人がざわついた。

 メッツァは呆れ交じりに仲裁に入る。ただでさえ、体調が良くないのに事を荒立てないで欲しい一心だった。


「いや、威圧しないでよ。必要なら、長老とやらに話を通してくれないかな?」


 村人たちは顔を合わせて思案したが、結局は話を通してくれた。


 数分後、彼らは村の中央にある大きな会堂へと通された。

 重厚な扉が開かれると、そこに待っていたのは長老らしき老兎人と、彼を取り囲む数名の護衛たちだった。


「人間たちが我らの里を訪れるのは何年ぶりか……まずは感謝を。同胞の命を救ってくれたこと。耳で覚え、心に刻もう。そなたらに、豊かな風の香りが共にあらんことを」


 リューファスは共通語が通じることを奇妙に感じていたが、メッツァもダムら冒険者一行も当たり前のように言葉に耳を傾けている。

 自身だけが異物として紛れ込んでいるかのような居心地の悪さがあった。


「感謝の気持ちがあるなら、一時の休息と装備を整えたい」

「そうか。我らも潤沢に物資があるわけではないが、ある程度は融通しよう。ただ問いたい。 そなたらは、何を目的にこの森を訪れたのか」

「……森の奥にある神殿に用がある」


 護衛達がどよめいたが、老兎人は納得したかのように頷く。ある程度、予想はしていたようだった。


「あの神殿には、古い時代の秘術がまだ眠っている可能性がある。それが目的か?」

「いや。約束を果たすために、行かねばならぬだけだ」

「……約束? いずれにせよ、あまり推奨は出来ん。今、あの神殿には邪竜がいる。あの忌まわしき、『邪竜ジャバウォック』が」


 長老が低く呟いたその名に、会堂の空気が一気に冷え込んだ。


「ジャバウォック……」


 リューファスがその名を繰り返すと、老兎人は重々しく頷き、長い耳をそっと垂らした。


「忌むべき存在だ。殺しても、何度でも甦り、我らの暮らしを幾度も脅かしてきた。この里は、兎人王国クニークルスから追放された者たちが集った集落。故に、王国の庇護は受けられぬ」


 周囲の兎人たちの顔に恐怖の色が浮かぶ。特に若い者たちの耳は震え、無意識に身を寄せ合っていた。


「それだけではない」


 老兎人の声が低く響いた。


「奴は己が手で屠った者たちを屍兵として蘇らせ、その軍勢を率いて再び襲来するのだ。長きにわたり、幾人もの英雄が命を賭して立ち向かったが、その亡骸さえも奴の配下に堕ちた」


「何度も蘇るとは、その邪竜とやらは不死の力を持つというのか?」


 リューファスが眉をひそめる。


「不死ではない。だが、完全に葬り去る術を我らは知らぬのだ」


 老兎人の横に控えていた壮年の兎人が口を挟んだ。


「一度殺せば、復活まで数十年かかる。ヴォーパル家の者が何度も奴を討ち果たし、時を稼いできた。あの名剣と、真理を断つほどの技を受け継ぐ一族がいなければ、我らはとっくに滅んでいただろう。 彼の剣士は月光の道を歩む」


「ヴォーパル家か」


 ダムが真紅の瞳に、興味の色を浮かべた。


「その剣、興味深いわね。それに、その一族の者は今どこに?」


「現当主は『ハレ』という剣士だ。白兎騎士として、兎人王国クニークルスにも認められた手練れ。 だが、彼はまだ戻らぬ。 神殿に挑むために、消息を絶ったままだ」


 一同に重苦しい沈黙が訪れる。

 どうやら、兎人達が『ジャバウォック』と呼ぶ、邪竜を倒さない限り、リューファスの目的は達成できない可能性が高い。


 神殿に巣食う怪物がいることは予定外だったが、聖杯がある以上、影響を受けた存在がいることはある程度、想定できる事態ではあった。


「しかし、邪竜と来るか」


 黒龍フェアヘニングスをほどでないにしろ、その影響で発生した『竜』となれば、準じた性質を持っていることもありうる。

 不死性がある相手には、その特性を無効化した上でとどめを刺したいものだが。


「こういう時こそ、セレスティンが必要なのだがな」

「セレスティンって聖剣の名前だよね」

「……そうだ」


 リューファスの呟きに、メッツァが問いかけてきた。


 隠し立て出来ないラインを越えてきている。

 さすがに、この若者は正体に気付いてはいるのだろう。あえて、口に出さないだけだ。リューファスから見て、メッツァは知者と呼ぶには不足だが、けして鈍い人間ではないのだから。


 いずれにせよ、リューファスはただ目的を果たすだけだ。

 メッツァが大学に余計な報告しないことが望ましいが、その時はその時だろう。


「相手が何であろうと。 行く手に立ちはだかるのなら、斬り捨てるまで」


 老兎人は、邪竜ジャバウォックを倒そうとする意志を確認すると、リューファスに対して協力を確約した。


 対して、ダムとディーの双子姉妹、聖女リリーは引き際を考えているようだった。

 ほぼ一方通行だが、先ほどから小声で話し合っている。本格的な話し合いは、マフェットが合流してから行うのだろう。

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