一行が長老との会話を終えた後、兎人たちは徐々に警戒を解き、一行を里の中心へと案内した。
里を囲む木造の建物群には、小さなランタンが灯されており、柔らかな温かみを放っている。
「まずは腹ごしらえをしてもらうとよかろう」
広場の中央に据えられた長い木のテーブルに、兎人たちが手際よく料理を並べていく。
葉で包んだ焼き野菜、きのこやハーブをたっぷり使ったシチュー、甘辛いタレを塗ったロースト肉など、どれも素朴ながら見た目に鮮やかだ。
皿の縁には、花びらや細かな木の実が飾られ、細やかな気遣いが見て取れる。
「はあ、よくこんな森でまともな食事が用意できるね」
メッツァが目を輝かせながら席に着いた。
ほとんど期待していなかったので、思った以上の質に喜びを抑えられなかった。
一行の前には、小さな陶器の杯も置かれた。
兎人の娘――マルシャがそれを慎重に手に取ると、中身の琥珀色の液体を注ぎながら説明した。
「これは、わたしたちの……なんと説明したら良いのでしょうか。 そう、ですね。 自家製ウィスキーです。 木の樽で熟成させたもので、香りが少し独特かもしれませんが……飲んでみてください」
ダムが杯を手に取り、くんくんと鼻を近づけた。ディーも合わせて、杯を受け取る。姉妹で不思議そうに液体を確認していく。
「ほほう、これは面白い。草の香りがするわね」
「そうね、ダム。 変な匂いね、なんかスース―する」
「あら、少し甘い?」
マルシャは照れたように耳を動かした。
「その……蜂蜜を少し混ぜて、飲みやすくしてあります」
「『飲みやすい』? これがかい?」
メッツァはあまり口に合わないようで、素っ頓狂な声を上げた。
聖女リリーは戒律上の問題があるのか、酒は口にしなかったが、ひたすら黙々と料理に手を付けている。
なかなか手を付けようとしなかったリューファスだが、周囲のメンバーがなんら気兼ねせずに、食事や酒を口にしている様子を見て、おずおずとウィスキーをひと口含む。わずかに眉を上げた。
「確かに甘みがあるが……深みもある。面白い酒だ。どうやら、複数の種類のハーブを使っているようだな」
「毒や汚染に対して、排出を助ける成分が含まれていますので。里に住むものにとっては必需品です」
「酒は、錬金術における基本的な触媒ではあるからな。酢にもなるし、術師がいる集落ならば活用しているか」
認めがたいことに、リューファスにとっては居心地が良かった。
現代に目覚めてから、最も600年前の感覚に近い土地で過ごしているようにすら思った。
かつて、敵対していた
目覚めてから、安らぎを覚える瞬間など、一度もなかったのだ。
兎人たちも、ちらほらとテーブルの端に座り、一緒に食事をしながら話し始めた。
「ほう、よくぞ『唸り吠える角』を倒したものだ」
「そういう名前なんだ、あの魔獣。 まあ、僕が倒したんじゃないんだけど」
白髪交じりの黒兎人がシチューをすくいながら語る話に、メッツァは耳を傾ける。
「あやつは何年も我が里周辺を荒らしてきた厄介者。まさに『二月の嵐』のようだった」
「二月の嵐?」
メッツァが問いかけると、マルシャが説明した。
「あの……突然起きる厄介事のことを、私たちはそう呼ぶんです。二月は天気が読めなくて、突然嵐が来ることがあるので……」
「なるほど」
メッツァは笑った。
長老である老兎人も、時折、癖のある迂遠な表現をしていたように思うが、他の村人は一層、その傾向が強い。
「まあ、それを僕たちが晴らしてやったんだな」
自分がしたことではない、そうわかってはいるのに、メッツァはなぜか誇らしげに口にしてしまった。
「そげなこと言うても、ここはまだ嵐の目ん中ぞ」
別の兎人が口を挟む。
「ジャバウォックの牙がどげなもんか、知らんわけじゃなかろう? 最も耳の長い英雄が、バンダースナッチにされちまってるし。ハレ様も無事に帰ってくるかどうか」
その言葉に一瞬、テーブルが静まり返る。
だが、長老たる老兎人が一行を見つめながら、静かに警句を口にする。
「リューファスよ、よく聞け。 我ら
「覚悟なら、もう定まっている」
リューファスが静かに答える。
「その言葉、信じることにしよう」
老兎人は少し目を細めた。
今の会話は、集まった兎人たちに聞かせるためにしたのだろう。悪しき魔獣を単独で討ち取れるほどの人間が、事態の収拾に動くと言う事実を再認識させるために。