私はヘカーティア。
東方部族ベスタルの族長の娘として生まれ、『聖なる火の神殿』で、火守りの巫女として育てられた。
生まれた時から、自分が特別な存在である自覚はあった。
乳飲み子の頃から、私の目は通常の子供とは違っていた。
世界の断片が、小さな光の粒となって私の視界に踊る。
普通の子供たちが無邪気に遊んでいる間に、既に秘術の基礎を学んでいた。
精霊と古い巻物は私の遊び相手であり、精度の高い未来を垣間見る能力は、祝福とも呪いとも言えるものだった。
秘術を遊びのように学び、結局、わずか数年で、私は部族の秘術をほぼ習得した。
常に付きまとう、ある種の万能感と退屈さ。
神殿を訪れる年配の首長たちは、幼い私の言葉を神託と崇める。
それが私には滑稽に思えた。
(なぜ、当たり前に出来る事にたいして、こんなに有難がるのだろう。運命を聞いたところで、いったい何を変えられるとでも? 大人って変だ)
使命だと信じて、祈りを捧げる巫女の姉妹たちも、可哀想だった。
身の回りには、周辺の部族から集められた子女が巫女候補として修行を積んでいた。
ベスタルの火守りの巫女とは、聖なる火を守護し、人ならざる世界を垣間見る存在。
修行を積んでいる子女の才は、一人ひとりがそれぞれの部族で中心を担えるほどの術者足り得る。
とは言え、処女性を重んじる風習から、いかに高い実力を持とうと、ベスタルの巫女は世俗の地位につくことは許されなかった。
少なくとも、巫女である間は。
(みな、ここを出れば、引く手あまたの術者でしょうに。……ここにいても、一番には絶対なれない子たち)
時折、遠見の力で覗き見る世俗では、はるかに劣った者が術者として重宝され、より自由な振る舞いをしながら、己を満たしている。
一方で、閉じこもり、献身的に祈り続ける巫女の姉妹たち。
「あなたたちは……どうして、そんなに必死に祈れるの?」
未来の流れは、大きな河のようなもの。
小さな雨の粒、一つひとつがどんな事象であるか、どこに着地するかはわからぬとしても、大きな流れに合流し、海原へと至る。
だから、未来を見る力が弱くても、大きな流れと結末は、この子たちにも見えているはずだ。
(例えば、そう。遠くないうちに、この神殿が滅びる、とか)
ただ、姉妹たちは誰もそれを口にしない。
いつから始まったのか、火守りの巫女は求められたことには答えるが、必ず訪れるであろう、その『終わり』には口を噤むことにしていた。
滅びゆく未来を知りながらも、火傷を負う巫女たちは祈りを止めない。
その姉妹たちの献身は薄気味悪くさえあった。
(やっぱり、信仰は愚かさの象徴なのかしら。それとも、本当に私には理解できないほど深遠なものなのなの?)
答えは出なかったが、私は苛立ちを抑えきれず、姉妹たちの祈りの場を足早に立ち去るようになった。
祈る姿を見ているだけで、胸の奥に奇妙な痛みが走るようだった。
ベスタルの部族も、周辺部族の首長たちも、火守りの巫女も。
私達が盲目に生きるのは、きっとそのように作られているからに違いないと思った。
ある夜、私は神殿の外で風を感じていた。
星が瞬く夜空を見上げながら、次第に自分の内に芽生え始めていた違和感を噛みしめていた。
私は特別だと教えられ、信じてきた。
(でも、特別であることに、いったい何の意味があるんだろう?)
そんな問いが脳裏を過ぎった。
その時だった。ふと足元に、ひとつの影が現れた。
見上げた星空に反射しているわけでもなく、炎の光に照らされるわけでもない、不自然な影だった。
影はゆっくりと揺れ、まるで私に話しかけるかのように形を変えていった。
「ヘカーティア……お前の目に映る未来がすべてだと思うか?」
影が音もなく、そう囁いた。冷たい声だったが、声には不思議な温かみも感じられた。
「どういう意味?」
私は無意識に答えた。
影は静かに笑ったように見えた。
「人間が持てる視野は狭い。お前の目に映る運命の筋書きは、確かに真実だろう。だが、それがすべてではない。見えぬものもある」
「見えぬもの……?」
影は答えなかった。
ただ、風に溶けるように消え去り、心に奇妙な余韻を残した。
見えぬもの。それは一体何なのか。
運命の筋書きを超える何かが存在すると言うのか。
神殿での日々は次第に私にとって狭苦しいものとなり、私の心は次第に「外」に向かっていった。
滅びることが定められている神殿にいながら、私はどこへ向かうべきなのかを考え始めた。
影の言葉が、私を捉えて離さなかった。
そんな中だった。
ライ・ユーファス・セレスティアヌス。
俗にいう、リューファス王が『聖なる火の神殿』に安置されていると言う、ベスタルの聖杯を求めて、ここを訪れた。
「ここに聖杯があるのは知っている。 それが試練を用いて封じられていることも、な」
リューファス王は噂に聞く通り、長い金髪を持ち、鋭い青い瞳を持つ美丈夫だった。
どこか彫刻めいた印象すらある。
いや、聞いていたより若く見えるかもしれない。
彼は堂々とした態度で神殿の中央に進み出ると、静止をものともせずに語り続けた。
「この聖杯は、余の国を救うため、野望を為すために必要だ。そのためならば、どのような試練にも挑む覚悟がある。道を開け」
神殿に響いたその声には、必ず己が望みを通すと言う傲慢さと、力量への自信が宿っていた。
ベスタルを敵に回そうと言うのか。
いや、そんなはずはない。予言の恩恵がいらない人間などいるわけがないから。
初めて見る態度の男に、周囲の巫女たちは互いに視線を交わし、困惑と恐れをにじませていた。