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第57話 我儘な助手と、忘れがたい旅の始まり

 まじまじとリューファスが腕を組んで、観察する。


 それは紫色の煙を吐き出し、石畳の上をガタゴトと進むゴーレム仕掛けの箱。

 重厚な鋼鉄の装甲に覆われた車体は、無骨ながらも丸みを帯びたフォルムで、どこか愛嬌がある。車体の下部には、山羊のような四本の金属製の足が生えている。

 時折、クルクルと動きながら点滅するセンサーは、まるでつぶらな瞳のようだった。


 どこか昆虫のようでもあり、甲殻類や獣にも見えなくもない。


「これがゴーレム車両とやらか」

「ああ、そうだよ。このエミーロヴァの街でもよく見かけたでしょ。あれの冒険者用機種、ワンダリングシェルター『ポラカント』だよ」


 メッツァが車両の側面を軽く叩くと、コンコンと鈍い音が響く。装甲は見た目どおり、かなり頑丈そうだ。

 見れば、物々しい武装が棘を生えすかのように、いくつか備え付けられている。

 以前、リューファスが戦った『10式護法機兵』に搭載されていたエーテルカノンにも似ていた。

 車体の側面にラウンドバックラーまで備え付けられ、一体どんな動きをするのか想像もつかない。


「ポラカント? 仰々しい名前だ、せいぜい『アルマジロ』だろう」

「あはは。乗り心地は保証できないけど、これなら長距離移動も楽だと思うよ。それに、荷物もたくさん積めるし」

「余は、強化軍馬も捨てがたいのだが」

「生き物なんて、維持するの大変すぎるでしょ。生き物の世話なんかできないくせに」


 そんなことはない、と反射的に言いかけたものの、リューファスは言葉を飲み込んだ。

 経験がないわけではない。武者修行の旅では、強化軍馬と共に各地を回った。が、考えてみれば、それも相当昔の話だった。


 メッツァが指示を出すと、ゴーレム車両は足を折りたたみ、車輪を展開して地面に座り込んだ。整備された街道ならば、車輪駆動で駆け抜けられる、とメッツァは説明する。


 リューファスはゴーレム車両を隈なく見回し、満足そうに頷いた。内部の収納まで無邪気にのぞき込もうとしている。その好奇心旺盛な振る舞いは、メッツァにとっては見慣れたものだ。


「しかし、この奇妙な乗り物は、一体どのような仕組みで動くのだ?」

「……燃料に何を使われてるか、話したらめんどくさいことになりそうだな」

「なんだと?」

「まあ、道中、教えてあげるよ。ほら、性能とかの説明をしながらね。その方が、きみも納得しやすいでしょ?」


 メッツァは、あえて口を噤んだ。

 便利さが分かってからの方が、説得しやすいと判断した。燃料には倫理的な問題も多い。

 リューファスも乗り気なのか、目を輝かせながら、「ウム、それも良かろう」と頷いた。


「しかし、良いのか? 貴殿は望めば、それなりの栄誉が受けられるのではなかったか」

「この街を拠点に、北方を巡るんだろ。この辺りもフィールドワークには悪くないしね」


 メッツァの言葉に、リューファスは迷いなく頷く。


「余の魂が不完全である以上、このままではいられぬ。全てを取り戻し、己の力でこの時代を生き抜く。余は、余らしくあらねばならぬからな」

「……まあ、勝手な話だよねえ。でも断ったら、あっさり僕を置いて行くつもりなの?」

「共に来てくれると助かるが、貴殿には拒否する権利もある。だが、いずれにせよ余は行く」


 リューファスの言葉は、有無を言わせぬ力を持っていた。

 一応、意見は聞いてくれるものの、最終的に決めるのはいつもリューファスだ。彼に意思を曲げるつもりはない。


(本当に我儘だなあ。結局、巻き込まれるのはこっちなんだよな)


 しかし、リューファスの瞳に宿る強い光を見て、メッツァはどこか納得していた。

 新しい時代に不貞腐れ、大人しくしているリューファスを見るのも、それはそれで気に入らない。そんなあまりに不合理な情動が、メッツァの胸を掠めた。


(結局、こういう感覚なんだろうな。ヘカーティア様って)


 とは言え、さすがに四六時中、一緒にいるのは腹が立つには間違いない。


「はあ。仕方なく、きみに付き合ってやるさ」

「そうか、感謝する」


メッツァの言葉に、リューファスは満足げに頷いた。


「うむ、貴殿の協力は必須だ。共に旅ができることを、余は嬉しく思うぞ」


 にこやかに言い放たれた言葉は、明らかに圧力を帯びている。純粋に少年のような笑顔の裏で、拒否など微塵も考えていないことが丸見えだった。

 メッツァは肩を竦め、小さく息を吐き出した。


(まったく、この男は……)


 内心で悪態をつきながらも、メッツァの表情はどこか柔らかかった。リューファスの我儘に振り回されるのは、確かにご免こうむりたい。

 だが、同時に、この男との旅には、言いようのない魅力がある。研究者として、最新の伝説を特等席で目撃できるという、危険すぎる魅力が。


 二人は宿の精算を済ませ、車両へと乗り込もうとする。

 ふと、思い出して、メッツァは確認するように声を掛けた。


「そう言えば、出発前にマルシャから手紙が届いているけど、読む?」


 手元にあるのは、可愛らしい便せん。繊細な筆跡で書かれた手紙は、兎人の娘マルシャのものだろうと一目でわかった。

 素っ気なく、リューファスは顔をそむける。


「いらぬ、余は兎人は好かぬ」

「そう? ハレからの伝言もあったけど」

「どうせ、首を洗って待っていろ。と言う奴だろう」


 まったくその通りだったので、大人しく引き下がると、メッツァは苦笑しながらとても丁寧にカバンの中へとしまい込んだ。そして、意趣返しとばかりに少し偉そうな態度を取ってみせる。


「ああ、そうだ。リューファス。きみには僕の助手として、色々手伝ってもらうからね」

「余が、貴殿の助手など、冗談ではない」

「冗談じゃないよ。きみにしかできない仕事があるんだ。例えば、荷物運びとか、食料の調達とかね」

「……それくらいなら、容易い」


 リューファスは渋々頷いたものの、表情はどこか楽しげにも見える。

 旅の面倒ならば、娯楽の範疇なのだろう。


 メッツァは運転席に乗り込み、エンジンを起動させた。紫色の煙が勢いよく噴き出し、車体が低く唸る。機械の鼓動が伝わるほどの振動に、思わずハンドルを握り直す。


「それではリューファス。助手席へどうぞ」

「ム、助手席とは何だ?」


 ようやく、リューファスも乗り込み、車両はゆっくりと走り出す。

 窓から見えるエミーロヴァの街並みは、昨日までとは違う顔を見せる。

 朝日に照らされた石畳の道は、前よりも明るく、人々の活気も増しているように感じた。


 メッツァは、そんな街並みを眺めながら、これから始まる旅に思いを馳せていた。


(一体、どんな旅になるんだろうか)


 考えてみても、わかるはずもない。

 ただ一つ確かなのは、この旅が、メッツァにとって忘れがたいものになることだけだ。それはきっと、良い意味でも、悪い意味でも。


 メッツァの操縦で、ゴーレム車両『ポラカント』はさらに軽快に走り出した。車窓から見える景色は、エミーロヴァの街並みから、徐々に豊かな自然へと変わっていく。


 目指すは、遥か北の地。


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