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第36話 周瑜と孔明

「劉備からの使者が来ているのだ」

 軍議の後で、孫権が周瑜に告げた。

「会って、話をしてもらえないか。劉備と劉琦の連合軍と同盟を結ぶかどうかを決めねばならん」

「どんな使者です?」

「劉備の軍師だそうだ。名前は諸葛亮。年齢は私と同じくらいだ」


 周瑜は宿泊室へ行き、孔明と会った。

「周瑜公瑾です」

「諸葛亮孔明と申します」

 ふたりは名乗り合った。


「さきほど軍議で、曹操軍と戦うことが決まりました」と周瑜は言った。

 孔明は表情を変えなかった。

「勇気ある決断をされましたね。しかし、当然の決断でもあります」と答えた。

「なぜ当然なのです?」

「曹操には弱点があります。ひとつ、水戦能力が低いこと。ふたつ、補給線が長すぎること。降伏はあり得ません」

 周瑜は自分と同じ考えを孔明が持っていることを知って驚いた。


「しかし、曹操軍は大軍です。しかも曹操は百戦錬磨。戦うのは無謀だという声が多くあります。それでも諸葛亮殿は、戦うべきだとお考えか?」

「ここで孫権様が降伏なされば、曹操の天下簒奪が決まります。曹操は漢の帝を意のままにあやつる悪人です。多少の冒険だとしても、正義をつらぬき、戦うべきです」

「あはははは、つまらん考えだ。正義だ悪だなどというものは、子どもが言うことです。軍師たるもの、常に冷徹な計算で軍の行動を決めなくてはなりません」

 周瑜は哄笑した。


「そうでしょうか。正義をかかげない軍は、ただの暴力機関でしかありません。劉備軍は、正義のために行動します」

「あやうい考えだ。正義など、立場によって変わる」

「そのとおりです。しかし、計算だけで動くなど、面白味の欠片もない。周瑜様は、勝算がなくなったら、すぐに降伏するのですか? そんな軍とは、同盟を結びたくありません」

 周瑜と孔明は、睨み合った。


「劉備殿は兵力をどれほど持っておられる?」

「一万ほど」

「弱すぎる」

「孫権様はどうなのです?」

「十万の軍を動員できます」

 孔明は首を振った。

「揚州は荊州よりも人口が少ない。兵力は、せいぜい五万というところではないですか?」

 周瑜はまた驚いた。孔明の指摘が正確だったからだ。揚州軍の兵力は五万。すぐに曹操との対決に使えるのは、三万程度でしかなかった。


 周瑜は宿泊室を去ったその足で、孫権の執務室へ行った。

 孫権は周瑜と向き合った。

「どうだった? 私は劉備と同盟するべきだろうか?」

「非常に優秀な軍師を持っています。同盟なさいませ」

「そうか。曹操は強大だ。対抗するためには、少しでも兵力が多い方がいいしな」

「はい。使えるものは、猫でも使わなければなりません」

「では、諸葛亮を通して、劉備に同盟締結を申し込むことにしよう」

 周瑜は少し考え込んだ。

「いまは同盟を結ぶべきですが、ゆめゆめ油断しませぬよう。劉備と諸葛亮は、いつか恐るべき存在になるかもしれません」

 孫権は彼の軍師を見つめた。

「わかった。肝に銘じておこう」


 孫権から同盟を締結したいという回答を得て、孔明は夏口城に帰った。

 周瑜は三万の水軍を率いて、建業から長江南岸の赤壁へ航行し、曹操軍を迎え撃つための陣を敷いた。

 曹操は水軍八十万と号して、赤壁の対岸、烏林へやってきた。その軍の実数は、四十万ほどだった。五十万の兵を連れてきたかったのだが、兵糧の輸送が思うようにはいかず、兵力を減らしての行軍となっていた。

 劉備軍は夏口から赤壁に進出し、揚州軍と合流した。

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