目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第46話 宣戦布告

 劉璋を暗殺し、劉備を蜀郡の成都に迎えれば、張松と法正の陰謀は完成する。

 法正は龐統に働きかけた。

「龐統殿、劉璋様が涪城へ来たときが千載一遇の機会です」

「どういう意味でしょうか」

「張松が、劉備様を成都城にお迎えする準備を整えております。劉璋様を殺せば、一命を取るだけで、一州を取ることができます」

「なるほど。よさそうな策ですが、殿がうんと言うかどうか……」

 龐統は自信がない。劉備が暗殺を好むとは思えない。

「一番民に被害を与えない手段だと思います。劉備様を説得してください」

「やるだけやってみましょう」


 龐統は劉備と密室で話し合った。

「法正殿が、涪城で劉璋殿を斬ってくれと言っております。張松殿が、殿を成都城に迎える準備を整えているそうです」

「劉璋殿をだまして、暗殺しろと言うのか……」

「殿は益州を取るおつもりでここへ来たのでしょう?」

「そのとおりだが、暗殺という手段はいかん。そのようなことをしては、信義にもとる」

「戦争です。信義もくそもありません」

「だが……」

「殿、ご決断を。これがもっとも被害を少なくして、益州を取る策なのです」

「少し考えさせてくれ。劉璋殿を斬るときは、おれが直接指示する。手出しをしてくれるなよ」

 劉備は腕を組み、目を瞑った。

 主君の決意に従うだけだ、と龐統は思った。暗殺は手っ取り早い方法だが、もし殿が正々堂々たる戦いを望むのなら、その方針で作戦を立てよう……。


 劉備軍が涪県に到着し、劉璋も五千の兵を従えて、涪城に入った。

 城主は劉璋の娘婿、費観である。

 彼は主の劉璋と客の劉備を迎え入れた。

 ふたりは城主室で面会した。


「劉備殿、よく来てくださった。感謝する。漢中郡の張魯を討ってください。五千の兵をあなたに提供する。孟達という将に率いさせている。孟達を部下だと思って使ってください」

「承りました。同じ劉氏同士、助け合っていきましょう」

「おお、漢帝室に連なる者同士、力を合わせましょうぞ」

 劉璋は、劉備が益州を取りに来たとは露ほども疑っていない。

 劉備もそのことは微塵もにじませずに、この面会をこなした。

 さて、どうやってこの州を取ろうか、とこの時点でもまだ考えている。卑怯なことはしたくない。天下万民に恥じないやり方をしたいと思っている。


 面会の後は、酒宴になった。

 宴会場は涪城の広間。

 劉備と劉璋が並んで上座にすわり、下座に部下たちが並んだ。

 劉璋の支配下にある城だが、いまそこには黄忠、魏延、関平、張苞などの劉備軍の猛将がいて、劉備がその気になれば、劉璋の首を取るのはむずかしくない。

 法正は、そのときをいまかいまかと待った。


 酒宴が終わった。

 劉備はとうとう、劉璋を斬らせなかった。

 酒宴の直後、龐統は主君に確認をした。

「まだ間に合います。劉璋殿を殺さないのですか」

「暗殺はせぬ」

 劉備ははっきりと告げた。


 劉璋は成都城に戻った。

「わが君は、暗殺を選ばなかった。戦って益州を取るおつもりです」と龐統は法正に言った。

 そういう方か、と法正は思った。男らしいが、歯がゆくもある……。


 劉備軍は孟達隊を加えて二万五千の軍勢となった。

「孟達殿、よろしく頼む」と劉備は言った。

「孟達と呼び捨てにしてください」と孟達は答えた。

 劉璋は益州牧以上にはなれそうもないが、この人はもっと大きくなりそうだ、と直感的に思った。このまま劉備に仕えてしまおう……。


 龐統と法正が相談して、行軍進路を決めた。劉備軍は広漢郡を北上し、梓潼県、葭萌県を経て、白水関に至った。

 そこを越えれば、漢中郡に入る。

 劉備軍は白水関にとどまった。漢中郡を睨んだまま、進軍をやめた。そこで軍事訓練だけを行った。


 劉備軍の動きを見て、焦ったのは成都にいる張松である。

 涪城で劉璋を殺さなかったばかりか、愚直に漢中郡へ向かっている。

 劉備の真意がわからなくなり、彼は情緒不安定になった。


 劉璋は、張松のようすがおかしいことに気づいた。

 内密に調べさせてみると、果たして張松と法正が劉備を手引きし、益州を取らせようとしていることが判明した。自分を暗殺しようとしていたことまでわかった。

 劉璋は激怒し、張松を処刑した。

「李厳、三万の兵を授ける。劉備軍を討て」

 彼はもっとも信頼している部下に命じた。


 李厳軍が成都城を出て、広漢郡を進み、白水関へと迫った。

 劉備はようやく機会が来たと感じた。

 白水関でときを待っていたのである。

「敵となったな。宣戦布告だ。倒させてもらうぞ、劉璋殿」

 劉備軍は南に向きを変え、李厳軍に向かって猛進した。    

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?