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第16話:親権のけじめ

 面倒くさそうなので目をそらせていたけど、娘達のことは元嫁と話しておく必要があるだろう。グダグダの離婚劇も一応片付いた格好になっていた。しかし、出て行った娘達は実は騙されて連れて行かれただけ。元々親権は正式な書類を交わしたわけじゃない。ただ、離婚届には未成年の子供の親権者について記載するところがあったらしいのだ。俺は確認すらしていなかった。あとから弁護士さんから聞いて知った。これもちゃんと打ち合わせをしなかった弊害だろう。


今は超法規的にうちにいるけど、これもちゃんとしておかないと後で痛い目を見る。弁護士さんとは話してみたけど、「一応話してみて、親権を渡さないとのことだったら、今は育児実績を積みましょう」と言われた。弁護士さんが話しましょうか、と訊いてくれたけど、元嫁は俺との直接交渉を希望していた。だから、俺は元嫁と会って話すことを考えていた。


「お父さんは、お母さんに電話してみる。お前達の親権か監護権について引き渡してもらうように!」


 俺は家のリビングで夕飯のときに娘二人に話した。


 簡単に言うと、「親権」は親であるという権利、「監護権」とは育てる権利のことだ。俺は別に法律的にこの子達の親である必要はない。心は親であることから変わりはない。そして、それが娘に伝わっていれば他には何もこだわらない。


「お母さんの性格考えたら無理じゃない?」


 相変わらず、妹、智絵里は言葉が辛辣! 歯に衣を着せるよう教育が必要だ。


「言ったらなんだけど、私もダメだと思う……。この前なし崩しがベターかな。藪をつついて蛇が出ちゃうかも……」


 お姉ちゃんも同じ考えか。しかし、しっかりしないといけないときはあるんだ。ダメならダメでそのときの考えたらいい。


 ずっと連れ添った相手だ。鬼じゃない……と思いたい。


「ちょっと電話してくる……」

「ここでいいのに」

「聞きたいのに」


 確かに、娘達からしたら自分の将来のことだ。自分の意見が言えないのは理不尽だろう。幸いうちの子達はしっかりしている。今の状況を正しく理解して考えることができると俺は信じている。なんなら、俺よりしっかりしてる。電話を聞かせるくらいならいいかな。


「じゃあ、ここで……」


 俺が緊張しながら登録リストから元嫁を探す。「嫁」と書かれているのがなんとも悲しい。電話が終わったら「清美さん」とかに変えるか……。


「私、お茶を淹れるね」


 お姉ちゃんがお茶を準備してくれていた。きっと俺が喉カラカラになるのを知っているからだ。


 ■■■ 善福清美


 今日の夕飯も一人だった。彼は帰ってこない。帰ってきても夜中だと思う。


 だから、今日したことといえば、お手伝いさんが作ったご飯を食べたことくらい。冷蔵庫に入ってたから、電子レンジでチンしたら終わり。


 皿に盛るのも面倒だったから、タッパーのままフタを取って食べる。一人のごはんがこんなに味気ないなんて……。


 そう言えば、今日は朝から誰とも話してないな。誰かと話がしたい。グチを言いたいけど、誰にも言えない。


 彼がお金持ちなのは間違いない。何不自由ない生活だから、本気でグチってもでも、自慢とかって思われてしまう。そんなことは私にも分かる。


 あと少しで離婚から半年経つから籍を入れられる。そしたらいよいよこの生活が永遠に続く。今はそれが怖いと思ってる。だけど、一人になるのはもっと怖い。


 やっぱりあの人が私には必要だった。そばにいるのが当たり前だったから、それが分からなくなってた。学歴とか関係なかった。大卒、大学院卒ならもっと優れた人間だと思ってた。でも、違う。あの人は中卒だけど、何も劣ってなんかいなかった。劣ってたのは私の見る目のほう。


 考えてみたら、あの人は私が言ったとおりに転職した。掃除屋から医療機器の営業の仕事に。そのほうがかっこよさそうだったから。


 それからあの人は帰りが遅くなった。そして、昼夜構わず家を空けるようになった。その頃かな。パート先のスーパーの店長がかっこ良く見え始めたのは……。


 彼はお金持ちの家の生まれらしい。商売も色々やってるらしくて、ゆくゆくはスーパーの部門を受け継ぐんだって。そのためにスーパーの店長をしてた。普段なら出会えることもなかったような雲の上の存在に思えた。


 ここで取り入ることで私の人生もリセットされる気がしてた。彼は雲の上の人すぎて何を考えているか分からない。話も中々合わない。


 全て思い通りになったはずなのに、全然幸せを感じない……。


 あの人の声が聞きたい……。


(ルルルルルルル)


 液晶は「だんな」と表示されている。もう旦那じゃないのに。まだ変更してなかった。


「……なに?」


 意味もなく不機嫌な感じで出ちゃった。自分から離婚を言い出したのに、幸せじゃないとかグチれない。もっともグチってはいけない相手。


『この間LINEしたと思うけど、娘達は二人とも俺のとこにいる』


 そんなのとっくに知ってる。何? 皮肉でも言うために電話してきたっての!?


「それで?」

『俺が面倒みるのはやぶさかじゃないけど、ちゃんと筋を通しとかないとイケないと思って……。親権をよこせとは言わないからうちで生活することを許してくんないか』


 娘達は私よりあんたを選んだのよ。何を言っても帰ってきやしないわよ。


『同意してもらえないなら話し合いって感じですり合わせができたらって……』


 話し合い!? あの人ともっと話せる! 


「話くらいは聞いてあげてもいいけど……」

『そうか。助かる』


 どうしよう。どこで会おう。うちに呼ぶのは変だよね? 今の私の家を見せびらかす……私、最悪だ。


「そっちの家の近くのファミレスでどうよ」

『……すまん。家は引っ越した。日時と場所を決めてくれたらどこでも行く』


 そんなこと言って、仕事で予定とか立てられないじゃないの。急に呼ばれるから家から離れたところは行けなかったし、常に会社ケータイ持ってたし。


「そんなこと言って大丈夫なの!? 呼び出しされるんじゃないの?」

『あ、その点は大丈夫だ。仕事は辞めた』

「はぁ〜!?」


 あんなに仕事仕事って言ってたのに!? どうなってんのこの人! でも、話せる! ここで娘の親権のことでゴネればあの人に会える!


「後は会ったときに話す!」

『分かった……』


 私は電話を切った。いつ会うかとか、どこで会うかとか決めてない。つまり、また話さないといけない。娘の親権を主張すればあの人に会える!


 私は着ていく服を選び始めた。



 □□□ 善福熊五郎


「どうだった?」


 家のリビングでお姉ちゃんが心配そうに訊いた。元嫁が誰かに許可したりすることはない。お姉ちゃんはそれを知っているのだろう。


「会うって」

「「ほんと!?」」


 娘達の声がハモった。


「ほんと。ただ、交渉するにもこっちにカードがないんだよなぁ」


 そう言うと、「んー……」と妹の智絵里が考え始めた。そして、予想の斜め上の答えが返ってきた。


「私達へのDVとセクハラであの男を訴えるって言おう!」

「こらこら」


 確かに殴られたとか言ってたな。俺も詳しく聞いてなかったけど、どの程度があるのか分からない。それにセクハラって……。


「証拠があるって言って」

「マジか!? 大丈夫なのか、二人とも!」


 俺は慌てた。少しの期間とはいえ、娘達がひどい目にあっていたなら許せない。


「大丈夫。ひどくなりそうだったから早めに逃げてきたってわけ。洗面所で洗濯物を物色してたときは、私がお風呂に入ってるときはちぃちゃんが、ちぃちゃんがお風呂のときは私が見張ってた」


 なるほど……。ちなみに、「ちぃちゃん」はお姉ちゃんが智絵里を呼ぶときのあだ名みたい。


「裁判しようっていうんじゃないんだから、お父さんはどっしり構えてお母さんと強気で交渉してきて! 最悪ダメなら私達もその場に乗り込むから!」


 お姉ちゃんの言葉は心に刺さった。俺はなんでこんなに卑屈だったんだろう。娘達にはしっかりした姿を見せないといけないと思ったのに。ここで気持ちを引き締めた。ただ、元嫁と会うためには娘達に確認しておかなければならないことがあった。


「……本当はお母さんと4人で暮らしたいと思ってるんじゃないか?」


多分俺は上目遣いになっていただろう。恐る恐る娘達に訊いた。


「お母さんはもう要らない」


智恵理の強い言葉だった。拒絶とも取れる言葉だった。


「……お母さん、お父さんがいない時でもお父さんのことバカにしてたし……」


そうなのか? いつも中卒、中卒とバカにしていたのは知ってるけど……。


「あと、家事とかやってなかったし。家事は私と智恵理で手分けしてたから……。お母さんがパートで稼いできたお金はお母さんが自分のことに使ってたし、お父さんが稼いできてくれたお金は『少ない、少ない』って言ってた。人としてちょっと……」


ある意味、裏表がないのだけど、相当蔑まれてたしなぁ……。教育上よくないとは思っていたんだ。


それにしても、娘達はまっすぐに育ってくれたもんだ。これは「反面教師」ってやつだろうか……。娘達の心が決まっているなら、大人の俺がふらふらしていたらかえってよくない。やっぱり、俺がここで気持ちを固めなけれなならないと思った。


「分かった。一両日中に会って話を付けて来る」


 娘二人がパチパチと拍手していた。拍手はまだ気が早いだろ。



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