□□□村内での反応
善福親子が学園祭から帰った後も学校内は大騒ぎだった。
「なんじゃ、あの子は! めちゃくちゃかっこいいじゃねぇか! ギターが弾けて! 俺は惚れたぞ!」
一人の生徒が興奮気味に言った。
「でも、顔は見えちょらんかったやんか」
「ありゃー、ネットで話題になっとる『くまくまミュー』さんじゃ、最近登録者数が100万人超えたらしい」
また違う生徒が情報を投入。
「俺は昔から「ミューたん」のファンなんじゃーーー! 目の前で歌が聞けて感動した!」
「あんなのうちの村におったか? 学園祭を見に来た客か!? それとも招いてたゲスト!?」
学園祭でシークレットゲストを準備することはないことではない。しかし、今回はピンク頭のYoutuber「せしるん」がそれだったに違いない。
彼女は急に言われてなんとかでも学園祭の司会を務めた。しかし、予定にもなかった飛び入りでの演奏だったことから生徒会や教師たちの手配したものではない、と言うのが噂の本道だった。
「村外からの移住者じゃないんか?」
「村が募集した移住者は今回は3人で、司会をしてたYouTuberと老夫婦と身体の大きいおっさんらしい。あ、そのうち老夫婦はもう都会に帰ったげな」
「マジか。移住者はそんなんやったか。前回の移住者は結局みんな村を出てったからな」
「いつの間にかおらんごとなっとった」
村民2000人くらいだと村の中でほとんどの人の顔を見たことがあるはずだった。さすがに全員の名前を覚えているところまではいかないが、特徴的な人は一度は見て、それとなく記憶には残っているものだ。
しかし、善福姉妹のことはほとんどの人間の記憶になかった。唯一知っているであろう村長一家の人間のうち、もっともあの姉妹を知っている三人、風雅、日向、豪希は呆けていた。楽器の片付けもままならないほどに呆けていた。
「さっきの二人……。あの姉妹やろ」
普段あまり喋らない長男風雅がつぶやいた。
「間違いない。あんなかわいい服着とるやつなんかこの村におるはずない。普段ジャージしか着とるの見たことなかったけど、あの背格好は間違いない……」
日向は彼女たちと一番話していた。坊主頭とジャージ女ならお似合いの二人と思っていた。どっかから来た女。ものすごく興味があった。彼女になってもらいたいとすら思っていた。
ところが、彼女達はネットで話題の人気者だった。もしかしたら都会から来たのかも!? もしかして、東京から!?
そんな答えのない考えが頭の中を渦巻いていた。日向としては、鶏舎を掃除している姉妹とか枯れた草を回収する姉妹とか村の雑用をしたり、畑仕事を手伝う姿しか見ていなかった。
それならば、オレが農作業を教えてやらなければ、と思っていた。平気で農作業をするけど、どこか垢抜けた姉妹。そんな魅力にやられていた日向だったが、それがネットでの人気者だと分かって更に興味が湧いた。
それからしばらくして、あの姉妹の家に押しかけることにした。
□□□ネットニュース
ネットニュースでは次々と話題が上がっていた。ちなみに、ネットニュースのタイトルの文字数は表示の関係で13文字以内が望ましいのだ。
『人気YouTuber増員狙う村に降臨』
『過疎村に人気Youtuberが集う理由』
『村の学祭に登場したのはあの人』
色々なタイトルが上がっていたが、記事の中身は同じものだった。
『○月○日、福岡県糸より村にある唯一の小・中・高校にて文化祭が行われた。この文化祭では生徒たちによる楽器の演奏が行われた。例年のイベントではあったが、今年は人気YouTuberの『岡里セシル』がイベントの司会を行った。そして、事件は演奏会のトリだった。突如、先日登録者数100万人を超えて話題になった「くまくまミュー」とその姉設定の『にゃーたん』が演奏を始めたのだ。くまくまミューはギターの演奏やコスプレが人気で登録者を増やし、最近では「姉」のにゃーたんとともにトークすることで急激に登録者数を増やした。にゃーたんは珍しいドラムボーカルと日常系の動画が人気。2人の顔は常にフレームアウトされており、その素顔は公開されていない。今回の文化祭への飛び入り時、くまくまミューはツバの大きな帽子で顔を隠しており、衣装はモノトーンのゴスロリドレスだった。にゃーたんの方は顔にバンダナのようなものを巻きつけ、服装はふんわりワンピース。どちらも「覆面YouTuber」らしい装いだった。このイベントへは村民を中心に約500人が参加していたが、自体の大きさを正確に把握した人は少なかったという。演奏動画の再生数が上がるに連れて村の中でも話題になっていったとのこと』
後日、取材のために新聞記者達が訪れたが、くまくまミュー、にゃーたんの招待を知るものはおらず、すべての取材は岡里セシルに回された。
□□□ネットでの反応
≫くまくまミューの情報少なすぎで今回の話題は助かる!
≫ギターがうまい! 布袋さんのコピーとか神ってた。松本さんとかCharさん辺りは普通コピるだけで指つる。
≫HIDEに泣いた!
≫俺は高見沢
≫渋いな
≫野村義男回は震えた
≫誰だそれ?
≫よっちゃん
≫よっちゃん! 懐い! たのきんトリオ! お前いくつだよ!?
≫シナロケだろ! シナロケ
≫シナロケ?
≫シーナ&ロケッツの鮎川!
≫ああ、コンビニのCMの人?
≫お前いくつだ!?
≫くまくまミューは1回ギターを極めてから過去にタイムスリップしたものと予想
≫確かに、古いのから新しいのまで何でも完コピするよなー
≫あと、かわいい。細いのが好み。JCかJKか……
≫俺はにゃーたんのほうが好きかね
≫スレチなんでよそ行け!
≫すまそ。くまくまも好き
≫何でもいいとかいう……
≫速弾きもうまいけど、ゆっくりでもうまいよな。ごまかしてない。
≫俺はあのジャーン、チャっ!っていうカッティングのとこがすこ。真似してもうまくいかん
≫分かるかも。俺もくまくまミューのフィンガーノイズが好きで……。あれはわざとやってると思う
≫それ分かる。俺もすこ!
「糸より村」の名前はネットニュースで瞬く間に知れ渡り、X(旧ツイッター)では「糸より村」がトレンド入りして多くの人が糸より村について調べ始めた。すると、ちゃんとしたコンテンツのあるページは「岡里セシル」通称「せしるん」のページしかなく、毎日10万PVを超えるようになっていた。
「せしるん」の動画も引っ張られてアクセス数を増やすのだが、その状況に耐えられなくなったせしるんが糸より村の村内を走り回る奇行を行い、村民からひそひそされることとなった。