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第27話:契約

玄関の扉を開けると、村長さんとその奥さんがいた。


 一瞬「せしるん」が村長さんの奥さんに化けたのかと思うほど頭の中で状況が処理できなかった。


「村長……さん?」

「失礼するぞ」


 村長さんと奥さんはズカズカとうちに入ってきた。


「頼みがあって来たんじゃ」


 村長さんとその奥さんでは、村長さんの方が立場は上みたいだ。


 まずは、村長さんがフローリングの上に置いたクッションにドカリと座った。その後、奥さんが別のクッションを手繰り寄せて座った。我が家には座布団ってものがないので。


「あの……、お茶です」


 リビングには団らん用にローテーブルを置いていたので、そのテーブルの上にお姉ちゃんがお茶を出した。


「ちっ、茶まで美味いのかい……」


 俺は、村長の奥さんがズズッと一口飲んで小さい声で言ったのを聞き逃さなかった。


 お姉ちゃんはお茶を入れるのはもちろん、料理全般が美味い。元嫁さんの影響かと思っていたけれど、家では料理をほとんどしないと言っていたことから、普段の料理もお姉ちゃんがしてくれていたのかもしれない。


 そう言えば、この村のこの家で食べるご飯はお姉ちゃんが作ってくれている。元嫁の味を完璧に再現していると思っていたけど、そもそも普段からお姉ちゃんが料理をしてくれていたのならば味が同じなのは当たり前だったと言える……。


 しまった。頭の中では全然違うことばかりを考えていた。テンパっているのかもしれない。村長さんか言う「頼み」ってのが嫌な予感しかしないから無意識に考えることから逃避しているのかも。


「そ、それで……頼みというのは……?」


 俺は恐る恐る訊いた。どう考えても悪い話の流しか想像できないからだ。しかも、逃げられない。


「福岡県には『村』は3つしかないんじゃ。このままじゃ、そのうち近くの『市』に吸収されてしまう。じゃから、この村を盛り上げて村を村のまま残して欲しいんじゃ!」


 確かに、「村」はあまり聞かない。「市」とは規模も違うだろう。でも、決して劣っている訳じゃない。良いところもたくさんある。


 なんか共感してしまった。俺は自分が「中卒」で、嫁からそれを嘲笑され続けたので、中卒が中卒というだけで劣っている訳じゃないと思いたかった。そして、「村」にも村というだけで劣っているとは思いたくなかったのだ。


「……あの、あのピンクの頭のYouTuberさんが既にそう言った活動をされているのでは……?」


 気持ちはあるものの、あんまり俺のキャラではないし、俺の得意な仕事でもないし……。しかも、既に「公認」がいるなら、素人の俺にできることはなさそうなんだけど……。


「あの姉ちゃんじゃ弱いわ。人気も付け焼刃なのは素人でもすぐわかる」


 まあ、学園祭の司会でもおどおどしてたし……。


 しかし、それは傍から見ていた人の感想であって、その場に立ってみろと言われたら話は全然変わって来る。俺はあんな風に人前に立つことなんてできないし、司会をやるなんてことは絶望的にできないだろう……。


「そこで、あの子達じゃ……」


 村長さんが娘達二人の方をチラリと見た。


「娘……!? ……ですか?」


 俺にとっては藪からスティックな話だった。娘達は娘達。俺にとっては箱入り娘だ。そんなことができるとは思えない。


「お前んとこの娘はパソコンで人気なんじゃろ?」


 お年寄りの言う「パソコン」はネット上のことかもしれない。ついさっき娘達がYouTuberであることを知ったのだけど……。


「この村には道の駅が1か所ある。そこを盛り上げて村に人を呼び込んでもらいたい」


 えーーー↓ ちょっと聞いただけで全然うまくいく予感がしない。そんな大役を娘達にさせる訳はいかない。きっとうまくいかないから、娘達は傷つくんだ。村の人からも責められるかもしれない。


 今、ここで断ったら非難は俺に来る。娘達はほとんどダメージを受けないだろう。それならば、ここは俺が父親としてしっかりと断ろう!


「申し訳ありませんが……」


「「やります!!」」


 俺は断りを言い始めた頃、娘達が声をそろえてOKを出してしまった。


「いや、お姉ちゃん、智恵理……それは……その……」


 村長さん達がいる手前あまり直接的な言葉で言うのもはばかられてどう説得するかまごまごしていると、娘達の瞳が爛々としていることに気が付いた。


「村長さん、その代わりその直売所が儲かったら私達にもお手当をください!」


 お姉ちゃん、意外にしっかりしてるーーー!


「具体的に増加人数なのか、増加売上げなのか、報酬発生条件も明確にしておいてください!」


 智恵理は歯に衣着せずにズバズバ言った―ーー!


「ふわっ、ふわっ、ふわっ! 面白い。嬢ちゃんたち面白い」


 村長さんが面白そうに笑った。独特な笑いかた。


「よしゃ、ちゃんと書類屋を入れて契約書を作ろう。お前達が望むなら村営の学校への入学も便宜を図ろう」


 お姉ちゃんと智絵里は顔を見合わせてニコリと笑顔を見せた。智絵里の中学校はともかく、お姉ちゃんの高校の学費は今の俺からは出せなさそう。


 このままではお姉ちゃんも「中卒」になってしまう。世の中にはたくさんの中卒がいるとは分かっているけど、自分が学歴で辛い思いをしてきたので、できればお姉ちゃんには高校も大学も出てほしい。


「お願いします」


 俺はフローリングの床に座り直して村長さんとその奥さんに頭を下げた。それに倣って娘達二人も頭を下げた。


 このとき初めて俺達はこの村に迎え入れてもらえたような気がした。



 □□□ 善福清美


 彼が帰ってこない! なんで!? 離婚前より着飾ってるし、メイクもエステも頑張ってる。


 仕事が忙しいから!? 帰ってきたら帰ってきたですぐにケンカになるから、彼なんて帰ってこなければいいのにって思う。


 その繰り返し。今はお金もあるし、時間もある。でも、幸せだとは思えない。


 私の幸せはどこにあるの!?


 娘達も追い出したら貧乏が嫌ですぐに戻ってくると思ってたのに全然戻ってこない。


 あの人はお金とかなくても何とかしてしまう人。掃除屋とかみっともない底辺の仕事だから、かっこいい営業をやらせたけど、いつも忙しそうに働いてた。


 考えてみたら、全然あの人に合わない仕事。多分、掃除屋は性に合ってたんじゃないかな。私が貧乏が嫌で無理やり仕事を変えさせたけど、家の中はもっと楽しくなくなった。


 私は毎日イライラしてたし、娘達がどんどん離れていったのも気づいてた。


 結局、私のわがままで家庭を壊してしまった。中卒も仕事も関係なかった。悪いのは私だった……。


 あの人に連絡したい……。でも、縋るのはみっともない。私のプライドがそんなことさせない。


 娘達とも会いたい。でも、私のそばを離れて行った娘達は私のこと嫌いだよね……確認するのも怖い。


 会いたいけど、会いたくない。私はどうしたら幸せになれるんだろう……。



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