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第28話:お姉ちゃんの好感度

 やっと帰った。やっと落ち着いた。ピンク頭のYoutuber「せしるん」に始まり、村長さんとその奥さんが突撃してきた。


 ついでにその後、村長さんとこの孫の三人組、もやってきた。うちの前の斜面で開墾のしかたを見せてやるって。


『こういう土地は鎌で草を刈るっつぇ』


 うちから斜面までは少し離れてるから、孫の2番目日向くんが説明しているのが手に取るように分かる。手に鎌持って1人しゃがんで草刈りを実演してる。ちょいちょいお姉ちゃんの方を見て何か言っているのだ。ドヤ顔で。


『そうなんですね〜』


 お姉ちゃんはそんなことを言っているのだろうか。俺は家の中からの見学なので詳細は分からない。……決して盗撮や覗きではない!ただ自分の家の窓際に立って外を見てるだけ!


 お姉ちゃんは道具がないから立ったままで、手を後ろに回して指だけで手遊びしてる。退屈してるな。顔は営業スマイルなのだろうか。方向的に見えないのが残念だ。


 智絵里は2階で1人何かしてるし、あそこに合流させたらお姉ちゃんがこっち向くかな?


 日向くんのレクチャーはありがたいけど、斜面の開墾は時間があるときにお姉ちゃんが楽しんでやろうと取っていたやつ……。ショートケーキのいちごみたいな存在! お姉ちゃんはいちごを最後に食べるタイプだから。ちなみに、智絵里は真っ先にいちごをやっつける。


 あの斜面にはいちご植えられないかな。いや、なんか俺の思考がおかしくなってきた。


 斜面は開墾が難しい。まずは、除草するんだけど、エンジン式の回転刃のものは作業中に転んだら危ないから使用はあまりおすすめできない。


 耕すのも耕運機みたいな機械が使えない。しかも狭いので大きな機械も入れない。かなり難しいので俺としては後回しにしてた。


 お姉ちゃんは転校手続きなどがまだだったので、家のリフォームを優先して動いていた。その合間にあの斜面に何を植えるか考えていたみたい。それによって耕かし方が違うとか言ってた。


 あの孫三人はお姉ちゃんの好感度下げてるんだけど、それが分かる日は来るのか!?


 孫の長男と三男はひたすら草を引き抜いてる。どこかで「草を多く引き抜いたらお姉ちゃんと仲良くなれる」と誤解してないか!?


 やればやるほどお姉ちゃんのテンションはだだ下がりなんだけど。


「お父さん、こんな面白いものが見られるなら早く声かけてよ」


 ふと気づけば、俺のすぐ横に智絵里が立っていた。俺のすぐ前にコーヒーカップを置いた。自分は既に自分の分を飲んでいるみたいだから、俺の分を淹れてくれたみたいだ。


「お父さんは、たまたま外を見ているだけだから」

「私もコーヒー飲みに降りてきたけど、たまたま外を見ることにする」


 それは日本語としてありえるのか!? 二人でコーヒーを飲みながら外を眺めていた。


「ちなみに、いつからそこにいたの?」

「お父さんが『こういう土地は鎌で草を刈るっつぇ』って声色変えてアフレコし始めたとこくらいからだよ」 

「割と最初の方からいたね……。しかも、恥ずかしいアフレコまで聞かれてたなんて……」


 お願いだから、それらを始める前にこえをかけて! せめて足音をさせて!


「なあ、智絵里。お姉ちゃんならあの斜面どうやって開墾すると思う?」


 何気ない会話のつもりだった。


「なんか、お姉ちゃんはドリルとオーガを準備してたから、耕すのはオーガでぎゅわんぎゅわんすると思う」


 ドリルは一般的だとしても、オーガはモンスターではなく、おっきなネジみたいな道具。穴を掘るのに使うものだ。


「じゃあ、草は?」

「それを悩んでたみたい。多分、思いつかないからうまい具合に足場を固めてエンジン式の草刈機で刈るんだと思ってた」


 あの子ならそうしそう。智絵里はよく見てるな。そして、ふと思ったんだ。何かを期待して聞いたわけじゃない。


「じゃあ、智絵里ならあの斜面をどうやって開墾する?」

「うーん……」


 少し考えてから答えてくれた。


「あの三人を褒めて、煽てて草刈りさせる」


 ……意外にブラックな中身の子に成長してた。お父さん、智絵里の将来が心配だよ。



 □ 善福清美


 今日は娘達の親権の書類を作るために弁護士に会うことになった。彼としても子ども達のことはクリーンにしておきたいらしい。


 娘達のことは彼もすごく気にしてた。


 娘達の親権のことでゴネたら他の人と会ったり話したりできる。でも、早めに手放したのは2つの理由があった。


 1つはあの人が音を上げて私に泣きついて来るから。あの人はお金がない。中卒だからろくな仕事には就けない。あの人に二人の娘達の学費は出せないはず。


 私に泣きついてくるのは時間の問題だわ。そしたら、有利に話ができる。


 2つめは彼が娘達のことを気にしていたこと。良い意味で気にかけてくれているなら良いのだけど、悪い意味で気にかけているような気がして……。


 つまり、娘達を「女」として見ているような……。娘達はまだ高校生と中学生。そんなことはないと思うけど……。私の女の勘がそう言ってた。


「書類を確認してください」


 弁護士から書類を出された。見てもわからないから見たふりをして適当に「大丈夫」って言うだけ。


 弁護士が目の前にいるので違うことが思いついた。


「弁護士さん、彼とはそろそろ結婚出来るんじゃない?」


 女は離婚してから6か月しないと結婚できない。彼も言っていたわ! 常識よ! そろそろ6か月経つわ。私と結婚できるころだわ。


「善福様は既に結婚できますよ?」

「あなた、私が何月何日に離婚したか知ってるの!?」

「詳しくは存知ないのですが、関係ありますか? ……あ! 女性は離婚したら以前の婚姻者以外と婚姻を結ぶ際は六か月間の期間が必要と思っていませんか?」


 まったく、弁護士って生き物は……。なにを言っているのかさっぱり分からないわ。


「民法改正で再婚禁止期間は2018年に6か月から100日に短縮され、2024年4月1日からは廃止されています」

「はあ……」


 意味が分からないわ。


「つまり、どういうこと?」

「つまり……」


 弁護士はメガネをくいっとあげてから答えた。


「男性同様に離婚したらすぐに再婚できるってことです」

「なっ……! 法律が変わったってこと!? 変わったって事なの!?」

「そ、そうです!」


 弁護士は肩をブンブン前後に振ってやると事実を言ったわ。でも、カレは「6か月経ってから結婚しよう」って言ってたのに! もしかして、カレも法律が変わったことを知らないのかも。さっそく帰ったら訊かないと。


「じゃあ、手っ取り早く娘の親権の書類を作ってちょうだい」

「『手っ取り早く』する場合は、雛形を準備していますのですぐに準備できます。ご本人の意思もはっきりしておられるのならば簡単です……」

「ちょっと待って! そんな簡単な書類で大丈夫なの!?」


 私は慌てた。だって、娘のことなのだから。


「ご両親が親権を争わず、お子様たちがお父様と住みたいと希望すれば条件はありますが、ほぼ通ります。特に姉の智子さまは16歳ですので、ある程度本人の希望が優先採用されます」

「あんた待ちなさいよ! 16歳は未成年でしょ!? 20歳の成人まであと4年もあるじゃない!」


 弁護士は一つ小さなため息をついてから続けた。


「成人年齢は、2022年4月1日から18歳に引き下げられました。民法の一部を改正する法律(平成30年法律第59号)が成立し、施行されたことに伴うものです。お姉様はもうすぐ成人ですよ。法律的にもある程度の年齢になれば本人の意向を汲み取る流れです」


 この弁護士ダメだわ。成人と言えば20歳って決まってるじゃないの!


「それで、智恵理様の分の書類なのですが、智絵里様は14歳なので……」

「もういいわ」

「え……?」


 ふふふ。弁護士のやつ、目が点になっていたわ。私のことを騙そうと思って100億万年早いのよ! こんなダメ弁護士はカレに言ってクビにしてやるんだから。


 私は弁護士事務所を出て家に急いで帰った。


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