村長さんから頼まれたので、道の駅を盛り上げないといけない。
お墨付きをもらった感じなので、まずは道の駅について調べることにした。もちろん転校前のお姉ちゃんと智絵里も一緒だ。
糸より村の道の駅「いとより」は国道沿いにある小さな建物の販売所。一応、村内で採れた野菜と特産物を置いているのだけど、客が少ない。
そもそも村に観光客が来ないのだから、観光客に向けた商品は置いていなかった。商品を見たら一応野菜も売られているものの、投網、軍手、ビニール、マルチ、針金、テープって農業の消耗品が多かった。ちなみに、「投網」は海の方で使う網らしい。「マルチ」はマルチシートってやつで土の上に敷いて使う。畑の畝を覆うための資材の一つだ。
客が外から来ない、そして、村内の人が買いに来るようになったのだから、それに合わせた商品をラインナップさせるのは理にかなっている。でも、これでは観光客が来ても何も買わないし、二度とこないだろう。
俺がドライブでたまたま来たとしても二度とこない。
「お姉ちゃんどう思う?」
「うーん、草刈機とか置いてほしかった」
それは道の駅の商品ラインナップじゃないから。ここはホームセンターじゃないから!
「智絵里は……」
彼女はテンション高めで道の駅内を撮影しまくってる。何が楽しいのか……。
「こんにちは。あなたが……善福さんですか?」
腰の曲がった老紳士から声をかけられた。
「はい、善福熊五郎です。焼酎みたいな名前ですが本名です」
「これはこれはご丁寧に。私はここの駅長、魚谷です」
店長なんだけど、ここは道の駅。だから、「駅長」なのか。
「村長の言うことも分かりますけどね、私も色々頑張ったんですよ。どうなんでしょうね。ここにお客さんでいっぱいにするなんてそうそうできるもんではないと思ってます」
嫌味という感じではなく、大役を任された俺を労ってくれているような感じだった。
「……その、言ったら何ですが、俺もそう思います。でも、あの頭がピンク色のYouTuberさんもいますから……。とりあえず、できることをやってみようと思ってます」
そんなことを言っていた合間、外に人影か見えた。あの坊主頭3つは知っている。
村長さんとこの孫三兄弟だった。
「はっはっはっ。もうお客さんが来てることから、案外あなたは適任だったのかもしれませんね」
外の三人は明らかにうちの娘達をちらちら見てる。ここに来るって村長さんから聞いたのかな。時間も学校が終わった時間だし、見に来たのだろう。
「村の人に来てもらうにはまだ夢の夢ですけどね……」
「はっはっはっ。村長のからも言われてます。協力しますよ」
「大丈夫なんですか? 素人が手を出して売上が下がったら……」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「はっはっはっ、これ以上下がらんですよ。私みたいな年寄りの考えより若い人の考えることをやってみてください」
俺もう40代なんだけど……。若いのかなぁ……。
「あの……特産物とかは置いてないんですか?」
「ああ……特産物ね、特産物。コンニャクとかがありますね」
やっぱり特産物はコンニャクなのかよ。
□□□ 善福清美
「ねぇ、私達もう結婚できるんじゃない?」
今日は珍しくカレが家で食事をとるらしい。時間は夜の10時を回ってるし、私は既に食べちゃってたけど。だって、いつ帰ってくるか分からないし。
広いリビングには私とカレだけ。場所は広いのに居心地はよくない。
「もうそんなになるんだっけ?」
「そうよ! 女は離婚から6ヶ月再婚できないってのはウソらしいわよ」
「いやいや、そんなことないだろ。昔調べたことがあるよ」
違う。私が話ししたいことはこんなことじゃない。なんか、カレから気持ちを感じない。こっちに向いてないのよ。
「最近帰りが遅くない?」
「すまない。仕事が立て込んでてね。今が大事なときなんだ」
離婚前はちょこちょこ会えたのに、結婚したら逆にほとんど会えなくなって……普通逆じゃない!?
黙って食事をするカレ。相変わらず、クチャクチャと咀嚼音が気になる。食べた後もなんだか汚い。あ、お茶碗にご飯粒がまだ残ってる……。
不倫のときはどうだったかなぁ。全然見てなかったかも……。
■■■ 母のこと
母がお世話になってる老健から電話があった。かなりギクッとした。多分、家族が入院してる人とか、うちみたいに親が施設にお世話になってるところから電話があると心臓が一瞬止まる。
スマホだから発信元の電話番号……てか、登録名が出るから確実に施設からの電話って分かるんだ。
「はい……母がどうかしましたか?」
慌てて訊いた。
『翔子さんは大丈夫です。ご安心ください』
そうか。よかった。でも、じゃあ、なぜ電話をかけてきたというのか。面会は行っているのだけど。
『実は……施設の利用料が引き落としに失敗したみたいで……』
「え!? そうですか!? すいません。通帳を確認してみます!」
嫌な予感がしたのだ。母の場合資産はない。貯金もない。年金が2か月で約20万円。そこから税金を引かれるので、1か月にすると9万5千円あったはずだ。一方で施設の利用料が月に12万円ほどだったので、月々3万円弱足りないはずだった。ただ、年金は2か月ずつ振り込まれる。約19万円くらいあるのだから、12万円くらい引かれても全然足りるはずだった。
ちょっと複雑なのは年金は1回振り込まれて19万円。面倒なので端数は端折った。
そこから1か月分の施設利用料12万円が引き落とされ、残高は7万円となった。ここまでは確認したんだ。そこに次の年金が振り込まれたはずなので、残高は26万円あったはずだった。そこから今月の施設の利用料12万円が引き落とされても余裕のはずだったのだ。
なにが起きているのか!?
嫌な予感がして銀行に行って通帳の記帳を行った。ネットバンキングがある中、店舗まで行かないといけないのは面倒だけど、キャッシュカードが作れないのでしょうがない。
しかも、平日の昼間出ないと記帳できないのも大変だ。今はいいけど、サラリーマンになったらどうしよう……。
〇●〇
「……なんてこった」
銀行に着いてATMで残高を確認したら、通帳の残高が7万円だったのだ。何かが引き落とされたのではなく、今回分の年金が入金されなかったらしい。
年金の管轄は年金事務所。ちゃんと行って手続きしたはずだ。だからこそ1回は年金が振り込まれていた。
俺は年金事務所に行くことにした。自分のことなら電話で大丈夫だろう。でも、これは母の分だ。窓口で説明しないといけないのだ。自分の身分証明書を持って、母の分の身分証明書も持って行かないといけない。
この状態でも何が起こったのか全く分からない。
〇●〇
……結果から言うと年金事務所に行ったら分かった。何が起こったかもわかったし、犯人も分かった。
要するにこうだった。
母、翔子の年金の振込口座を別の口座にしたやつがいる。年金は夫婦だとしても他人名義の口座には振り込ませることはできない。母の口座に振り込ませることしかできないのだ。
つまり、犯人は清司。母の夫……要するに、俺の父親だ。
年金事務所の職員の人に振込み口座を訊いてみたら、こっそり教えてくれた。あの番号は母の口座番号だった。
俺だって親の銀行口座の番号なんて覚えていない。しかし、変えた履歴が残っていたのだ。
従来の口座(父親管理)→新しい口座(俺管理)→従来の口座(父親管理)
こういうことだ。母はずっと入院生活でその後、老健に入所した。父親とは面会していない。それなのに、「振込先変更届」が出せたということは、委任状と届出書の偽造を行ったってことか。
警察案件だった。
そして、年金事務所の人に訊いてみた。
「口座を固定できないでしょうか? 本人が受け取れない口座に入金されても本人が受け取れないので」
そしたら、回答はこうだった。
「事情は分かりましたし、何とかして差し上げたいのですが、我々も仕事です。ちゃんとしている様に見える書類を出されたら手続きしないわけにはいかないのです」
なるほど。それが偽造だったとしても、一目でそれが見破れるというのは難しいだろう。しかも、「俺が正義である」と思っているのは俺だけだ。役所の人から見たら、どちらの言っていることが正しいのか判断するのは難しい。その辺りを白黒付けようとしたら裁判になるだろう。残念ながら、俺には裁判をするだけのカネが無い。かなり歯がゆい感じだ。
「では、『善福清司』という人間だけ手続きを断るというのはできないでしょうか?」
「DV登録というのをしてもらえば本人以外の手続きを断ることができるのですが……」
提案はしてくれたものの、窓口の人もこれではダメだと分かっているみたいだ。それだと俺も手続きできなくなってしまうのだ。今回みたいな場合にはどうしようもなくなってしまう。
「今回の文書偽造については警察にも相談しますが、何か方法はないでしょうか?」
「そうですね……2か月に1回ですが、振込口座変更の締め切りというのがあります。まあ、年金事務所内の手続き上の話ですが……」
なるほど、申請してその日に反映されるとは限らないってことだな。
「特定の日という訳ではなく、月ごとの1日~2日変わるのでその予定をお知らせします。2か月に1回締め切り直前にお母様の口座に『変更届』を出すのはどうでしょう? 変わっていなければ無視されますし、お父様が変更されている場合は元のお母様が受け取れる口座に書き換えられます」
「『変更届』は郵送でも大丈夫ということですか・」
「その通りです」
これだ。多少面倒だけど、これで毎回年金振込直前に母の口座に振り込まれるようにすることができる。
俺は、今回の口座を元に戻し、母が受け取れるものに戻した上で年金事務所の人にお礼を言って後にした。