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第30話:コンニャク工場の見学

 今日は道の駅の「駅長」さん、魚谷一司(うおや かづもり)さんの紹介でコンニャク工場に来た。工場なんて言ってもちょっとしたプレハブって感じ。


「ヤバ。ちっさ!」

「智絵里! 口が悪いぞ」


 さっそく毒はいたよ。この娘は。


「でも、この外観は……ね」


 大きな木の陰にあるせいか、外観にコケみたいのが生えてる。確かに、見栄えはよくはない。


「あの汚れは1回高圧洗浄して……」


 お姉ちゃんのその想像で掃除するやつはどこで身につけたんだろう……。


 俺達は先日、道の駅で特産品を見たけど、今のところそれらしいのがコンニャクしかなかった。とりあえずはコンニャクについて知ろうという安易な考えでここに来た。


 せっかくなので作ってるところを見せてもらおうということにしたのだ。


「今日はよろしくお願いします。善福熊五郎です。焼酎みたいな名前ですが本名です」

「娘の智子です」

「妹の智絵里です……」


 ちゃんと挨拶できる家の娘達。自慢の娘達だ。……智絵里もおばあちゃんなら割と素直に挨拶できるんだな。


「これはこれは。ワシはここでコンニャク作ってる平戸モモエといいます。『コンニャクばぁ』でいいですわ」


「コンニャクばぁ」なんて! よっぽどコンニャクが好きなんだな。それよりも「モモエ」に引っかかった。「山口百恵」から……いや、コンニャクばあの方が明らかに年上だ。70代かな……? 母と同じくらいと思う。こういう元気なお年寄りを見ると母が要介護4(寝たきり)になったことが少し寂しい。


「ここは何人働いてらっしゃるんですか?」

「ははは、ここはワシ1人っさ。ほとんど趣味よね!」

「そ、そうなんですか!」


 小さな村のコンニャク作りは職人とかじゃなくて、パートさんって感じか。


「今日はコンニャク作りを見せてもらいます。よろしくお願いします」

「しまー」

「まー」


 うちの娘達は現代っ子だから……。うまく省略できてるだけだから。適度に省力しても、ちゃんとお願いできてるからまぁ良しとするか。


 ここからはコンニャク作りを見せてもらった。そして、ただ見てるのも何なので少しだけ手伝いをさせてもらった。


 ○●○


 コンニャクの材料は主に蒟蒻芋だ。これはこれはそのまま触ったらかぶれるらしい。皮を剥くんだけど、俺が思っていたより蒟蒻芋がデカい!


 バスケットボールくらいの大きさだった。


「新鮮な蒟蒻芋の方が美味しいよのー」


 新鮮なのがいいのはコンニャクでも同じらしい。


 終始風呂掃除とかのときに使う手首まで隠れるゴム手袋をしての作業だった。


 皮を剥いて適度な大きさに切ったらひたすら下ろし金ですり下ろす。


「ここで細かい下ろし金を使わないとコンニャクは食べられんごとなるからねぇ」

「食べられんごと?」


 お姉ちゃんが興味を持ったみたい。蒟蒻芋をすり下ろしながら訊いた。ちなみに、「食べられんごと」は「食べられなくなる」ってこと。


 俺もすり下ろしに参加させてもらってる。智絵里は動画撮影。記念撮影かな?


「荒いと喉がケーンってなるんよ。アクがね」


 独特の表現だな。言葉から経験済みとみた。俺達が一からコンニャクを作るとしたら、その失敗も経験しただろう。喉が「ケーン」ってなるんだろう。コンニャクばぁに感謝だな。


「すれたらで50度のお湯にさらすんよ。ダマになるからねぇ、よく溶いといてねぇ」


 なんかすごい量の白い液ができつつある。これがコンニャクになるらしい。


「ここで練るんよ。ひたすらね。練るんは良い塩梅にね。練りすぎても、足りなくてもいけん。そんで凝固剤入れてまた練るんよ。」


 多くても足りなくてもダメとか意外と難しいな。


「凝固剤って何ですか?」

「凝固剤は消石灰よ」


 消石灰……小学校のグラウンドに線引くやつか……。アレ食って大丈夫か!?


「貝殻を焼いたやつをいれたら余計に美味しいけどね。中々手に入らんから」


 かなり手がかかる。結構本気で作る必要があった。


「練ったらね、板コンニャクにするならバットに敷いて平らにするの。玉コンニャクなら丸めるの。15分もしたら固まってくるから」


 今回は全部板コンニャクにしてみた。特に意味はないけど。


「最後は大きな鍋で適当な大きさに切ったコンニャクを茹でる。20分くらいかな。あとは放置して冷やしていくの」


 中々に大変だった。丸々半日かかってしまった。


 俺達はそのままコンニャク料理を作ってもらった。


「甘辛煮」、「土手焼き」、「刺身」、「チップス」……色々あった。土手焼きはコンニャクと牛すじ肉を甘辛く焼いた……というより煮たものだ。


「美味しい!」


 お姉ちゃんが口を押さえながら言った。


「スーパーのと全然違う! コンニャク臭さがない!」


 智絵里も動画を撮りながら食べていた。


 そんなに言うなら……。美味い! 事前に作ってくれていた料理もあったので味がしみていた。


 俺達が作ったものはエリンギと舞茸と一緒に炒めたやつとして出してくれた。


「すごい! 美味しい! これも美味しい!」

「んー! んー! んー!」


 智絵里とかなんて言ってるのか分からないし。でも、本当に美味かった。自分達で作ったってのもあるし、コンニャク自体もスーパーのとは別もんだった。これは絶対美味い。


「これは村の外の人が食べたらびっくりするよね!」


 お姉ちゃん大興奮。


「じゃあ、お姉ちゃん。村の外の人がいると思ってそのコンニャクを勧めてみて」


 智絵里が自然な感じで言った。お姉ちゃんも一瞬躊躇したけど、智絵里の「さんっ! にぃー! いちっ! はいっ!」って掛け声にそこにあったコンニャクを一切れ持って見切り発車で答えた。


「私のコンニャク買ってください」


 お姉ちゃん、笑顔で間を空けた。やっぱり動画を撮りなれてる。編集しやすいように間を空けたらしい。


「はい、おっけー! 下ネタいただきっ!」


 お姉ちゃんハッとして顔が真っ赤になった。今の子は絶対に想像しないだろうけど、昔はテンガ的なものがなかったので、切り目を入れて人肌に温めたコンニャクを使っていたとか、いなかったとか。まあ、都市伝説かな。智絵里はなんでそんなことを知っているのか!?


「ちがっ! そういうのじゃないからっっ!」


 智絵里に詰め寄るも、やつは悪い顔をしている。悪意ある編集がされるに違いない。


 工場(という名のボロいプレハブ)の中できゃいきゃいやっていると、外が騒がしかった。


 ドアを開けて見てみると、例の孫三兄弟に加えてあの学校の生徒達が50人前後がいた! 窓を開けていたから中も丸見えだったし、何なら会話も聞こえていたかもしれない。


 そのうち野次馬の一人が訊いた。


「ばっちゃ! そのコンニャクくれ! 俺にくれ!」


 その一言で火がついたみたいに声が増えた。


「俺は買う!」

「俺も! 俺は2個買う!」


 わいのわいのとちょっとした騒ぎになった。


「違うからっ! そういうのじゃないからっっ!」


 お姉ちゃんが顔を真っ赤にして否定するが後の祭り。さっき作ったコンニャクはあれよあれよと売れてしまった。


 コンニャクばぁも普通は店に置いて初めて売れるものが、包むそばから売れていくのに驚いていた料理も。


「お前、ボヤの家に越してきたやつやろ?」


 コンニャクを買った子の一人が去っていく前に立ち止まりお姉ちゃんに訊いた。


「うん、でも、もう中はボロボロじゃないよ」


 男の子の顔は怖かったけど、多分あれは緊張してたからだな。思春期だな。


 お姉ちゃんは余裕で笑顔で答えた。ここで弱みと見られたらいじめとかにつながる場面かな。ただお姉ちゃんの場合は役者が違ったな。男の子はだじろぎ、顔を真っ赤にして走って帰って行った。


 あんなにいた生徒達はコンニャクがなくなるとそこにいる理由がなくなり帰って行った。びっくりしたのは男の子だけじゃなく、女の子もいたことくらいか。


「はーーー、あんたたちゃすごかねぇ。こげな、作ったそばからコンニャクが売れたことはなかよ!」


 コンニャクばぁが驚いていた。いや、俺もびっくりさ。


「私も驚いた」


 お姉ちゃん自身も驚いとるんかーい。


 そんな中、智絵里だけが「これはイケる」とニヤリとしていた。なんかあとが怖い。


「コンニャクばぁさん、これならたくさんコンニャクを作ったらどうですか?」

「うんにゃ、コンニャクげな作る人間がもうおらん。いっちょんおらん」


 ここにも人員不足の波が……。


「コンニャクばぁちゃん。あと、お父さん、お姉ちゃん。いいこと思いついたんだけど」


 智絵里が益々悪い顔をして言った。めちゃくちゃ嬉しそうなんだけど……。



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