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第31話:ある日の配信

「くまくまみゅーチャンネルーーー↓ はいー、今日も配信始めるよー↓」


 YouTubeの番組がいつものように始まった。智絵里は顔を出さずにYouTubeチャンネルを運営していた。


 かと言って、アニメキャラが画面上で動くようなVチューバーと呼ばれるキャラではなく、本人の首から下だけがカメラの画角に入っているトーク中心の動画配信だった。


 元々ギターを演奏するチャンネルだったので、ギターを構えた状態で首から下を撮影し演奏する様子を編集してアップしていた。


 それが年齢の割に渋い選曲をすることで静かなバズりが来て、トークが聞きたいとのリクエストに答え机に座って首から下だけフレームインして質問に答える形式で配信した。


 無理に盛り上げず、明らかに中学生くらいなのに大人びた言動で人気を獲得し登録者を増やしていった。


 ときどきあごの辺りがチラリと映り、コマ送りしたら顔が分かるんじゃないかというチラリズムも登録増加に一役買っていた。


 毎回コスプレもしていたので単にコスプレファンもいる。そんなこんなで驚くほど登録者数が多かった。


「くまくまみゅーちゃん……相変わらずテンション低いなぁ……いつもはもう少し普通でしょ」

「お姉ちゃんやめてよ。それ、営業妨害だから!」


 自分で言っちゃってる辺りキャラ作りしてると思われがちだが、リスナーの多くは智絵里より年上で、それ込みで「かわええ」「てえてえ」とOKムードなのは暗黙の了解だった。


「えーーー……↓、今日はトーク回でぇ……↓ お姉ちゃんこと、にゃーたんさんがぁ降臨してくれてまーす↓」

「だから、くまくまみゅーちゃん、もう少しテンション上げていこうか」


 これが売りの一つとは知りつつも、お姉ちゃんの育ちの良さが無意識に修正を図ろうとさせていた。


「そんな年上お姉ちゃんみたいなこと言わないでもらっていいですか? にゃーたんさんはビジネスお姉ちゃんですからー」

「ビジネスお姉ちゃんって初めて聞いた単語なんだけど……」


 二人のときは同接数が伸びるのでお姉ちゃん、智子にも一定の人気があるようだった。もちろん、お姉ちゃんも顔は出していない。


 同接数はその瞬間、生放送を見ている人の数だ。登録者数が多くても、実際はその番組を見ていないユーザーもいる訳で。


 まずは登録者数もさることながら、その番組をよく見る「アクティブユーザー」の数が重要であり、くまくまみゅーのようにライブ配信をしたときにその時間に合わせて番組を見てくれる「同時接続数」が重要なのである。


 その点でくまくまみゅーはアクティブユーザーの数が多かった。学業優先だったので、毎日配信ではなかったことから、リスナーはアップされた動画を履修し、ライブ配信のときはくまくまみゅーにメッセージを送りたくて積極的にアクセスしたのである。この「探させる行為」が逆にリスナーのアクティブさを助け、配信時には同時接続数を伸ばす要因となっていた。


 従来のコンテンツである「ギターソロ」、智子を加えた「セッション」、それに加えて「トーク」、智子を加えた「女子会」と日替わりで配信、動画アップはされていった。


 それで今回は「女子会」回である。


「じゃあ、今回は般若心経の暗唱を……↓」

「もう! 今日は大事な発表があるでしょ!」

「あ、そうだった……↓」


 この茶番のようなやり取りが意外にハマるのである。


『なになに? 新衣装発表か!?』

「『新衣装発表か!?』って、それVチューバーだから!」


 ときどきコメントもイジるのが人気の一つである。リスナーは動画を見ながらコメントを投稿できる。すごい速さで流れていくけれど、智絵里はそれを見逃さず拾って返事をする。


『3D配信決定!?』

「『3D配信決定』って、それもVチューバーだから! ボクは毎回い3Dだし!」


 ちなみに、智絵里の配信時の1人称は「ボク」である。


『補習受けることになった!』

「『補習』って、ボク成績いいからね!?」


 ここでコメントを読んで拾ってもらうために、リスナーは「スパチャ」と呼ばれる投げ銭制度を利用する。これを使うことで自分のコメントを「赤」や「緑」に表示させることができる。


『期待!』

「あ、『ウルトラZ』さん。赤スパありがとうございます!」


 赤いスーパーチャット、赤スパは1万円以上で最高額は5万円である。


『期待!』

「『真っ昼間から不審者』さん、水色スパありがと」


 緑スパは100円から200円未満。他にも青、黄、橙、マゼンタなど金額に応じてコメントの文字数が異なり、色スパは一定時間上位に表示されるなどの特典がある。


「ほら、くまくまみゅーちゃん。早く発表しないとスパチャを使った大喜利みたいになっちゃうから!」

「うん、分かった。実は……、ボク達……初のイベントをやります!」

「わーわー、どんどん、ぱふぱふー」


『支援!』

「『春は惰眠』さん、赤スパありがと! でも、無駄遣いはダメだからね!」


『俺も支援』

「だから、『ウルトラZ』さんも赤スパはもう打ったらダメ! 今月もやし生活になっちゃうよ!」


『ならば、俺様が支援!』

「だから、『ルー大滋賀』さん! 赤スパ打つようなコメントじゃないから!」


『ならば、俺も支援!』

「こっちも! えー、『ドリルチンチンマン』さんも赤スパ! もう! なんてハンドルネーム読ませるのさっ!」


「智絵……くまくまみゅーちゃん! 早く発表しないと『赤スパで頬を叩く祭』になっちゃうから!」


『祭りはここか!?』

「だから! 赤スパ禁止っ!」


『赤スパで頬が叩けると聞いてやってきた!』

「こらっ! 5万円の赤スパとか! 『ルーローの三角形飯』さん! 家族に怒られるよっ!」


『俺に家族はおらん!』

「だから、そんなコメントに1万円の赤スパ使うな!」


 しばらく「くまくまみゅーの頬を赤スパで叩く祭」が続き、翌日のネットニュースになるのだが、この時点ではまだ誰もそんなこととは予想できていない。


「それで、私達の初のイベントだけど『糸より村』の道の駅『いとより』に手作りコンニャクを出品します! それに合わせてトークのライブ配信をします!」


 止まらない赤スパ祭りを見るに見かねて、お姉ちゃんがコメントを無視して内容を発表した。


『支援』

『支援』

『支援』

『支援』

『支援』


「だから、赤スパ禁止ー! はあはあはあ」


 テンション低めで始めたはずのくまくまみゅーはツッコミで息切れしていた。


『赤スパでダメージ受けてて草』

「ダメだからね!? スパチャは嬉しいけど、お小遣いは大事に使わないと! 中学生にこんな大金送ったら犯罪だからね!」


『ネットパパ活はここか!?』

「だーかーらー!」


「当日までにコンニャク作りの様子の動画アップ。現地での販売の様子は当日動画アップ。イベント開催の模様は翌日以降動画アップの予定です」


『おお!』

『おお!』

『おお!』

『おお!』

『おお!』


 赤スパ祭りは終わっていた。お姉ちゃんの発表にリスナー達も何かもっとすごいことが目の前にあることに気が付きはじめてしまったのだ。


「当日、現地では私達は仮面とかサングラスとかしてないのでー」

『なにー!?』

『なにー!?』

『なにー!?』

『なにー!?』

『なにー!?』


『イベントどこだっけ? 村!? どこの村? 何県?』

『「糸より村」って言ってたろ』

『ググってきた。福岡県らしい。福岡……どこだ!? 九州か!?』

『名古屋の上?』

『それは福井な』


 くまくまみゅーとにゃーたんが当日顔出しすると聞いて混乱し慌て始めるリスナー達。


『ワイ熊本。イベント行く一択!』

『ワイは牛たんの都市やから裏山』

『福岡やけど糸より村とか知らん。聞いたことない』

『でも、コンニャクって……』

『コンニャクwww』


 そこで智絵里がお姉ちゃんの目を盗んで動画を一つアップした。


「これは事前にコンニャク作りをしたあとの動画でーす」

「え? そんなのあったっけ?」


 動画内で一旦二人の映像が切れ、お姉ちゃんがコンニャクを持って立っている映像に切り替わる。なお、その顔はモザイクがかかって見ることができない。


「さいせー♪」


 智絵里がポチッとばかりにエンターキーを人差し指で押して動画を投下した。


『私のコンニャク買ってください』


 動画が流れると一瞬すべてのコメントが止まった。あんなに見えなくなるほどの速さで流れていたコメントが止まったのだ。


『下ネタw』

『ここに来て下ネタwww』

『ワロタwww』

『にゃーたんのコンニャク買います!』

『俺は何としても手に入れる!』


 ネタになっていた。


「ちょっ! ちぃ……くまくまみゅーちゃん!? この動画は!? 私聞いてないんだけど!」

「お姉ちゃんがコンニャク作ってるとこ撮ってたから」


 あのとき散々イジられたのに、今度は全世界に向けて公開されてしまってお姉ちゃん大慌て。


 したり顔の智絵里。


 この日の配信では、場所や日時の案内がされ詳細は後日の配信で詳細に知らされていった。何より、この日の配信で「赤スパで頬を叩く祭」が話題となり、多数の切り抜き動画が職人の手によって作られた。


 ネットニュースにもなり、日本全国どころか世界に向けて糸より村の道の駅でのイベントを告知してしまったのだった。



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