「こんにちは、高鳥さやかと申します」
俺は目の前に現れたその女性の美貌とオーラと……なんか言い表せられないけど全てで動けなくなってしまった。
「こちら失礼します」
ついさっきまで、メイドの光ちゃんが座っていたせきに腰かけた。
俺達を助けてください。この直売所の人気の秘密を教えてください。……色々な言葉を言いたいのだけど、思いが先走って言葉が出ない。きっと目の前の彼女からしたら口をパクパクさせて手で身振り手振りの怪しい男に見えただろう。
実際、俺がまごまごしている間にもう一人後ろに女性が立っていた。
「お嬢様、あれほど初対面の方とはおひとりで会わないようにと申し上げたのに……」
「あら、東ヶ崎さん。すいません。でも、大丈夫ですよ。横に座ってください。」
失礼しますと言って、もう一人も横に座った。
「特に今は狭間さんが出張中なのですから、何かあったら私は……」
そこまで言ったところで、先の高鳥さん? が笑顔で後から来た東ヶ崎さん? の方を見ると彼女は言っていたことを途中で止めた。それだけでこの二人の信頼関係がうかがえた。
「お騒がせしました。私、こちらの高鳥の秘書をしています。東ヶ崎と申します。一緒にお話をうかがってもよろしいでしょうか」
さっきは俺のことを少し警戒している様な気がしたが、目の前の高鳥さんに「大丈夫」って言ってもらってから急に警戒心がなくなったように思えた。東ヶ崎さんは笑顔で話しかけてくれた。
「す、すいません。善福熊五郎です。焼酎みたいな名前ですが本名です」
「恐縮です」
なんだろう。すごくやわらかい感じ。明らかに仕事ができるって感じがするのに全然とげとげしていない。先の高鳥さんより少しお姉さん? いずれにしても若いな。彼女も20代は間違いない。
こんな若い2人がオーナーと秘書とかここはどうなっているんだろう。
「この野菜直売所………でいいんでしょうか? ここの人気の秘密が知りたくて……あ、すいません。今度、私が糸より村の道の駅の盛り上げ役をすることになりまして……その……」
我ながら考えながらの話は下手くそすぎる。
「かしこまりました。では、私がここの施設をご案内いたしますね」
「これはこれはご丁寧に……」
東ヶ崎さんの方が申し出てくれた。自分で見ただけじゃ得られる情報は少ない。施設の人が説明してくれるならありがたい。
「では、お嬢様。私が善福様をご案内してまいりますので、仕事の続きをお願いします」
「東ヶ崎さん、そうではありません。善福さんは困ってます。施設を案内しただけでノウハウが分かったら誰も困らないです」
すごい! そうなのだ。案内してもらったら嬉しいし、助かるけど、それだけじゃ糸より村の道の駅は改善できない。俺にそんな力はないのたから。
「しかし、お嬢様……。コルサル的な業務の場合は狭間さんに相談なさってからの方が……」
「分かりました。では、今日は東ヶ崎さんが施設内を案内して差し上げてください。その後は狭間さんと話してから考えます」
「承知しました」
なんか目の前でのやり取りが早い。問題提起と解決、妥協、折衷案の提案などがすごく早くて頭のいい人の会話だった。
俺に分かったのは、とりあえず今日、この目の前の美人秘書の東ヶ崎さんから施設を案内してもらえて説明してもらえるってこと。それだけでお金を払う価値があるほどだと思った。
○●○
「誠に申し訳ありません」
メイド喫茶を出て東ヶ崎さんと二人になったら、急に謝られてしまった。
「どどどどど、どうしたんですか!?」
俺はもう完全に慌てていた。こんな美人の人が深々と頭を下げて謝って来たのだから。
「善福様には大変失礼な物言いで……。先ほどの社長は少々働き過ぎで、もう一人の狭間が出張で席を空けているもので、多分昨日も一昨日もほとんど寝てないと……」
あんなりキリッとした美人オーナーの高鳥さんが何日もほとんど寝てないなんて……。そのいない狭間って人にいいとこを見せたいってことこな? それとも狭間さんってすごく怖い人で高鳥さんはビビって仕事してるとか!?
なんにしても、オーナーの高鳥さんの身体を気遣って矢面に立とうとしてるこの東ヶ崎さんってすごいな。オーナーさんのお姉さん的な立ち位置なのか? いや、オーナーさんのことを「お嬢様」って呼んでたし、「秘書」って言ってたし……。複雑なんだろうな。
きっと、それだけで本一冊になるくらいはあるんだろう。きっと日本橋出版社から絶賛発売中なんだろうな。きっと、ISBNは978-4434320996だな。
俺は何を言ってるんだ!? 急に神様に身体を乗っ取られたかのように口から言葉が出てきた(汗)
とりあえず、この日は秘書の東ヶ崎さんにこの野菜の直売所「朝市」ってところを案内してもらって、説明を受けた。
野菜の直売所だけじゃなく、メイド喫茶、飲食店が入ってる上に期間限定の屋台が次々出るらしい。ローカルアイドルのライブもあるって聴いたし、型破りすぎる。
来るたびに違う表情のお店。これは「野菜の直売所」なんて生易しいもんじゃなく、「食のテーマパーク」だった。