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第34話:わけが分からない

 視察で直売所「朝市」を見せてもらって、帰ってきたら疲れ果てていた。あんなのとても真似出来ない。


 10階建てのビルがあるとしたら、屋上には届かないまでも10階の高さは実感できて、どれくらいすごいのかは分かる。


 ところが、あれは例えるなら2000階! どこが屋上か俺には知ることもできなかった。どんなに見上げても全貌をうかがい知ることはできなかったのだ。


 下手に説明を聞いたら余計に凄さだけが伝わってなんのヒントにもならなかった。覚えているのは高鳥さんと秘書の東ヶ崎さんがきれいだったこと。


 野菜や特産物はいくつかサンプルで買ってきたから夕飯に出してみようと思う。


「あれ? これ何?」


 夕飯の食卓に上ったものに先に違和感を感じたのはお姉ちゃん。今日の料理当番は俺だったのだが、一目で見破った。


 出したのは、「美味しい味噌」。あの「朝市」で新商品として出ていたものだ。味噌を甘くして炒めたネギやゴマやにんにくと混ぜてある。


 少しだけど糸コンニャクも入ってる。まあ、だからこれを選んだんだけど。この味噌は、テニスボールくらいの大きさのビンに入ってるんだけど、500円と高すぎず、安すぎない、内容から考えたら安い価格設定だった。


「お父さん、これなに? ご飯に付けて食べただけで美味しい! これでご飯1杯食べられる!」


 渋い料理ではあったけど、娘にも好評だ。こういう定番商品を開発できたらいいんだろうけど、そんなノウハウは俺にはない。


「ご飯にぬってお茶かけても美味しい」


 智絵里も独自メニューを開発して食べてる。やっぱり美味しいんだな。戦利品1つでこんなにも実力差を見せつけられるとか……。「朝市」に知恵と力を貸してもらいたい……。


「ちょっ、お父さん! これどこで買ってきたの!? 冷蔵庫に常備したい」

「はいはい。また買ってくるよ」


 娘達が道の駅で売ることにしたのは「手作りコンニャク」だけ。コンニャク料理を作るノウハウもないし、作る場所もない。


 イベントの日は決まってるんだから、少しでも何か得られるものにできたら……。


「ねぇ、二人とも。今うちが作ってる野菜ってどんなのがある?」


「美味しい味噌」のことはおいておいて、普通にご飯を食べながら聞いてみた。


「んーーー、ミニトマト、ナス、キュウリ、ピーマンと葉物もって思ってモロヘイヤも植えてみたよ」


 娘達のことだから、要領よくたくさん育てていることだろう。


「大根と人参と白菜とルッコラも植えたけど、食べられるのはもう少し先になる」


 智絵里も無表情に答えた。


 それらって、イベントの日に道の駅に並べられないかな?


「ん? それはできるけど、売れ残ったらそんなに日持ちしないよ?」


 正直、お客さんがどれくらい来てくれるのか分からない。全ては見切り発車なのだ。


 唯一相談できそうな村長さんとその奥さんのところに行くことにした。


 ○●○


「野菜ーーー? そんなタダみたいなもん置いてどうすんのさ」


 村長さんの奥さんの考えだ。


「実は他の道の駅を見て回ったんですけど、共通してるのは野菜がおいてあったことなんです」

「置くのは構わん。やけど、野菜とかすぐダメになるからなぁ」

「そうやそうや! 野菜とか腐ったら処分大変やからな!」


 そういうもんなのか。


「じゃあ……あの……コンニャクは……?」


 糸より村の道の駅に置いてある数少ない食品の1つがコンニャクだ。それにも何かあるはずだと思っていた。確かに村では蒟蒻芋が採れる。


「コンニャクはなあ……長持ちする」

「はい、それで……?」

「……それで?」


 その先の答えを俺は待っていた。


「それだけじゃ。コンニャクは日持ちする」

「……それだけ」

「それだけじゃ」


 ダメだ。話にならない。


「金稼ぎは霞取が上手いな」

「……」


 意味が分からない。帰ってから整理しよう。帰りながら考えよう。


 俺はその後、村長のさんとその奥さんが言っていた言葉を考えながら帰った。歩きで。


 道すがら考えた。あの道の駅に人を呼び込んで儲けるには……。人の希望を叶えるからお金はもらえる。


 じゃあ、誰の希望を……どんな希望を叶えたら人はお金を払ってくれるほど感謝してくれるんだろう……。


 俺が「美味しい味噌」に払った500円は……安かったと感じている。そして、また買いたいと主思っている。それはなぜか……。


 味噌なんてスーパーで750グラムで300円くらい。「朝市」の「美味しい味噌」はそれより高い。でも、俺はまた買おうとしてる。それは……お姉ちゃんがまた食べたいって言ったから。智恵理も美味しいって言ったから。


 もう少しで分かるような……。いや、俺には分からないような……。まぁ、そんなことが簡単に分かったら誰も苦労しないか。あの「朝市」の高鳥さんみたいにあんなすごいお店を作ることができる人だけが理解できるってことかな。


 □□□ 善福清美


 おかしい。私はあの人と離婚して6ヶ月が経過した。慰謝料も彼に払ってもらったから私は完全なるフリー、独身女性だ。


 ただし、彼と結婚するには6ヶ月間のブランクが必要……そう言われてた。私もそれは聞いたことがある。


 でも、そこから法律が変わったってあの弁護士が言ってた。あんまりよく分からないことしか言わない弁護士。あんまり頭はよくないな。


 高卒の私もあんまり頭はよくない。その頭が良くない人間に分からせることができない程度には頭はよくない。


 ネットで調べたら、女が離婚して、また結婚できるようになるまで100日って書いてあるやつもあった。廃止って書いてたのもあった。6ヶ月は……?


 まあ、どれだったとしてももう半年過ぎた。私と彼の結婚を妨げるものは何もない。


 それを彼に言ったのに……帰ってきた答えは何だっけ? 結局、結婚できてない。あ、彼は婚姻届を取りに行くのが面倒なんだな!? 仕事が忙しいらしいし……。私が代わりに取ってくるか!


 今日出かけてもいいんだけど、今日はお手伝いさんがくる日だから。


「こんにちは、善福さん」

「あ、こんにちは。今日もよろしくね」

「はい……」


 私がテレビを見ている間に掃除、洗濯を終わらせる家政婦さん。料理もいつも通り2日分作り置きしてくれた。


「いつもありがとねぇ」


 私が他人に感謝の言葉を言うのは珍しい。でも、目の前の圧倒的な下の立場の家政婦には言える。


 ソファーに座ったままキッチンに立つ彼女に続けた。


「あなたのご飯は……そうね。ちょうどいいの

 。唸るほどは美味しくないけど、叫ぶほど不味くはない……そんな感じ」

「……」


 彼女は料理をしている手を止めた。キッチンの方を向いているからこちらの顔は見えない。


「とにかく……ありがとね」


 そこまで言うと彼女はくるりとこちらを向いた。そして今、まさに料理を詰めたタッパーを両手で持ち、頭の高さまで持ち上げた。


 次の瞬間、地面にタッパーごと叩きつけた。


「はあ!? 何してんの! あんたっ!」


 家政婦は静かに口元に微笑みを浮かべて言った。


「あなたはねぇ……終わりなの。彼ももう、あなたのことは飽きてるの」

「……何を言ってるの?」


 私にはわけが分からなかった。


「彼はね。手に入らないものが好きなの。月の石とか、プルトニウムとか……」


 頭がおかしいのか? この女。


「……そして、他人の奥さんとか」


 そこまで言ってピタリと止まった。


「あなたはね、離婚して手に入るところに移動してしまった……。あなたは彼にとってそこらに転がってる石、何の変哲もない……」

「離婚……」


 彼女の言ってることはやっぱり分らないけれど、思い当たる節はあった。


 離婚……して、彼は私に興味がなくなった……? だから放置? じゃあ、彼は 何に興味があるの?


「私……」


 家政婦が喋り始めた。


「私、今日でここ終わりです。彼と……結婚します」

「……?」


 今なんて言った? 彼女の言う彼って誰!?


「彼……あなたにここを出ていってほしいって言ってます。今月いっぱいで出てってください」

「……」


 その後、その家政婦に掴みかかって大暴れしたところまでは覚えてる。運転手とか庭師とか彼とか色々集まって来て大騒ぎになった。


 そして、最後には彼から出て行けってキレられた。もうわけが分からなかった。



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