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第35話:イベント当日

 道の駅「いとより」のイベントの当日、建物の前にはお客さんの行列ができていた。駐車場は車でいっぱいになっていた。……と言っても「いとより」は駐車場のキャパ的に50台ほどしかなかった。


 それでも50埋まるってのはすごいこと。ピンク頭のYouTuber岡里せしる、通常「せしるん」にも宣伝を手伝ってもらっていたからかな。前評判はすごいことになっていた。


「ここにこんなに人が集まったのはオープンのとき依頼です」


 駅長さんはこの時点で喜んでくれていた。運営自体は駅長さんがやってくれるんだけど、今日だけは商品ラインナップもイベントをやることもすべてが違う。そこら辺を俺が何とかしないといけない。


 村外からもかなりの数の人が来ている。村内の人も見に来ている。なんとなく年齢層で判断できる。村外からの人は若い。村内の人は年配って感じ。100人……いや、200人はいるのかな。道の駅の入口を先頭にずらーーーっと人が並んでる。こんなにいると人数とか分からない。「いっぱい」ってとこか。


 商品はというと、村長さんのアドバイスやその奥さんのアドバイスをぶん投げて、あの「朝市」の真似をしてみた。


 具体的には、新鮮野菜を置いたのだ。その野菜はうちの畑の野菜達。最悪うちの分がなくなることを覚悟して食べられるやつは全部棚に商品としてラインナップした。


 もちろん、最初は近所に野菜を出品してもらえるよう、お願いして回ったのだけど、全然ダメだった。


 それは予想していたんだ。村長さんの考えを聞きにいったけど、なんか違うんだ。商品の選定基準は「日持ちする」だった。


 長く商品を棚に置いておくことが目的だと言える。でも、あの「朝市」では商品は新鮮な野菜だった。次々売れていってたんだ。


 俺が道の駅に行くとしたら、新鮮な野菜が置いてあって欲しい。


 だから、うちの野菜を棚に陳列させた。家でできること全部だ。


 そして、とりあえずオープンの時間。


 入口に俺が立って声高らかにその日のオープンを告げた。それに合わせてお姉ちゃんと智絵里がドアを開けた。


 お客さんたちはどっと店内に流入。野菜と娘達が作ったコンニャクが瞬間的になくなった。一応、陳列できなかった分が残っていたので慌てて品出しするのだが、出すそばからなくなる。


 コンニャクはかなりの数作ったはずがどんどんなくなるのだ。その「かなりの数」ってのはいつもの売れ行きが基準だから、お客さんが100人、200人といるのに100個ってのが適正だったのか!? こんなに人が来るとは考えてなかったんだ。


 そのことが頭の中でパニックになっていた。そして、頭が追いつかなかった。俺は品出しをするのが精一杯で、その商品が品切れになったときのことを考える余裕はなかった。


「善福さん、ものすごい反響じゃな!」

「あ、村長さん! 予想外にたくさん来てくれて……野菜もコンニャクも無くなりそうです。」


 村長さんはのんきにたくさんの来客を喜んでいる。俺は正直、商品を切らしたくなくて慌てていた。それどころじゃない。


「あんた、うちの畑の野菜を取って来たら?」


 村長の奥さんが村長に言った。


「そうじゃな。次はそうするか」


 村長さんの畑は広い! そして、野菜も色々作ってる。今はその野菜が欲しい! 売上とか利益とかどうでもいい! 来てくれたお客さんに商品が提供できないのが辛いのだ。


「それ、今からお願いできませんか!?」


 俺は藁をも摑むつもりでお願いした。


「私達が行きます! 村長さんか奥さんのどちからかが一緒に行っていただき、野菜を採らせてもらえませんか!?」


 一緒に品出しをしていたお姉ちゃんが話に割り込んだ。智絵里もこっちを見てる。あの視線は同意ってことだろう。


「今からじゃと!?」


 その話を聞いていたのは村長だけじゃなかった。村の人もたくさん来ている。


「あんのー……」

「はい! どうかしましたか?」


 一人のおばあさんが立ってた。服装は作業着。混雑状況のクレームか!? 商品が少ないことへのクレーかか!?


「うちは、ここから近いんだけんど、困っとるならうちの野菜も出していいんか?」


 天の助けに聞こえた。たしかに服装は作業着だ。村内の人ってことだ。


「ありがとうございます! お願いします! 何がありますか!?」

「んーとな、ナスと玉ねぎがすぐ出せる。JAに持っていった残りがある」


 JAに出荷できるのは大きさや形がJAの規格に適合したもののみ。そこから弾かれたものはJAには売れない。だから残ってるんだろう。


「形や大きさはどうでもいいです! ぜひお願いします!」

「わかったー。今から行ってくる」


 少しでも補充できるなら、お客さんが帰ってしまう前に品出しができる!


「なあ」

「はいっ!」


 今度は違う方向から声をかけられた。俺は慌てて振り向く。


「うちも野菜があんのよ。ここで出していいの?」


 今度はおじいさんとおばあさんのご夫婦。服装はやはり作業着。様子を見に来た村内の人だろう。


「お願いします! ありったけお願いします!」

「分かったー」


 俺は「これだ!」と思った。急遽、店内にいる農家さんと思われる人に声をかけ、すぐに持ってこれる野菜があれば持ってきてほしいとお願いした。


 事前にお願いしたときは全然相手にされていなかった。でも、この道の駅の大盛況を見たら「売れる」って思ってくれたのだろう。


 彼らは野菜作りのプロであり、商売人だ。売れると思ったら動く。


 俺は農家さん達と簡単な打ち合わせをした。場所代は今日は必要ないこと。商品の価格設定はJAの買取価格より高く設定すること。自分で価格設定をしてよいこと。


 安ければすぐ売れるけれど、高すぎると売れ残るかもしれない。申し訳ないけれど、それは持ち帰ってもらうこと。


 同意してくれたのは話しかけた農家さんの半分くらい。急な話で動かない人もいる。俺が気に入らない人もいる。でも、今はそんなことはどうでもいい。少しでも野菜が追加できればお客さんの不満を解消できるはずだ。


 野菜は相変わらず品薄、コンニャクは完売。店がオープンしてからまだ1時間も経っていないにも関わらずだ。


 ここで娘達のイベントってやつの時間が来た。どんなことをするのか俺は知らない。それどころじゃなかったから任せていた。


 道の駅の敷地内の空きスペースを使うことになっていた。そこに何やら機材を持ち込んでいた。あれをどこから持ってきたのか俺は知らない。


 時間が近づくにつれ、外から音楽が流れてきた。それに合わせて店内のお客さんが外に出ていった。お客さんがイベントに気を取られている間に野菜が調達できれば万々歳なんだけど……。俺は気持ちばかりが焦るが何もできないもどかしい状態になった。


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