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第36話:イベント終了

 なんだろう。DJブースっての? なんかツマミがたくさん付いてる専門的な機械が外に設置されていた。スピーカーは道の駅にも付いていたけど、専門的な大きなやつがステージとなっている場所の両脇に置かれている。


 中央にはピンク頭のYouTube、岡里せしる、通称「せしるん」がキャップのつばを後ろにした状態で被っている。


 服装もあれは……DJファッションって言ったらいいのか? ピンク色のパーカーに黒いミニスカート。長く細い足が目を引く。


「あーあー、マイクのテスト中ー」


 済んだ声でスピーカーから彼女の声が鳴った。


 お客さん達はきれいに並んで座っていた。前方に線を引いていたらしくそこを超えないように並んで座っている。ここらへん日本人だなぁと思わされる。


『お、おはようございます! YouTubeの岡里せしること、『せしるん』って呼んでくださいねー!』


 彼女が挨拶をすると、お客さんの中から「せしるーん」とパラパラながら声が上がり、呼べって言ったくせに実際に呼ばれてせしるんが照れていた。


『今日は糸より村の道の駅スタジオからイベントの公開収録でーす! この模様は後日、私のYouTubeチャンネルでも公開予定でーす!』


 まばらな拍手が微笑ましい。お客さんの1/4ほどは村内の農家の人らしく物珍しさで参加しているようだ。


 残りは比較的若い人。ただ、ここには車でないと来れないので恐らく殆どが成人だろう。


『今日の目玉はあの「くまくまみゅー」さんと「にゃーたん」さんの公開トークとその後にセッションがあるんですが、お二人が顔出しで出てるってことです!』


「「「「「おおーーーっ!」」」」」


 お客さん達から歓声が上がった。なんか娘達が人気だ。すごいすごいとはピンク頭のYouTubeから聞いていたのだけど、こうして100人以上の人を目の前にするとその凄さを実感させられる。


 数字じゃなくてリアルな実感……てとこか。うまく言えないけど現実として理解できた。


『私は先に打ち合わせなんかでお二人にお会いしたんですけど、かなりかわいくてみなさんの期待を裏切らないビジュアルでしたよー!』


「「「「「おおーーーっ!」」」」」


 ハードル上げすぎだろ。あのMCはあれで大丈夫なのか!? 娘達が登場して盛り下がったらどうしてくれるんだ!


『それでは、「くまくまみゅー」さんと「にゃーたん」さん、早速登場していただきましょーっ!』


「「「「「わぁーーーっ!」」」」」


 ヤバイほどに盛り上がってる。やっぱりすごいのか!?


 物陰からお姉ちゃんと智絵里がマイクを持って登場した。ここまで来て俺はやっと理解した。あの機材とかはピンク色のYouTuberか準備してくれたんだ。あんな本格的なマイクとか大きなスピーカーとかDJブースとか家にはないし。



「「「「「おおーーーっ!」」」」」


 しばらくお客さん達が熱狂して二人は挨拶もできない。あたふたしてるのがかわいいのだが、親としてはハラハラが半端ない。


『おはようございまーす! にゃーたんです!』


「「「「「わあーーーっ!」」」」」


 挨拶だけでこの盛り上がり。すごいな。


『初めてみんなとは顔を合わせてになるね! ずっと言いたかったんだけど、いつも動画見てくれてありがとーーー!』


「「「「「おおーーーっ!」」」」」


 お姉ちゃんはこういうの得意そうだな。意外な面が見えた気がする。


『はいっ! 次! こっちが「くまくまみゅー」ちゃんでーす!』

『おはよーござまー↓』


 相変わらず、智絵里はローテンション。


『くまくまみゅーちゃんテンション! テンション! めっちゃ低いから!』

『これがウリなんで……↓』


「「「「「わあーーーっ!」」」」」


 これはこれでアリなのか!? お客さん達は盛り上がってるからいいのか。


『今日はトークの後に二人のセッションに加えてせしるんさんがピアノで参加してくれるライブと糸より村の野菜やコンニャクがもらえるジャンケン大会とイベント盛りだくさんなんだよね? くまくまみゅーちゃん』

『そうなん? ダル……↓』

『散々打ち合わせしたでしょっ!』


「「「「「ははははは」」」」


 あ、ウケてる。我が娘ながらすごい。


『じゃあ、そろそら座ろっか。くまくまみゅーちゃん』

『んー↓』

『あ、今日は椅子の高さが高いから、スカート気をつけてね。短いから見えちゃうと大変』

『お姉ちゃん、そういうこと言わないで。ネットで配信されちゃうんだから』


 笑いを取ると同時にくまくまみゅーに注目を集めているのは偶然か、トーク力なのか……!?


 ここでノリのいいBGMが流れ始めた。お客さん達が興奮している。どうやらいつもの番組のオープンニングの曲らしい。


『はいっ! にゃーたんです! 今日はいつもの部屋を飛び出して、福岡県糸より村の道の駅、いとよりから公開収録です。そして、ゲストはぁ……』

『私ですー↓』

『くまくまみゅーちゃん、それじゃ誰か分からないから!』


 どうやら、収録が開始したらしい。先の挨拶が前説だったのか?


 お客さん達の反応も悪くない。こんなイベントは初めてだと思うけど、安定感があるように思える。娘達は俺にとってはまだ子どもなんだけど、頼もしさも感じていた。


「善福さん、元さんとこが野菜を持ってきたけどどうしたらいい?」


 俺がステージに気を取られていたので村長さんの奥さんが対応してくれたらしい。


「あ、はい! 行きます!」


 その後、野菜は次々届き、袋に入れたり値付けしたり、村の人達とわいわいしながら対応し、娘達のイベントの合間に滑り込みで準備ができた。本当に綱渡りだった。


 それでも何とか首の皮一枚繋がった形だ。一人ではどうしようもなかった。村の人がいたから何とかなった。後日お礼とお詫びに回らないといけないな。


 ○●○


「本日の営業、終了でーす!」


 駅長さんが本日の営業終了を告げた。残ってくれていたお客さんと村内の人と思われる作業着の年配の人達が拍手してくれた。


「今日はありがとうございました! また企画させてもらいます! よろしくお願いします!」


 俺も90度の最敬礼のお辞儀でお礼を言った。


「動画アップも楽しみにしてくださいっ!」


 ピンク頭のYouTuber岡里せしるも良い笑顔で言ってた。


「ありがとうございました、ありがとうございました」


 お姉ちゃんは少し涙ぐんでる。


「ちぃちゃんもね!」

「お姉ちゃん、分かったから」


 クールな智絵里に抱きついてるお姉ちゃん。智絵里も言葉に反して悪い気はしていない感じ。


 とりあえず、本当に綱渡りだったけど何とか乗り切った。何とか任されたことを達成できた気がした。


 後日、協力してくれた農家さん達のところに回っていき、利益を渡していくのだけど、ここから話の流れが変わっていくことになるとは、この時点では俺も娘達もピンク頭のYouTuberも想像すらしていなかったんだ。



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