「いやー、良かった。良かった。善福さん、道の駅はこの調子で改善していってな」
村長さんからお褒めの言葉を頂いた。村長さんには野菜をだいぶ出してもらった。その分、売上げもたくさん渡しに行ったからめちゃくちゃ良い顔してる。
「やー、すごかった。置けば置くほど野菜が売れていくなんて考えもせんかった。しかも、JAで弾かれたもんまで出てくんやねー」
奥さんもほくほくだ。
形が悪い野菜や大きな野菜はかえって新鮮で健康なイメージがするのはなぜだろう。俺がお客さんだったら、そんな野菜を買うだろうな。
「出荷用に作ったんじゃない野菜があんなに売れるなんて考えもせんかった」
事前に話を聞いたら、野菜は近所でお裾分けし合うもの。つまり、タダのものという認識みたいだった。たくさん出荷もしてるだろうから、農家の人にとっては「出荷用の野菜」と「それ以外用の野菜」ってのがあるのだろうか。
「あんたに任せて良かったばい。やっぱ、ワシの目は間違うとらんかった」
「恐縮です」
喜んでもらえていてまずは肩の荷が下りた思いだった。
「村ん他んもんから問い合わせがきとったい。あそこに野菜ば置きたかって」
「嬉しいことです。商品がないと売れないですから」
「儲けはどうすっとや? 村民だけ儲かっても村が儲からんと困るったいね」
「はい、棚代を設定してそこに契約している農家さんに置いてもらうことを考えました」
棚を担当してもらえたら管理もしやすいし、収益も安定していく。
「ピンク髪のあのお姉ちゃんも頑張ってくれたったいね。あげんたくさんの人が来とらっしゃあけんね」
「そうですね」
村長さんの家にはお金を渡しに来ただけなのに、奥さんから色々料理を勧められている。
「いっぱい食べていかんね」
「あ、ありがとうございます」
魚を煮たやつとか、野菜を煮たやつとか。年配者の家は煮物の料理が多いのかな?
「今日はどげんすっとね?」
ご飯をお茶碗によそってくれてる。今日の昼ごはんはこれで十分そうだ。昼前に来たのにご馳走になるのは予想外だった。
「あ、この後はどうすっと?」
「野菜を提供してくださった家に行ってお礼と売上を渡すのと、今後もお願いしたいことを伝えに行きます」
「そうな。忙しそうやな」
「はい」
もうそれくらいで、なんて断ってるけどすぐさまお茶碗のご飯が減ると「おかわりは? いっぱい食べられるやろ」などと奥さんにご飯をつがれていた。
「まあ、霞取んとこは気ーつけな」
この前も「霞取」ってのは聞いた単語だ。前回はもう何を言ってるのか分からないから早々に切り上げたんだ。
「『霞取』ってのは何ですか?」
「霞取は人の名前たい。村で一番の土地持ちたい。金稼ぎもうまかけんね」
「霞取」は霞取さんだったか。もしかしたら、野菜を出してくれた人の一人かもしれない。それならどちらにしても会って挨拶しないと。
○●○
「ご馳走様でした」
「いんやいんや。またいつでもおいで。娘さんたちも。ぜひ、娘さん達もねー」
娘娘言うやん? まあ、いいか。煮物は確かに美味しかったし、一度は連れてきてもいいかな。
俺は一軒一軒お礼とお願いに回るのだった。
□□□ 善福清美
信じられなかった。彼は私と結婚できないって言ってきた。理由はめちゃくちゃ。何度聞いても分からなかった。要するに、私に飽きたってこと!?
全く眼中になかった家政婦と結婚するって聞いた。全く意味が分からない。
しかも、今月いっぱいでここを出て行けって言われた。私は主婦なんだけど!? お金もないのにどこでどうやって生きていけばいいっていうの!?
昨日の夜は彼とケンカしちゃった……。そしたら、100万円渡すから出ていってくれって……。「本物の愛」を見つけたって……。私にもそんなことを言ってたのに……。
養育費を払ってって言ったのに、またあの弁護士が来た。子どもがいないのに養育費はあり得ないって言われてけど、意味が分からない。
慰謝料も1000万円って言ったのに、まだ結婚もしていないし本来は数万円から数十万円って言われた。彼は100万円払うって言ってるから相場の数倍払うと言ってるって……。
彼は私の家庭を壊して離婚させたって言ったのに、彼と私の両方に原因があり、慰謝料を払うなら私の元旦那って言われた。そして、元旦那には慰謝料を支払い済みなので問題は解決済で終わった話だ、と。
さらに、私と彼の間では慰謝料はあり得ないとだとか……。もう、全部意味が分かんない!
□□□ 善福熊五郎
うーーーん、元嫁からLINEのメッセージが来た。
うーーん……。夜にリビングでテレビを見ながら悩んでいた。
「お父さん、どうしたの?」
夕食後だったけど、お姉ちゃんがコーヒーを淹れてくれた。お姉ちゃんに相談すべき内容じゃないし……。
「あー、お母さんのことなんだ」
この子は……。何にも言ってないのに俺の心を読んでいるのか!?
「手紙……あ、LINEか。見せて」
いや、俺まだ何も言ってないよ!?
「お父さん、何で分かるんだって考えてるよね? 分かりやすいから何も言わなくても分かるから」
智絵里にまで言われてしまった。俺はそんなに顔に出るのか!?
「お父さんー。今も考えてること分かるよー」
「あう……」
俺は心の中で白旗を上げた。すごすごとスマホを取り出して問題のメールを二人に見せることにした。
『頭は冷えたかしら? あなたが仕事仕事で私を寂しくさせたから離婚してみせたけど、本気じゃなかったの。そろそろ私がいなくて困ってるでしょ? お姉ちゃんも智絵里も難しい年齢だからあなたの手には負えないでしょ? そろそろ帰ってあげるから迎えにきて』
「「……」」
娘達二人は声を失った。
「お母さんも困ってるんじゃないのか?」
言葉はなんだけど、帰りたいって言ってるみたいだ。
「お父さん!」
お姉ちゃんは厳しい口調で俺の続きの言葉を止めた。
「お父さんダメだよ! あの人はもう私達の言葉が通じる人じゃない!」
いや、こんなことは……いや、何を言ってるのか分からないけれども。
「あの人と一緒だとお父さんは幸せになれない。自分の幸せ考えて」
智絵里が俺にこんなことを言うのはめずらしい。それだけに本気が伝わった。
「しかし……」
「ついでに私達の幸せも入れて考えてみて。嘘をついて連れて行かれて、知らない男にイタズラされそうになるようなことをする人だよ?」
「……」
俺が一番弱い言い方をよく知ってる。さすが俺の娘。
「ごめんな。分かったよ……。こんなお父さんでごめんな」
いい年した俺が娘達に生きる道を示されるなんて……。
「お父さんが、人が良いのは知ってる」
お姉ちゃんは俺の前まで来た。俺も自然にお姉ちゃんを抱きしめた。
「……でも、みんなは幸せにできない。優先順位を付けて……」
言ってることは母親を切り捨てろ、と言ってるってようなもの。俺は娘にそこまで言わせないと分からないバカだったのか……。
「せめて、一緒に幸せになろうとしてる人からにして」
智絵里も俺の懐に来た。大人びて見えてもまだ高校生と中学生だ。ガマンだって、背伸びだってしてるだろう。
俺がしっかりしないと、この子達が子どもとして甘えたり、わがままを言ったりできないじゃないか……。
「ごめんな……。もう間違えないから……。お前達のことは守るから。俺がお父さんだから……」
この日は三人で泣いた。俺の大切な家族。俺は家族を守ることを改めて決意した。