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第38話:霞取さん

 道の駅「いとより」はあの日から変わっていった。「日持ちする」って価値観から「お客さんが買いたくなる」って価値観にシフトしていった。


 商品ラインナップが変わっていった。とりあえず、投網はなくなった。月に1個しか売れないような商品、しかも村内の人しか買わないような商品は店から消えた。


 お客さんはイベントのあの日よりは少ないけれど、ちらほら来てくれるようになっていた。それというのも、ネットニュースで織り上げられ、それが一般のテレビのニュースでも放送された。


 それがあってか、年配のお客さんを中心にイベントの日じゃなくても来てくれるようになったんだ。


「また1件農家さんが野菜を卸してくれるって言ってきましたぞ」


 道の駅「いとより」で品出しをしているときに駅長さんから話しかけられた。


「そうなんですね。助かりますね」


 野菜を卸してくれる農家さんはじわじわだけど増えていった。……と、いうのも棚代を取るようにしたけど、かなり割安なのだ。


 つまり、野菜を置けばJAより高く売れる。要するに、儲かるのだ。段々とそれが村の中で噂になっていったからだ。しかも、野菜の形や大きさは問わない。それがまた良かった。


 あのお手本にした直売所の「朝市」がJAの買取所の隣に作った理由が分かった。


「あと、霞取さんも来たな。あんたに話があるって」


 霞取さんって誰だったか……。一度にたくさんの人に会ったから正直名前を一人一人覚えてない。なんなら、駅長さんの名前も忘れた。


「その霞取さんってどんな方なんですか? 何度か名前を聞いたことがある気がするんですけど……」

「霞取さんはなぁ……、土地持ちかなぁ」


 栃餅? 米とアク抜きした栃の実を突いて餅にした鳥取県の名産品……ではないよな。いや、違うな。


「大地主ってことですか?」

「そうそう! ここらの畑の半分以上は霞取さんの土地っさ」


 それは土地持ち……というかお金持ちだ。


「そんなに土地を持ってたらお金には困らないでしょうねぇ」

「まあ、それはこんな田舎だから。畑を貸しても二束三文よ」


 土地があればお金持ちとは限らないのか……。人生難しいな。


「そんな霞取さんが俺なんかに何の用だろ……。どこか畑でも貸してくれるのかな? でも、借りる余裕とかないし……」

「あんたさんは面白いな。あんだけのお客さんを呼び込めるなら、道の駅のことでもっと儲けられるやろうに……」

「いえいえ」


 道の駅の購買力はやっぱり商品に魅力がないとダメだ。安くて良い商品。農家さんが儲かるから、道の駅が儲かる。俺は村長さんに雇われてるから、そっちで報酬をもらってる。少しうまくいってからって、ボーナスをもらってたら、うまく行かないときにおかしくなってしまう。


 今日は娘達に何か買っていってやるかな。祝勝会はしたのだけど、頑張っていたし何度でも祝ってやりたい。


 道の駅がうまくいってるならとりあえず安心。それよりも、元嫁からの連絡をどうやって断るか……かな。頭が痛い。


 ○●○


 家に帰って更なる道の駅「いとより」の改善を考えていたときだった。


「お父さん、お客さん」


 お姉ちゃんが受けてくれたらしい。俺はリビングから玄関に向かった。


「こんにちは」


 少し良い服を着たおじいさんが一人ポツンと立っていた。人を印象で決めつけたらいけないけど、一目会っただけで少し嫌な予感がした。少しいい着物のご老人。髪の毛はもうない感じ。一言で言ったら「ぬらりひょん」。まあ、勝手な印象で失礼な話だけども……。


「……こんにちは」

「はい、こんにちは。道の駅の件で伺いましたよ」


 益々嫌な予感しかしない。


「よかったら、どうぞ」


 立ち話もなんだから俺は家に招き入れた。キッチンではお姉ちゃんが何も言ってないのにお茶の準備をしてくれていた。


 どうぞどうぞとリビングに案内していると、霞取さんはチラリと神棚を見上げて不動明王様を見た。


「それで、お話って……」


 リビングのローテーブルは座布団がないので、食事用の背の高い方のテーブルの椅子に座ってもらった。


「実はですな……」


 霞取さんの話をまとめると、あの道の駅の土地は霞取さんのものらしい。村に貸し出しているのだとか。正直、俺にとっては「知らんがな」の内容。


「ずっと賃料を下げとったんで、村長に賃料値上げの話を持っていったんですじゃ」

「はあ……」


 誰の土地とか考えたこともなかった。何の話が始まるのか予想もつかない。ただ、何か大変なことを言われるのは容易に想像がついた。そして、こんな悪い予感はだいたい当たるんだ。


「家賃が現在の10倍になる前提で色々の価格設定なんかを考えてほしいんじゃ」

「じゅっ……10倍ですか!?」

「高いみたいじゃが、現在がタダみたいなもんじゃ。こんな田舎やからなぁ」


 今は農家さんからもらってるのは「棚代」だけだ。月一万円だから、1日にしたら333円。農家さんとしても負担はほとんどない。


 だからこそ、野菜を出してくれる。野菜を出して、売れたら全部農家さんの儲け。それくらいじゃないとよそから来た俺の発案に乗っかってはくれないのが現状だ。


 物事には段階がある。まずは商品確保だ。品物がないと売ることができない。賃料10倍なら、棚代も10倍にしないといけないのか!?


 それは無理なのは素人の俺でも分かる。


「あとな。畑はほとんどがうちの土地なんじゃ。各農家にも賃料値上げの話をするつもりじゃ」

「ちょ、ちょっと待ってください。せっかく良い具合になってきたんですから、もう少し軌道に乗るまで様子を見てもらえないでしょうか」


 霞取さんは腕組みをして目をつぶったまま動かない。「ダメ」ってことだろう。


 これは俺だけでは何ともしようがない事柄だ。早速明日にでも村長さんに相談に行こう。


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