振り返ってみよう。今、俺が抱えている問題……。改めて考えてみた。
・元嫁からの再構築依頼に対する返事
・道の駅賃料10倍
・裁判所への返事
狭間さんへの電話はすごく良かった。むしろ、助けになってもらえるかもしれない。
すぐ終わるのは「裁判所への返事」かな。とりあえず、1枚書けば終わりで、それを裁判所に送り返せばいいだけなんだから。ただ、普通の成年後見人を付けるって話じゃなくて、DVが絡んでいることを書かないといけない。
俺は、お姉ちゃんと智恵理にも相談しつつ、文章を考えた。娘達の文章力は明らかに俺のそれを超えている。短い言葉で的確に俺の言いたいことを文章にするんだ。なんなら、俺が言いたいけれど、言葉にも表せないことを汲み取って文章にしてくれる。どんなにAIが発達してもうちの娘達には敵わないだろう。
要点は、「夫、清司が母、翔子にDVをしてたこと」、「年金の引き落とし先を変えて本人が年金を受け取れないようにしたこと」、そして「現在も何か画策中であること」をしたため、「母の安全と生活を守るために潔が提案する後見人ではダメなこと」を一生懸命書いた。
母は要介護4(寝たきりに近い状態)で、清司が求めるように自宅に戻るのは不可能なことも書く必要があった。年寄りは外部の人間を嫌う。ヘルパーさんなどが入って来るのを嫌うことから、母の面倒を清司が見ることになる。24時間面倒を見る必要があるのに、それが1人の老人では手が足りないのだ。絵にかいた「老々介護」。母は介護を施せるそれなりの施設でなければ生活はままならず、清司に面会させることでそれが脅かされるので会わせてはいけないと主張した。
裁判所が提出を求める紙だけでは収まらないので別紙に書き、一緒に送ることになった。
……あとは裁判所の判断だ。
この日、警察から連絡があった。「証拠不十分」だと。裁判所からの件とは別だ。
ピックアップした問題事以外にも清司問題はあった……。
今度は何かというと、先日清司が書類を偽装して年金事務所に年金の振込先を変える書類を提出した件を地元の警察署に相談に行っていたのだ。母と清司は数か月会っていない。それなのに「委任状」なり「振込先変更届」なりを母が書いたかのようにして年金事務所に提出している。
公文書偽造か私文書偽造か詳しいことは分からないけど、とにかく母が意図しない書類を勝手に作って提出したんだ。これだけで清司は警察に逮捕されると思った。
結果は「証拠不十分」。俺は警察署まで行って話しを聞いた。
そもそも、最初の案内では「生活安全課」だった。ここはDVの担当らしい。ここで一連のことを話ししたけど「施設に入られてからはDVはないということですよね?」とのこと。今まさに殴られていないと「生活安全課」の担当ではないらしい。年金を盗んで生活できないようにしている経済的DVは別担当と。
そこで紹介されたのが、「刑事課」だった。一課は殺人などの事件担当、二課は詐欺などの知能犯担当とのこと。ここで普段は取調室として使われてそうな部屋でまた同じ話をした。
刑事課の話では、夫婦の場合事前に「何かあったらこの口座に年金が入るようにしておいて」などと打ち合わせがあったとしたら、夫が妻の年金口座の振込先を変えることも有りあるとのこと。
書類の偽造については委任状は郵送なら不要で、口座変更届は先の理由で起訴できないだろう、と。
調べてみたら、刑事事件の場合ほぼ100パーセント有罪になるらしい。つまり、刑事事件では一部の隙もないほど固めてから起訴する。
要するに、よほどハッキリしてないと起訴されない。相当悪いことをしないと罪にはならないのだと思わされた。これには驚いた。警察は弱い正義だった……。
要介護4の母が年金しかお金がないのにそれを自分が受け取れなくするとでも言うのか……。
このことを訴えるには警察が動く刑事事件ではなく、自分達で弁護士を雇って訴える民事での裁判となる。
またお金の問題だ。お金がないと正義も勝ち取れないのがこの世の中らしい。
なんだろう。父親はそんな異常者みたいな人間じゃなかったと思うけど……。痴呆になると攻撃的になるというのも聞いたことがある。ネット情報だけど……。
俺はガックリ肩を落としていた。
(ルルルルルル)電話だ。今度はなんだよ。
『あなた? 復縁は考えた? 私はすぐに引っ越したいんだけど。いつならいい?』
この一方的な物言いは元嫁か!? 色々と問題が起きている最中、元嫁も問題の一つだった……。
「俺達はもう離婚したんだ。戻るつもりはないよ」
『そんなこと言って! 娘達はどうするのよ。母親が必要でしょ!』
話が戻ってる。これまでに話した内容は忘れてしまったのか、なかったことになったのか……。
「俺達は俺達で生きていくから。お前は俺達を裏切ったし、捨てたんだよ。都合が悪くなったからってお前が戻って来れる場所はないんだよ」
『何言ってるのよ! 私はあの子達の母親だし、あの家は私の家でもあるのよ!』
確かに、娘の母親ってのは変わりがない。だけど、娘達が愛想を尽かしたってのもある。あいかわらず勝手な理論が展開されてるなぁ。
「娘達はお前に会いたくないって言ってるんだよ。いずれあの子達が結婚式をするときにでもお前が参加して恥ずかしくない生き方をしてたら参加できるように考えるから……、もう連絡してこないでくれ」
『何ですって!? あんたなんて中卒のくせして……(ブツッ)』
もういいや。同じことの繰り返しだ。一度は好きになった女がこんな風になるのを見るのは悲しいな……。
俺は電話を着信拒否にした。これでしばらくは電話がかかってくることもない。家もどこかは知らせてない。
(ピコン)LINEだ。まさか……。
『電話つながらないじゃない! 着信拒否したわね!』
メッセージがあったか。こっちもブロック、と。
○●○
その日の夜、帰宅すると……。
「お父さん! お母さんから鬼電、鬼メッセなんだけど!」
お姉ちゃんから苦情がきた。
「すまん、今日話して俺が着信拒否とブロックしたから……無視しといてくれ。一応、俺の方のLINEだけブロック解除しとく」
「分かった……。お母さんにもそうメッセージしとく。電話はもうちょっと怖い」
「すまん……」
ソファに座ってる智絵里とも目が合った。
「りょー」
あ、多分着信拒否とブロックしたな。いよいよ俺はブロックはできなくなった。せめて音が鳴らないようにしとこ。
(ピコン)『聞いたわよ! 娘達の電話を着信拒否にさせたわね!? 母親の権利侵害よ! 訴えるから!』
音を切る前にメッセージが来てしまった……。
『嘘だから! 既読になってるし、メッセージ見てるんでしょ!? お願いだから返事して!』
『彼とは別れたの!』
『あなただけなの!』
『本当はあなただけが好きだった! 寂しかったの!』
『行くとこがないの! 助けて!』
『返事しないとどうなるか分かってるの!?』
『お願い! 間違いなの! また一緒に住みたいの!』
情緒不安定か。
「お父さん、こんなに立て続けにメッセージ来たら充電がすぐ切れちゃうかもね」
「ああー……」
そんな問題まで……。
「ん」
智絵里が小さなモバイルバッテリーを手渡してくれた。
「それ、もう使ってないから」
「もらっていいのか? ありがと」
USBケーブルも付いてる。助かる。
……いや、そういう問題じゃないだろ。
これで元嫁問題は解決……なのか?