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第71話:バーベキューの余興

「えーーー……、肉がもう焼けてます! 今日はいっぱい食べて、飲みましょう! かんぱーい!」

「「「わーーー! (パチパチパチパチ)」」」


 直売所の裏駐車場でバーベキューは本格的に始まった。


 挨拶なんて、くどくどやっても誰も喜ばない。すぐに乾杯した方がいいのだ。


「お父さん、お肉どれくらい買ったの?」


 お姉ちゃんが、肉を焼きながら訊いた。


 1人1キロとして12人いるから12キロ買ってきた。


「じゅう……」

「海産物とか、お野菜とかのこと考えずに1人1キロくらい買ってない!?」


 あうあう……。お姉ちゃんには全てがバレてる。思考も読まれてる。


「どこからこんなお金が……、ああ、そうなんだ。村長さんが! あれ? 霞取さんも? じゃあ、私もお礼言ってくるね!」


 ああ……、俺なんにも言ってないのに俺の反応を見ただけで全部理解して行っちゃった……。しかも、当たってるし……。お姉ちゃんがエスパーになっちゃったよ。


 そうなのだ。今回のバーベキューはうちの発案ではあったんだけど、村長さんとこが圧倒的に人が多いので多めにお金を出してくれたのだ。


「おお! 魚谷(うおや)さん! こっち! かたらんね!(仲間にはいらないかい)」

「ああ、村長さん。私もよかですか?」


 道の駅の駅長さんも参加した。今は、直売所の店長さん。魚谷さんという名前だったのか……。


「楽しそうですなぁ。よかったら、これもどうぞ」


 今度はコンニャクばぁこと、モモエばぁちゃんだ。魚の形に切り抜いたコンニャクをくれた。鉄板の上に載せるとぴちぴち跳ねて魚みたい。面白い。さすが自らをコンニャクばぁと名乗るだけある。


「あんたもかたらんね!」

「わたしもいいの?」


 モモエばあちゃんもまんざらじゃない様子。村長さんとも仲がいいみたいだ。


「もちろん! 次の村長さん、善福さんのお祝いったい!」

「あんれまぁ!」


 村長さんは、あくまで俺を次期村長にしたいらしい……。


 その後も、直売所に野菜を納めに来た農家さんとか、普通にお客さんとかどんどん招き入れて、割と大きな集まりのバーベキュー大会になってしまった。


 人数が増えたのだからカサ増しする必要がある。肉はなぜかまだまだある。野菜は直売所の担当の人からのカンパ。元道の駅の駅長さんの裁量らしい。コンニャクもあるし、これならなんとでもなりそうだ。


 人が多くなってきたので、野菜は追加できる。……そんなことを思っていたら、おじいちゃんとかおばあちゃんとかあんまり肉を食べない。これなら少々の人数が増えたって大丈夫だろう。


 雰囲気っていうか、この場を共有した連帯感みたいなものもあるだろうし。俺は直売所からペットボトルのお茶とかビールとかを追加で購入して差し入れた。まあ、みんなバーベキューの方に来ちゃってるから自分で会計したんだけど……。


「いいにおい……」


 智恵理がバーベキューグリルの近くで目を閉じてニオイを楽しんでいる。


 下味で付けてあったタレが焼けたニオイだ。ニオイだけでもかなり美味い。


「お父さん、エビが焼けてます」

「あ、せしるんありがと」


 お姉ちゃんが村長さんとこに行ったので、「バーベキュー奉行」がいなくなった。


 その代わりに、せしるんが俺の皿に色々焼けたやつを取ってくれた。まさか、お姉ちゃん気を利かせて……!? そこまで考えての行動!? いや、考えすぎだよな……。


「美味しいですね。私、バーベキューって初めてで」

「そか。良かったな。せしるんも肉を食べな。肉を!」


 バリバリ焼いてもりもり食べた。お姉ちゃんと智恵理は村長さんとこの孫三人にちやほやされてる。俺が近寄って行くのも無粋なのでちょっと遠くにいる。


 智恵理は肉を食べている傍ら、動画も取ってるみたい。あいつプロだな。


「あのー……すいません……」


 ちょっとオラオラ系で黒い皮のジャケットに黒いレザーのズボンのお兄さんが話しかけてきた。近くにハーレータイプのバイクが5台停まってるし、5人でツーリングだろうか。


 何? トラブル? クレーム? イチャモン!?


 無意識にせしるんを俺の後ろに隠した。


「なにか?」

「そのバーベキューってそこの店でセットとか借りれるんですか……?」


 ん?


「あ、すいません、突然。俺らツーリングで鹿児島から福岡まで九州縦断中なんです」

「そうなんですか。すいません、これは……あ、ちょっと待ってくださいね?」


 バーベキューは次のビジネスとしてやろうと思っていたので、グリルとか皿とか一式直売所にストックしていた。肝心な肉や野菜は食べきれないほど準備していた。


「お兄さん、ちょっと待ってて!」

「あ、はい……」


 そこにいたお兄さんをちょっと待たせた。


「せしるん、運ぶの手伝って!」

「はい!」


 俺は、せしるんと共にバーベキューグリル、炭、菜箸やトング、紙皿、割りばしなどを運んだ。


「はい、どーーーん!」

「うわっ!」


 お兄さん達のところにバーベキューグリルを持ってきた。


「肉も、野菜も、海鮮もあるよ!」


 グリルの上に材料もドーンと置いた。


「え? 使っていいんすか? 食べていいんですか!? いくらですか?」


 タダってのもよくないな。


「えーっと、1000円!」

「1人1000円でいいんですか!? じゃあ、5人で5000円で! あざまーす!」


 5人で1000円のつもりだったんだけど……。まあ、儲かった。いいか。


 見た目はいかついお兄ちゃんだったけど、5人でバーベキューグリルを準備してた。火おこしはへたくそだったので、せしるんが実演してみせていた。


「最初は炭を固めて置いて、空気が通るようにして火をつけます」

「「「おおーーー!」」」


 お兄さん達が驚いていた。


「火が付いたら、グリル全体に均等に動かして、全体を温めます」

「お姉さん、髪の毛ピンクだったから舐めてましたけど、サバイバルスキル高いっすね!」

「えへ、そうですか? へへへへへ……」


 せしるんが褒められて喜んでる。


「あのーーー……、よかったら一緒に飲みませんか? 俺達バイクだからノンアルコールだけど」


 お兄さん達の1人が、せしるんを誘った。


 せしるんはバーベキュー用の串を留めていたステンレス製のリングを左手薬指に嵌めて言った。


「私、人妻なので!」


 すごいドヤ顔だった。


 そう言うと、急いで俺の方に走ってきて、後ろに隠れた。


 俺が振り向くとサムズアップで良い笑顔だった。「言ってやった」って顔してた。


「あ、すいません。そんなつもりじゃ……あ、かわいいとは思ったんですけど、変な意味じゃなくて……」

「あ、こちらこそ、思い上がってしまいまして……すいませんすいません」


 せしるんとお兄さんは俺を挟んで二人してぺこぺこ頭を下げ合っていた。二人ともいい人だな。


「あ、すいません。ツレが!」


 バイクのお兄さん達が集まってきた。


 どうやらホントに良い人達らしかった。


 聞けば、5人で日程を決めてバイクで長距離走っているらしい。今回は九州縦断で北から南まで約400キロ走っている最中なのだとか。色々な人と交流するのも旅の楽しみで、積極的に話しかけているのだと聞いた。


 俺達も村おこしの一環でバーベキュー場を開く計画があること、今がその練習であることを伝えた。


「じゃあ、仲直りで食べて飲みましょう!」

「俺達はノンアルコールだけど!」

「あ、ピンクさんは旦那さんの横で!」


 めっちゃ、揶揄われてない!?


 それでも、楽しい人達でバーベキューを楽しんで、ビールもたらふく飲んだ。お兄さん達からバーベキューの感想なども聞けたし、期待以上の収穫があったと思う。


 今日の会もお開きかな、と思った時に……


(ダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラ)


 どこからか、ドラムロールの音が聞こえてきた。宴もたけなわなのに余興!? 少し日が陰って来て夕方って感じになってる。


「はいはいはーい! ちぃちゃん、せしるん、しゅうごーーー!」


 お姉ちゃんが智恵理とせしるんを集めた。どうやら、余興はお姉ちゃん達がするらしい。お姉ちゃんならもっと早めの良いタイミングで盛り上げることを考えると思ったんだけど、このタイミングとは……。おおかた、村長さんのところの孫の……なんて言ったか……日向くんと楽しく話でもしていたのかな。


 三人が小さな花束を持っている。あれは、ブーケっていうんだっけ。多分、動画に関係しているみたいだ。智恵理が片手間に動画を撮っているし。


 娘達がブーケなんか持っちゃったらかわいくてしょうがない。


 多分、俺は顔がにやけていただろう。いいんだ。だって、にやけちゃうだろう。


「お父さん! こっち来て!」


 急なお姉ちゃんの呼び出しだ。みんなが注目しているところに行くのは少し気恥ずかしい。でも、大事な娘が呼んでいるのだ。俺は素直に向かった。


「ここに立って!」


 今度は、智恵理から案内されて注目されているど真ん中に立つことになった。左右にはお姉ちゃんと智恵理が立った。両方からシャツの裾を掴まれて逃げられなくなってしまった。


 何? 何のイベント? 智恵理が相変わらず撮影しているのが気になるんだけど……。


「1番! 岡里セシル! 職業はYouTuberやってます!」


 せしるんが急に右手を上げて宣言した。あ、これは完全に酔っぱらってる! いつの間に!? 誰だ!? 飲ませたの!


「今から、プロポーズします!」


 は!?


 俺の前にはレジャーシートが置かれていた。幾重にも折りたたまれているので少し分厚くなっている。その上にせしるんが片膝立ちでしゃがんだ。


 何? 何が起こるの!? どういうこと!?


「お父さん! お父さんのお父さんらしいところが大好きになりました! 若造ですけど、結婚してください!」


 せしるんが両手でさっきのブーケを俺に手向けてる。


 ちょっと待って! これプロポーズじゃん! いや、逆プロポーズ!? しかも、ガチのヤツ! ちょっと前ならフラッシュモブ的な……。めっちゃ断りにくいやつ!


 慌てて俺は周囲をきょろきょろしてしまった。


 少しだけどお酒も入った席でみんな楽しくなってる。拍手したり、指笛を吹いたり……。めっちゃ煽られてる!


「ほら! 若いおなごが結婚してって言うとるばい! 女に恥ばかかせんごと!」

「うらやましか!」

「よっ! 次期村長!」

「におうとるぞ!(にあってるよ!)」

「男、見せんかい!」


 もう、ヤジみたいになってる。


「「「けーっこん! けーっこん! けーっこん!」」」


 次第に、結婚コールに発展。みんなの手拍子が揃ってる。俺だけアウェイ。こんな風に注目されるの苦手なんだよ!


「お願いします! お父さんと娘さん達を幸せにします!」


 うわーーー、俺の一番弱いところをピンポイントで攻めて来る!


「おねえちゃん……」


 お姉ちゃんの方を向いて助けを求めてみる。


「ほら、お父さん。せしるんが頑張ってるよ!」


 ダメだ。お姉ちゃんはせしるんの味方だ。


「智恵理……」


 こうなったら、クールで雰囲気に流されない智恵理が頼みだ。


「はい、お父さん。そこはぐっと抱きしめて、ぶちゅーーーっっとキスを! 良い画を期待してる」


 あーーー! ダメだ、動画クリエイターとしての血が沸き上がってる!


 恐る恐る、せしるんの方を見た。


「ダメですか? 何でもしますから!」


 片膝立ち継続で半分涙目だ。あ、俺、何か悪いやつみたいになってる。


 俺だって、せしるんのこと嫌いじゃない。むしろ好きだ。でも、娘っぽい要素もあるからで……。


「あー、もう! 俺の負けだ!」


 俺はブーケを持った、せしるんをそのまま抱き上げた。お姫様抱っこってやつ。


「若くてかわいい嫁とか最高じゃないか! ピンク髪? どんとっこい! YouTuber!? なんぼのもんじゃ!」


 俺はせしるんを抱きかかえたまま持ち上げた。せしるんは軽いので俺にとっては楽勝だった。


「きゃあ! お父さん! 危ない!」


 せしるんが慌てて俺の首に抱き付いた。


「もう、歳の差なんか気にするかぁーーーっ! 俺がお前を幸せにしてやるーーー!」


 俺が叫ぶと周囲の人がパチパチと拍手をしてくれた。何かエヴァンゲリオンの最終回みたいになってる。あ、テレビ版ね。今更ながらめちゃくちゃ恥ずかしい。


 そして、この様子は後日編集され、せしるんの番組で公開された。


 沈む夕日をバックに、せしるんがブーケを俺に手渡し、俺がせしるんごと受け取るシーンがほぼノーカットで公開された。


 公開プロポーズは動画的にそれほど数はない。しかも、ネタじゃなくガチのプロポーズ。


 せしるんの泣きそうな声が、これは作りものじゃないと見る人々を惹きつけた。もちろん、人気YouTuberの突然のプロポーズと相まって翌日のネットニュースをにぎわした。


 当然ながら、「相手のおっさんは誰だ!?」って話になり、村にタダの家に住み、仕事もしていない無職……ってことになりそうだったので、急遽引継ぎなしで俺が村長を就任してしまった。


 村としてはお祝いムードでプラスイメージで押していきたいところ。無職ではダメだったのだ。数日後には、俺は「村長」となっており、せしるんは「村長の奥さん」ということになっていた。


 公開プロポーズ動画の拡散により、せしるんも登録者数が100万人越えし、これがまた話題になった。


 ちなみに、バーベキュー場は「あそこで夕方にプロポーズすると、少々無理でもOKが出る」というわけの分からないラブスポットとなり、連日バーベキュー希望者の客が押し寄せるようになったのは別の話だ。


 更にその後の後日譚として、5人のハーレーのお兄さん達はバイク乗り達の間では割と有名な人だったらしく、糸より村でのバーベキューをめちゃくちゃに褒めてくれていた。さらに、動画で話題になっているプロポーズの現場に居合わせたことを動画でも言ってくれて、バイクでのお客さんも劇的に増えてきたのだった。


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