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第72話:スーパーの視察からの

 せしるんの公開プロポーズ動画はかなりのインパクトがあった。せしるんのひたむきな感じがかなりの女性の共感を得た。圧倒的に男性比率が高かったのだが、せしるんの登録者は女性比率が上がった。


 もちろん、男性からもあんな風に求婚されてみたい、と話題にはなっているが、その求婚が自分に向けられたものではなかったので、すねている感はある反応だった。


 しかし、それらの感情を原動力に爆発的な拡散力で「糸より村」の名が世に知れ渡り始めた。


 人気の直売所があること。


 人気YouTuberが3人も住んでいること。


 月1でイベントが行われていること。


 話題の民泊もできて、田舎暮らし体験ができること。


 なんだその村!? 村ってなんだよ!? とにかく行ってみっか!


 様々な要素が一気につながった。これまで撒いてきた種が一気に芽を出し、花が咲いたような状態になった。「バズる」というのはこういうことを言うのだろう。


 村は沸きに沸いていた。


 そして、糸より村の野菜は自然とブランド化していった。村の直売所には連日のように人が押し寄せ、野菜を出しても出してもなくなる現象が続いた。


 今まで糸より村の野菜はスーパーなどでは「福岡県産」と表示されていたが「糸より村産」と表記され、他と区別されるようになった。


 当然、スーパーでは特設コーナーが設けられ、他の野菜とは置き場も変わっていった。


「お父さん、ここにも糸より村の野菜が置いてありますよ」

「ほんとだ!」


 俺とせしるんは調査のため、福岡市内のスーパーを回っていた。


「ここは特設コーナーじゃないか!? 店の入口近くに別棚を準備してくれてる。ありがたいな」

「ありがたいですね!」


 現場で良い扱いをしてもらってると、自分のところの野菜だって分かってるのに、ついつい買いたくなるのはどんな心理だろう?


『話題の糸より村野菜』


 なんてポップまで準備してくれている。俺は嬉しくなってそのスーパーの店長さんに挨拶させてもらうことにした。


 気分は良いレストランで美味しい料理が出てきたときに「シェフにお礼を!」みたいな気分。ただ、むこうは仕事中。手が空いていれば……ってのも付け加えた。


 俺達はスーパー内にある事務所に通された。


「こんにちは、善福熊五郎です。焼酎みたいな名前ですが本名です。今は糸より村の村長をやらせてもらってます」

「岡里せしるです。アイドルみたいな名前ですが、偽名です。今はYoutuberをやらせていただいてます」


 偽名かーい! そう言えば、以前免許証を見せてもらったとき写真と生年月日は見たけど、名前は見なかった。あとで確認だな。


「ようこそいらっしゃいました! お噂は伺ってます! 私は店長の……」


 こちらの店長さんはたまたま「くまくまみゅー」のファンだったらしい。見た目は俺と変わらない感じの40代くらいのおじさん。どういう目線で娘のファンなんだろう……。


 あと、YouTubeも登録者数が100万人超えてくると街で声をかけられたり、知っていると応援されたりするものらしい。店長のくまくまみゅーファンってのはないことはない、と後でせしるんに教えてもらった。


「もちろん、せしるんさんも存じてますよ! ご結婚おめでとうございます!」


 あ、そんなことまで知ってるなんて、社交辞令じゃないやつだ。


「糸より村の野菜は今話題ですぐに売れてしまいます!」

「ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ!」


 すごく好意的だった。それだけ喜んでくれているみたいで嬉しい。


「糸より村の野菜の魅力って何でしょう? お店の方として……」


 もはや俺達は当事者過ぎて自分達の野菜の良さのポイントが分からなくなってきていた。直売所に置けば売れる。出荷したら全数買い取られる。つまり、何でも良くなってきつつあった。


 こういうときって品質が落ちてくるのが常。今のうちに魅力をハッキリしておきたいと思ったのだ。


「もちろん、今、話題ってのは大きいと思います。スーパーでも、時々ヒット商品があって忙しくなることがありますから」

「スーパーでヒット……ってどんなのがありますか?」

「ああ、そうですね。具体例があった方が分かりやすいですね。そうだなあ……仮面ライダーのお菓子とかですかね」


 なるほど。俺も買ったことある! 娘達にはあんまり響かなかったけど、男の子なら絶対にハマるはず、と思ったんだ。


「オーメダルとかすごかったなぁ……。お客様から在庫確認の電話がかかってきてました。次の入荷予定とかも。問屋さんしか分からないから答えられなくて……」


 オーメダル……。流行ったもので世代が分かるのか。俺とは微妙にズレてるのが分かった。せしるんは笑顔で首を傾げてる。知らないんだろう。


 仮面ライダーについて帰ったら話そうか……多分引くだろうな。でも、ニコニコして聞いてくれそう。負担にならない程度教えるか。


「ただ、糸より村の野菜の魅力は一時的なものだけではないとも考えてます」


 ちょっと話の方向が変わった? 店長さんの顔がさっきの雑談モードからプロの顔に変わった。


「あの動画ですね。畑を耕したり、草を抜いたり。一見地味ですが、見た人は深層心理で『糸より村はちゃんと野菜を作ってる』って理解します。他の野菜もちゃんと作ってるとは思うんですが、それを伝えているのが大きいでしょうね」


 その動画の多くはせしるんが作ったもんだ。俺は横に座るせしるんを見てみた。


 口元を両手で押さえちょっと涙ぐんでる。


「せしるんの頑張りが糸より村の野菜のブランド化に一役買ってるってさ」

「……もう……なんか……(ぐずっ)……あの……(ずすっ)……」



 言葉になってない。せしるんはずっと自分に自信を持てないでいた。何ができるか悩んで何にでも挑戦していた。


 そして、自分でも気づかないうちに成果を上げて、予期せぬところから褒められたんだ。びっくりする気持ちもあるし、嬉しい気持ちもあるし、感情が溢れてるんだろう。


 何か見ててこっちまで感動してきた。


「あの……すいません。これ……」


 店長さんが、気を使ってくれてテーブルの上に置かれていたティッシュを差し出してくれた。


「ありがとうございます。あの動画の多くは彼女が作りました。本人、最高に嬉しかったみたいです」

「そうでしたか。いやどうも……」


 いつの時代も、男は女の涙には弱いのだ。


 そして、このことでお互い親近感がわいたというか、仲良くなったので意外な方向へ話が進んだ。


「糸より村様としては、今後野菜の生産量は増やしていかれますか?」


 そんなのもちろん増やしていきたい! 農家さんも頑張っている。


「はい。土地だけはたくさんあるので、今みんなで耕してます。人が足りないから都会に出た子どもとかも少しずつ戻ってきてくれているみたいで」

「それは何よりですね。もし、可能なら直接取引き……できないでしょうか?」


 願ったり叶ったりの申し出だった。


「いいんですか!?」

「こちらこそですよ!」


 話を聞くと、スーパーとしては出せば売れる商品はありがたいのだとか。しかも、それ目当てでお客さんが来るようになったら言うことない、と。


 価格的にも中間業者を外すので、村としては高く買ってもらえ、スーパーとしては安くいしれられるのだとか。


 じゃあ、どこの都道府県、市区町村もそうすればいいと思ったけど、農家と店のマッチングなんてまず機会がないのだとか。あえて言うなら、それがJAなのだ。


「JA大事ですね!」

「大事ですね」


 店長さん笑ってた。俺もいま勉強になってる。世の中ってこうなっていたのか。


「あ、でも。そしたら、JAに目を付けられないですか!?」

「ははは、糸より村の野菜は別格扱いだから気にしないでしょ」


 スーパーには「棚」って考えがあるようだった。俺に言わせれば「棚」って言ったら、単なる「棚」で、それ以上でもそれ以下でもない。


 ところが、スーパーとしては「キャパ」という意味合いもでてくる。棚はやたらめったら置いたらいいわけじゃない。店の広さは決まっているので、置ける棚の数にも限界がある。


 通路が狭いとお客さんが嫌がるので、適正な数も存在する。


 つまりは、置ける商品に限界があり、売れない商品は売り場面積当たりの売上げを下げる存在なのだという。


 俺はこんな考え方をしたことがなかったので目から鱗だった。


「スーパーの場合は、置いている商品はどこもそれほど変わりませんし、今の時代価格もほとんど変わりません。お客さんが来てくれることが大事なんです」


 単に商品を置いてほしい業者さんがいたとしても、その商品を置くということは、元々そこにあった商品がなくなるわけか。それなりに店側にメリットがないと実現しないのか。世知辛い。


「あとは、うちは複数店舗持ってますので、口座は本部で開いていただく必要がありますね。その点は私がサポートしますので」

「口座……? ですか?」


 銀行口座? 俺がピンと来てないのが伝わったのだろう。店長さんが教えてくれた。


「えっと……契約ですね。これまでは、代理店さん経由で商品を入れていただいていたので、糸より村様とは直接のルートがありません」


 なるほど。お互いのことも知らないし、どれくらいの商品をどれくらいの頻度で収めるかとかも事前打ち合わせとかがいるのか。支払い方法も現金なのか、振込なのかとか。


 待てよ? ……と言うことは、こっちも会社じゃないとダメかな!?


「あのー……実は……」


 俺は正直に言った。糸より村は直売所ありきて来たので会社組織ではないことを。そしたら、必ずしも会社ではなくても取引はできると教えてくれた。


 ただ、全く意味が分からない。狭間さんに相談する案件が増えたな。


 俺達は本部の担当者を紹介してもらい、後日契約を正式に交わした。


 実は、正式契約する前に実際の取引きは始めてくれた。それだけ糸より村の野菜について興味を持ってくれているってのが嬉しかった。


 本部への挨拶のときは、店舗のあの店長さんが一緒に来てくれたのはすごく助かった。きっと、くまくまみゅーのファンであり、せしるんのファンにもなってくれたんだろうなぁ。


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