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第73話:お父さんの豪遊と贅沢

 スーパーとの直接取引を始めるに当たって、やっぱり株式会社にした方がいいと狭間さんには教わった。


 理由はいまいちピンとこなかったけど。


 社会的信用度が高い。

 資金調達がしやすい。

 節税になる。

 社会保険に入れる。


 総じて、「信用ができる」ってことかな。つまり、高鳥さんが教えてくれた「ブランド化」と同じ考え。


 じゃあ、やらない理由はないと会社を作ることにした。


「株式会社 糸より村」


 これだ! 村長……いや、元村長にも相談に行った。社長をやってもらおうと思ったのだ。せしるんとともに元村長の家を訪れた。


「社長やと? わしが?」

「はい! スーパーとの取引には会社の方がいいらしくて……社長をお願いするなら村長……いや元村長しかない、と!」


 元村長はあぐらのまま少し考えて訊いた。


「会社名は?」

「株式会社 糸より村にしようかと」

「ふぁっふぁっふぁっ」


 元村長さんが笑い始めた。


 俺は横のせしるんと顔を見合わせる。どうやらせしるんも何がおかしいのか分からないらしい。


「そんな会社の社長なら、お前さんしかおらんじゃろ! そりゃ、霞取のとこに行っても断られるぞ」


 何言ってんのくらい笑われた。


 俺が? 社長!? 社長ってえらい人がなるもんじゃないの!?


「俺、中卒ですよ?」

「またそれか。社長ってのはな、学歴とか関係ないんじゃ。そんなもん気にするやつは雇われる気まんまんのやつじゃ。わしの知り合いの社長はみんな高卒ぞ」


 あとで調べてみたら、日本には会社が400万社くらいあるらしい。その社長のうちの約4割は高卒だった。2代目社長は高学歴の傾向にあるから、その分外したらもっと割合が高そうだった。


「会社にするなら、困ったときにカネを貸すやつがいるじゃろ。わしは相談役とか顧問とか適当に入れとけ。ついでに霞取も。イザとなったら貸してやる。社長はお前さんがやればいい。社員も好きなやつを雇えばいい」

「俺……社長?」


 せしるんの方を見てつぶやいてしまった。


「わたっ、私、社長の奥さん!?」


 俺とせしるんはその日、妙なテンションになってしまった。


 ○●○


「みんな! 行くぞ!」

「「「おーーー!」」」


 俺の軽自動車に娘二人とせしるんと俺。俺の目指す店は村の中にはない。ひたすら走ってある店を目指す。


 俺は贅沢に豪遊する予定だ。村の中ではできない豪遊。


「お父さん、どこに行くの?」

「今日はいいことがあったから、豪遊だ! 贅沢するぞ!」

「えーーー↓」


 お姉ちゃんがちょっと引いてる。


「お姉ちゃん、お父さんは社長になることになったんだよ」

「……そ、そうなんだ」

「仕事らしい仕事に就けてなかったけど、これからは社長だから!」


 俺は一生懸命すごいことだって伝えてるのに、お姉ちゃんはテンションがどんどん下がっていく。


「智恵理も分かるだろ!? これからはお金持ちだからな!」

「あーーー、うんーーー」


 いつもテンションが低い智恵理がますますテンション低い。


 それでも、せしるんは分かってる。俺を理解してくれてる。


「せしるんは分かるよね?」

「はいっ! 村の中ではできない豪遊ですね!」


 そうそう。分かってる!


 俺が目指す店に着いた。


「ここだ!」

「お父さん、あのね……」


 お姉ちゃんが俺に何かを言いかけたけど、着いた店を見て言葉を止めた。


「お父さん……豪遊って……ここ? 贅沢……?」


 俺がみんなを連れてきたのは回転寿司屋。チェーン店の有名回転寿司屋。月一とは言わないけど、たまに家族で来ていた店の別店舗だった。糸より村の家に近い店舗。


「豪遊とは……」


 智恵理も何だか引いている。


「お父さん今日は贅沢して茶碗蒸し頼んじゃうぞぉ!」

「茶碗蒸し……」

「ぷっ……茶碗蒸し」


 俺の宣言にお姉ちゃんは脱力。智恵理は笑ってる。


 せしるんは両手でこぶしを作って臨戦態勢だ。「食べるぞぉ!」って意気込みがうかがえる。


 お店は家族客を中心に満席だった。席が空く間に待合いスペースの椅子に座って待った。その間に娘達には事情を話した。スーパーに行ったこと。直接契約できそうなこと。糸より村も会社組織を作ること。


 そして、その会社の社長に俺が着任すること。


「あーーー……お父さん、おめでとう」

「ありがとう!」


 何か含みがある感じの「おめでとう」をお姉ちゃんからいただきました!


「お父さんの『豪遊』って、茶碗蒸し?」

「普通に寿司食べた上に、茶碗蒸しだぞ!? 豪遊じゃないか! 贅沢だろ。王様の食事だぞ!?」

「そうだね……」


 智恵理が笑いを堪えてる。動画を撮るのを忘れてないのは何かに使うのか!?


 しばらくして、席に案内され四人とも席に着いた。せしるんは自然と俺の横、テーブル向かいに娘が座っている。


「お父さん、私ね……。お父さんが変わってしまうって、ちょっと怖かったの」

「ん?」


 お姉ちゃんが俺のことを諭すみたいに静かな口調で言った。ちなみに、まだお皿は取ってない。俺はマグロの赤身の皿を取ったところで、皿を持ったままテーブルに置く前で止まっている。


「茶碗蒸しは食べていいし、何なら『特大本ズワイガニ一貫』を食べてもいいから、お父さんはお父さんのままでいてね」

「ズワイガニは高いやつじゃないか」


 ここで智恵理も質問してきた。


「お父さんにとっての『豪遊』ってなに?」

「お父さんにとって、豪遊とか贅沢って言ったら、お前達と一緒にご飯を食べれることに決まってるじゃないか」

「「……」」


 急に娘達が、醤油やお茶を準備してくれた。接待みたいで嬉しい感じ。


「せしるんはどう思ってるの?」

「私ですか? お父さんの仕事がうまくいくように私のできることをしようと思ってます」

「そうじゃなくて、贅沢って……」

「会社を作るお話が決まったとき、お父さんが娘さん達とご飯を食べに行きたいって聞いたので、とても良いことだと思いました」


 お姉ちゃんも智恵理も「ああ、そういう……」と納得したようだった。糸より村の中には回転寿司屋がない。食べに行くならみんなを連れて行くしかなかったんだけど……。変だった?


 後で聞いたところ、お姉ちゃんと智恵理は俺が会社の社長になると聞いて、調子に乗って大豪遊して散財するようになることを心配したそうだ。


 俺としては、お姉ちゃんと智恵理の高校、大学の費用とか、成人式のときの着物代とか、結婚するときのお金とか……いっぱいかかると思っていたので散財するようなことは考えられない。


 俺が今回のスーパーマーケットチェーンとの契約は絶対に成功したいと言ったら、お姉ちゃんと智恵理がその場で提案してくれたことがある。


 まさか、こんなプロジェクトがチェーン店の回転寿司屋で寿司を食べながら企画されているとは誰も考えなかっただろう。


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