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第74話:「仲良く」の意味

 福岡市内のスーパーのチェーン店との契約をすることになった。こちらも「株式会社 糸より村」を興すことになった。


 契約するからには絶対に成功させないといけない。俺はそう考えていた。ただ、どうしたらいいかはこれから考えることにしていたのだ。


 そこでお姉ちゃんと智恵理がその場で話していたのは「イベント」だった。


 今回のスーパーのチェーン店は福岡市内で10店舗あるって言ってた。一斉に糸より村の野菜の販売開始するのではなく、順次開始していくことを提案された。


 そして、販売開始店舗ごとに当日お姉ちゃんと智恵理、そして、せしるんがイベントをするのはどうかという提案だ。


「お店の人としてはお客さんがたくさん来てくれたら嬉しいんだよね?」

「そうなるね。お父さんが話を聞いた店長さんもそう言ってたし」


 そんな会話はあのお寿司屋さんでのこと。娘たちと「豪遊」中だ。もちろん、茶碗蒸しも頼んだ。


「公開収録を各店舗でやるのはどうかな?」

「村でのあのイベントを?」

「あそこまで大々的じゃなくても、ミニライブとトーク収録、握手会とかも」


 完全にアイドルイベント! あ、ローカルアイドルってそのために必要だったのか!? 俺はまた一つ世の中の理を知った。


 俺は以前、狭間さんに色々相談してたとき商売において重要なことを聞いていた。商売の基本は、安く仕入れて高く売ること。そのためには商品に付加価値を付けること。あの「名前をつける」もその一つだった。


 そう考えたら、付加価値を付けるのにも通常なら費用はかかる。何かの商品を考えたら、余計に色を塗るとか、ノベリティを付けるとか。


 でも、お姉ちゃんの考えたことはお金がほとんどかからない。


 つまり、お姉ちゃんと智恵理、せしるんがイベントをして集客するのならば、お店としては嬉しいのだ。そして、こちらとしてはほとんど費用がかからない。


 こっちは労働だけで、相手は価値のあるものを得られるのだ。お店としても糸より村の野菜を仕入れる目的は集客なのだから、それが実現するんだし喜ぶだろう。


 しかも、事前にYouTubeを使ってのイベント告知を行う。さらに、今回は福岡市内ということで年齢層に関係なく行きやすいのだ。糸より村に行くとしたら福岡市内から車で約1時間かかるのだから格段に良くなる。


 糸より村での集客実績を考えたら大型店舗からイベントをしないと駐車場に車が入り切らないし、お店に人が押し寄せることも考えられる。


 せしるんは話を聞いてノートパソコンで企画書にまとめていく。いつも持ってんの? それ。


「各店舗用にお店の応援コメントとか、商品の紹介音声とかを作って、定期的に店舗内で流すとかは?」

「それもいいな。イベントの日だけじゃなくて後日にも来てくれるかも」


 お姉ちゃんのアイデアはすごい。即採用だ。


「店舗へのお忍び訪問動画とかどうですか?」


 今度はせしるんのアイデア。


「あ、それいいね。普通に店舗紹介よりやりやすいし、見てて楽しそう」


 お姉ちゃんも同意らしい。


「私は混んでるとこは行きたくないから、来客数とか知りたい」


 智恵理はいつも現実的だ。


「なるほど、来客数が分かるとイベントの効果も数字で見やすいな……店舗ごとの効果も分かりやすいし、あんまり効果が振るわない場合の対策も考えられる……か」


 悪いことばかりじゃない。やって見る価値はありそうだ。


「私、レジ打ちしてみようかな……」

「それはレジが長蛇の列になってお店にめいわくかけるからやめときなさい……」


 せしるんの提案は却下だ。なんか嫉妬的なもんじゃないぞ? 純真にお店のことを考えてなからな!? 絶対に嫉妬じゃないから!


 ワイワイ言いながら、寿司を食べながら、企画は進んでいた。その後、狭間さんにも相談して、元村長さん、霞取さんにも話を通してからスーパーの本部に提案した。


「ぜひ、やりましょう!」


 瞬殺だった。


 あと、狭間さんのところもスーパーを1軒経営しているらしかった。


「うちとも契約してください」って言われたのはリップサービスかな? ホントに契約してくれたけど。


 ○●○


「お父さん、お寿司屋さんじゃ飲めなかったでしょ? 今日はせしるんのところで飲んでおいでよ」


 飲酒運転は絶対にしないので、みんなで外食したときは俺は飲まない。


 確かに祝杯も悪くないだろう。せしるんにも俺にも家があるので、せしるんのところに泊まったことはあまりない。あの熱を出した日くらい。たまには悪くないか。


「簡単なおつまみならすぐ作れますよ」

「じゃあ、お願いしようかな」


 せしるんも何か作ってくれるらしい。お腹はいっぱいだけど、飲むアテがほしいな。嬉しい申し出だ。


「じゃあ、お父さんお借りしますね。明日にはお返ししますので」

「いいのいいの。明日はお休みにしてゆっくりしてきたら?」

「……はい、じゃあ。甘えます……」


 せしるんとお姉ちゃん……どっちが年上だっけ??


 俺は一旦、娘達を家に送っていき、その足でせしるんの家に向かった。


「おかえりなさい」


 うちはうちでうちなんだけど、せしるんの家もうちっていっていいのか……な?


 こうして「おかえりなさい」が聞けるのは嬉しい。元妻に離婚されてひとりになったときが思い起こされる……。小さいけどトラウマになってるのかな。


 せしるんとは結局、結婚することになったのだから。元の嫁を思い出すのは申し訳ないかな。


 ん……? ちょっと思いだしたぞ!? 俺……42歳男。せしるん……20歳女。俺達夫婦……?


 一つ屋根の下、お酒を飲んで……。なにも起こらない未来を思いつかない……。


「お父さん、純米大吟醸を霞取さんからいただいてるんです!」


 あのついつい飲み過ぎるやつ……そして、せしるんが ぐでんぐでんになっちゃうやつ……


「せしるん、ほどほどにね……」

「はい!」


 その元気のいい返事が、心配すぎる……。


 〇●〇


 気付いたら……朝だった。翌日になってた。


 あ、知らない天井だ。一応、言っとかないとね。


 俺は2階のせしるんの部屋に敷かれた布団で寝てた。……裸なんだけど。布団の隣には……


 せしるん!


 しかも、裸だ!


「あ、お父さんおはようございます」

「おは……よう……」


 もう、確認するまでもない。でも、一応……。


「せしるん?」

「はぁ……お父さん……すごかった」


 え!? 何!? 何か思わせぶりなことを言って、実は別のことって話だよね!? その潤んだ瞳は何!?


「あんな世界があるなんて……、お父さん40代って嘘でしょ。どうなってるんですか。あ、私、腰がぬけて……」


 いやいやいや……。


「私、お父さんのこと好きでしたけど……もっと好きになりました」


 首に抱きつかれたんだけど、嘘だよね!?


「キスってあんなに種類があるんですね。ちょっと病みつきかもです」


 いやいやいや、知らないから! キスってそんなに種類あるの!?


 ……この後、昼まで「仲良く」することになった。


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