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第78話:不倫相手店長のその後

「あっはっはっは! それは災難でしたね!」


 俺の災難を笑ってくれたのは狭間さん。既に電話で報告はしていたものの、あれから少し時間が経って、俺は「朝市」まで狭間さんに会いに来ていた。なんか、笑ってもらって「笑っていいんだ」って思って気が楽になった。


「お茶をどうぞ」


 美人秘書東ヶ崎さんがお茶を出してくれた。ここは「朝市」内の事務所。


「ありがとうございます。いただきます」


 今日も東ヶ崎さんは美人だなぁ、なんて思ってたら、横でせしるんが俺の服の裾を摘んでる。いや、そういう浮気的な気持ちじゃないから!


 せしるんの方を見て微笑み、安心させる。


 いや、ホントに美人なんだよね、東ヶ崎さん。しかも、仕事ができるらしいし。


「せしるんさん、大丈夫ですよ。東ヶ崎には心に決めた人がいますから」

「もう! お嬢様! 揶揄わないでください!」


 そう言ったのは、「朝市」オーナーの高鳥さやかさん。この二人も何だか姉妹みたいで見てるだけで微笑ましい。


 高鳥さんは「かわいい」と「美人」が同居する美形なんだよね。俺とは別の生き物じゃないだろうか。


 せしるんが俺の手に指を絡めてきた。やきもちか? 他所に気持ちが行ったりしないのに。俺ももう一方の手を彼女の手に添えた。


「仲良しなんですね。羨ましいです」


 高鳥さんが笑顔で言った。


「こ、今度はちゃんと、休み作りますから!」


 ここで予想外に狭間さんが慌てて参入。あ……(察し)。この二人も何かあったのかな? 今の高鳥さんの言葉は俺達に向けられたものではなかったようだ。


 東ヶ崎さんも高鳥さんも笑ってるから、変な感じではないんだろう。それにしても、美人が笑うともはや兵器並の破壊力がある。これは狭間さんは大変そうだ。


 俺は、せしるんだけ見ていればいいのだから話しは簡単だ。年齢差もあるから、年上として彼女を親的な目線で見てあげないといけないときもあるだろう。そして、夫婦として対等な目線も必要だ。俺は気づかないことも多いし、彼女の動画コンテンツにはリスペクトの気持ちも持ってる。


 最近、せしるんのことを考えることが多くなった。結婚してから益々好きになってるのは変かな?


「あ、そうだ。あのとき、狭間さんが契約は即決しないでって言ったのはどんな意味があったんですか?」

「ああ、それを言ってませんでしたね。話が変な方向に脱線してしまって……すいません」


 狭間さんも慌てるんだ。高鳥さんも東ヶ崎さんもすごい。


「以前、糸より村について調べたり、善福さんのことも調べさせてもらってるとき、元の奥さんとその浮気相手のことも分かってきて……。今回の契約はビジネス的には何にも知らずに契約した方がいいのか、不倫相手だと知らせて報復的なことをしてもらった方がいいのか、少し迷ってたんです」


 なるほど。狭間さんは全部知ってたのか。俺もある程度話したしな。考えてみたら、道の駅の相談に俺の離婚の話とかまでしてたけど、全然関係なかった……。恥ずかし。


「じゃあ、断っても良かったってことですか?」

「そうですね。10店舗とはいえ、ビジネスなので取れれば最高だったのですが……」


 やはり、この場合俺は私怨でビジネスチャンスを失ったやつってことか……。狭間さん達をがっかりさせただろうなぁ……。


「そこで俺達は次の手に出ました」

「え?」


 話が続くとは全く考えてなかった。


「あの会社の持つスーパーは10店舗。福岡市内には同規模の会社がいくつかあります。言ってみれば、一番難しい規模なんです。全国大手でもない。地元でも立場を確立しきれてない。特徴もない……」


 それはあの店長も言ってたな。


「ここんとこかなりスーパー部門の経営は赤字になってたみたいです。本部としても切り離しを考え始めていたみたいですね」

「へー」


 急に規模の大きな話になって、完全に俺の手を離れた感じ。


「これはまだ決定ではないので、お知らせしてなかったのですが……」


 せっかく来てくれたから、と前置きをした上で、狭間さんはとっておきの秘密を教えてくれた。


「ここにいる高鳥が、あの会社のスーパー部門を買収者する方向で動いています」

「はあーーー!?」「えーーー!?」


 俺とせしるんの声がハモった。


「現実的にはもう少し詰める必要がありますけど、あと半年から一年では買い取れるかと」


 すごいなぁ。


「あ、そのときは糸より村の野菜の直取引、お願いしますね! イベントも」


 負けたーーー。勝てるとは最初から思ってないけど、この人達には全然勝てる気がしない!


「今回の契約を逃したことと、元々経営を悪化させたり、従業員との不倫で相手の家庭を壊したりしたことは本部としてもよく思ってなかったみたいです」


 高鳥さんは涼しい顔で補足説明してくれた。


「件の焦土嵜氏は既に本部の会社からも放出されて、社宅扱いになっていた大きな家も取り上げられたみたいです」

「え? そうなんですか!?」


 俺の復讐までやってくれたなんて……。確かに気に入らなかというか、悔しい気持ちがなかったわけじゃないんだ。


「じゃあ、あの店長、焦土嵜さんはどうなったんですか?」

「店長も解任で、店の清掃作業員として飼い殺しになるみたいですね」


高鳥さんの話では、一連の事情を聞いて本部が高鳥さんの会社にスーパー部門を買い取ってほしいので最大限アピールしているのだそう。


そりゃあ、契約を1個逃したくらいで降格とかないよな。これまでも色々やっていたのだと予想される。


「スーパーでも特に手腕を奮っていたわけでもないですし、他に行ったら生きていけないでしょうね。多分、買収が終わるまでその調子だと思います」


 高鳥さんは、背中を丸めて駐車場を掃除するあの店長だった。遠目の写真なのに白髪が増えてるような……。写真まであるなんて、説得力が半端じゃない。


 あの人、何もかも失ったのか。ざまあみろって感じ。やつに奥さんや子どもがいないことを願うのみ。


「ん? 買収まで? その後は……?」

「私の会社になったら、その働きを見てそのとき判断しますね」


 高鳥さんはにっこり笑顔だ。満面の笑顔。いや、この人絶対ただもんじゃない! 始末されちゃんうじゃないだろうか。


 やつの不遇はまだまだこれからみたいだな。



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