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第2話 使用人ララ

 シリルは桜を部屋に押し込むと、鍵をかけて行ってしまった。

 一人残されて、桜はその場に立ち尽くして泣いていたけど、すぐに袖で涙をぬぐう。泣いていても何も変わらない。今はどういう状況で、これからどうすべきかを考えなきゃ。

 とりあえず窓へ行き、外を確認する。よく見ていなかったから気づかなかったけど、ここにもバルコニーがあり外に出られる。しかも窓に鍵がかかっていない。桜は窓を押してバルコニーに出た。手すりから下をのぞく。先ほどのバルコニーと同じくらい高い。ここからは下りられそうにない。そもそもここを出ても、行く所なんてない。

「シリルの言うとおり、ここで働くしかないのかぁ。でも何をするんだろう。私、カフェのバイトしか、やったことないよ?」

「失礼します」

 かすかに声が聞こえて、桜は急いで部屋に戻る。そして扉に向かって「はい」と答えると、鍵が開く音がして、こちら側に扉が開き、若い女の人が入ってきた。

 女の人は、桜を見て驚いた顔をした。シリルと同じ反応だ。しかし、すぐににこりと笑い「体調はどうですか?」と聞いてきた。

 そういえば目まいがするんだった。背中も痛い。驚きすぎて忘れていた。

 桜は「目まいがします。あと背中が痛いです」と言いながら、ベッドに座る。

「ええっ!大変っ」

 女の人は、手に持っていた大きなかごを、近くの棚の上に置くと、部屋の奥の棚まで進み、引き出しを開けて、小さな容器を二つ取り出した。先ほど、シリルが取り出した容器が入っていた場所だ。

 便利な引き出しだな。他には何が入ってるのだろう?後で見てみようと、ぼんやりと考えていると、女の人がそれぞれの容器から実のような物を摘まんで、桜の手のひらに乗せた。黄色い実と銀色の実だ。先ほどの実といい、派手な色が多いな。これも薬か?

「はい、どうぞ。こちらは目まいに効く薬です。もう一つは痛みに効く薬です」

「薬…。あの引き出しには、薬が入ってるんですか?」

「そうです。頭痛や腹痛、歯痛や吐き気止め、傷に塗る薬もありますよ。あ、申し遅れました。私、使用人のララと言います。シリル様に、あなたのお世話を手伝うように言われました。田舎娘で街での暮らしに慣れてないうえに、あの…ごめんなさいね?シリル様がおっしゃられていたのだけど、あなたがおかしなことを言うから、何かと教えてやれと…」

 桜は最大の「はあ?」が出そうになり、慌てて口を押さえた。

 シリルは失礼すぎる。お金持ちそうだけど、甘やかされて育ったんだな、きっと。だからあんなに失礼で偉そうなんだ。私のことをよく知りもしないのに、勝手なことを言ってくれる。完全に私の頭がおかしいとか思ってるよね?ああ!腹立つ!だけど今、ララの前で怒っても仕方がない。ララは言われたとおりに世話に来てくれただけだもの。次にシリルに会ったら、文句を言ってやる!

「あの、大丈夫ですか?」

 桜は口元から手を下ろすと、一度、深呼吸をした。そして優しく微笑んだ。

「大丈夫です。薬もありがとうございます。私は桜と言います。あの、シリルさんは思い違いをしているようなので訂正しますね。私は田舎娘ではないし、頭がおかしくもないです。ちょっと信じられないのだけど、別の世界からこちらへ来てしまったようなの。だからね、元の世界のことを話しても、こちらでは訳の分からないことに聞こえるみたいで。それでシリルさんは、おかしなことを言ってると思ったみたい」

「はあ…。何を仰っているのかよくわからないのですが。それとシリル様は、あなたには明日から働いてもらうとも仰られてました。ということは、シリル様はあなたの主になるのでは…。それならば、シリル様とお呼びした方がいいと思うのですが。サ…サー…ラ?様」

 ララに指摘されて、桜は首を傾げる。

 なぜ、様をつけて呼ばないといけないのか。私はシリルの使用人ではない。ここに置いてもらう代わりに、働くのは仕方がない。でも使用人になるつもりはない。第一、人に様をつけて呼んだことない。それに様をつけて呼ばれることにも慣れていない。

 桜はララを見つめる。

 ララが、後ろで一つに縛った薄いピンクの髪を揺らして、小さく首を傾ける。可愛いらしい髪色だ。ララの顔立ちによく似あっている。

「何でしょうか?サーラ様」

「ララさんは何歳ですか?」

「十九になります」

「あら。私と同じ歳ね!ぜひ仲良くしてほしいな。だから、私に敬語はいらないし、様もいらない。ね、ララって呼んでいいかな?」

 ララは、一瞬戸惑った様子だったが、すぐに微笑みうなずいた。

「いいので…いいの?でもサーラさ…は、田舎の貴族の令嬢ではないの?」

「まさか。まあ、少しはお金持ちの家ではあるけど、普通の家よ。あと田舎出身ではないから」

「そうなの?でも、肌は白くなめらかで手も荒れてないし、長い黒髪もサラサラだし。いい匂いもするし。それに何より、とても珍しい青い目をしてるし。もしかして神子みこなのかしら?」

「みこってなに?」

「神の意志を、神の代理として私達に伝えてくださる方のこと。それとも神本人なのかしら」

「いやいや、普通の人です。すごく褒めてくれてありがとう。あの、青い目って珍しいの?」

「ええ。初めて見たわ。世界中どこを捜してもいないと思う」

「うそ…。あー…だから、シリルは目を開けた私を見て驚いてたのね」

「サーラ、やっぱりシリル様って言ったほうが…」

「無理よ。私、人に様をつけて呼んだことないもの。慣れない」

 会話中にララが大きな籠から、白い陶器のティーポットと、同じく白いティーカップを出して、水を注いで渡してくれる。

「サーラ、先に薬を飲んで」

「ありがとう」

 桜は、手のひらの二つの薬を口に入れて水で流し込んだ。微かに舌に感じた味が苦く、渋い顔をする。

「ふふっ、そんな顔をしないで。きれいな顔が台無しよ」

「だって苦い…」

 桜は褒められたことは否定しない。クオーターのせいもあり、そこそこの美しい容姿をしていると、自分では思っている。でもそれは、元の世界での話だ。ここではどう見られるのかわからない。でも、桜がシリルを見て美しいと思い、ララが桜を褒めてくれたってことは、美的感覚は同じということか。

 桜がそんなことを考えていると、ララが大きな籠から、今度は服らしき物を取り出した。ブラウスとスカートのようだ。

「サーラ、これを。今日はゆっくりと休んでいるようにシリル様が仰っていたけど、もし起きて屋敷内を歩くようなら、これに着替えるようにって。靴はベッドの下にあるから」

「ありがとう…。部屋を出てもいいの?」

「もちろん?」

「だって、シリルが鍵をかけていったから、この部屋に監禁されてるのかと…」

「それは、サーラが寝巻姿でウロウロしないようにじゃない?」

「あ、これ寝巻なんだ」

「サーラは本当に何も知らないのねぇ。でも気をつけてね。シリル様の機嫌を損ねると、本当に監禁されるから」

「え?マジで?あの人、何者なの?」

「シリル様はこ…いくつもの事業をなさっている方のご子息です。すごいお金持ちなの」

「ふーん」

 やっぱりねと桜は納得する。お金持ちの自己中坊ちゃんか。

 衣食住がないと困るから、とりあえずここに置いてもらうけど。お金も持ってないから、できるだけの手伝いはする。そして何とか帰る方法を見つけて、大学生活に戻るんだ!相沢先輩に会うんだ!

 固く心に誓っていたら、眠くなってきた。薬を飲んだせいかもしれない。桜はララに断りベッドに横になろうとして、止められた。

「ちょっと待って。下履きだけつけて」

「下履き?」

 桜が不思議そうに聞くと、ララが「え?知らないの?」と目を丸くする。

そういえばシリルも言ってたな。パンツみたいなもの?

 ララが渡してくれた物を見て、桜は思わず「ふんどしっ?」と叫んだ。

 下履きってこれ?どうやってつけるの?てか、シリルやジャンはズボンを履いてたよね?ズボンを作れるのに、パンツを作れないってどういうこと?…はあ、嫌だけどノーパンよりはマシよね。

 桜はララに着け方を教えてもらい、何とか巻き付けて、ベッドに横になる。「また来るわね」とララが出ていき、扉が閉まると同時に目を閉じた。そして次に起きた時には、また目の前にシリルがいた。


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