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第3話 異世界ごはん

 桜は少しだけ目を見開き、ゆっくりと起き上がった。

 シリルも、曲げていた上半身を伸ばして、桜と向き合う。

「よく眠っていたな。体調はどうだ」

「…よくなりました。ところで、そう度々、女子の部屋に断りもなく入るのはどうかと思うけど」

「俺の屋敷の俺の部屋だ。どこに入ろうと自由だ」

「紳士は眠っている女子の部屋に断りもなく入りません」

「触れてはいない。文句を言われる筋合いはない」

「話が通じない…疲れる」

 桜はうつむきつぶやいた。

 もう、とりあえず極力私の前に現れないでくれるかな。ララといると落ち着くけど、シリルといると落ち着かない。

 ところで何をしに来たのかと顔を上げると、服を渡される。

「着替えろ。食堂に行く」

「食堂?あ、そういえば、朝から何も食べてない」

「腹が空いてるのだろう。眠っていても、ぐうぐうとうるさく鳴っていたからな」

「なっ!うそよ!」

「俺は嘘はつかない。それよりも早く着替えろ。料理が冷める」

「なら、出ていってよ」

「なぜ?」

「着替えるからよ」

「あちらを見ているから気にせず着替えろ。わかっているのか?おまえに拒否権はないのだぞ?ここに置いてほしいのなら、俺に逆らうな。だがまあ、不敬な話し方は大目にみてやる。おまえは田舎娘だから仕方がない」

「なっ!」

 桜はシリルから顔をそむけた。不覚にも泣きそうになったから。だけど絶対に泣きたくない。こんな奴に泣かされたなんて悔しい。

 桜は寝巻のすそを掴むと、たくし上げて一気に脱いだ。後ろで息をのむ気配がしたけど、もういい。見るなら見れば?紳士のすることじゃないけどね!

 ブラウスを着てボタンをとめ、スカートをはく。

 桜は思わず「うわぁ」と感嘆の声を上げた。とても肌触りがいい。特にブラウス。絹でできてる?柔らかくてサラサラしてる。えりもかわいい。繊細できれいなレースだ。スカートもかわいい。裾がフリルになってる。

 ララは、もう少し質素な服だったと思うのだけど。一応、私のことを客人として扱ってくれてるのかな。

 桜は「服、ありがとう」と言いながら振り向いた。そして驚く。

 シリルは桜から最も離れた壁に向かって、立っていたのだ。

「着替え終わったのか?」

「終わったよ。着替えるとこ、見てないの?」

「当たり前だ。見るものか」

 こちらを向き、ねたように答えるシリルを見て、桜は思わず笑う。

「ふふっ」

「何がおかしい」

「別に…。ねえ、この服すごく着心地がいいの。それに素敵。似合ってる?」

「ふん、まあな」

「素直じゃないわねぇ」

「黙れ」

 人を褒めたことがないんだな、とあわれみの目で見ていると、「なんだその目は」と睨みながら、シリルは桜の肩にカーディガンをかけた。

 桜は驚き「ありがとう」と言う。

「まだ冷える時期だから着ておけ、バカめ」と言いながら、シリルが顔をそむける。

 口が悪く態度も腹立つけど、さりげなくカーディガンをかけてくる所が紳士ぽいと見ていると、顔をそむけたまま扉を開けて行ってしまう。

「早く行くぞ」

「あ、待って待って!」

 桜は急いで靴を履く。そして気づく。裸足で屋敷内を走ったから、足の裏が汚れてるはずなのに汚れてない。ララが拭いてくれた?それともシリル…?まさかね。

 桜はシリルの後を追い、後ろを歩きながら聞く。

「ところで、私のカバンはどこ?」

「カバン?おまえは何も持ってなかったぞ」

「え?うそ…。あの中にスマホとかアイパッドとか入ってたのに…」

「ス…アイ?またおかしなことを言いだした。大丈夫か?」

 シリルが足を止め、怪訝な顔をする。

 桜は「大丈夫です」とだけ呟いて、早く行くよううながした。

 これ以上説明しても理解されない。また頭がおかしい人認定されるだけだ。それよりも、そうか…カバンは置いてきちゃったのかぁ。まあ、あったところで、スマホもアイパッドも使えないんだけどね。こちらには、スマホみたいな物あるのかな?なんか、何百年も昔の西洋の雰囲気がある所だし。建物とか調度品とかアンティークぽいし。だから電子機器なんてないよね…。魔術とか言ってたくらいだからね…。

 そんなことを考えている間に、桜がいた部屋の一つ下の階の、大きな扉の前で止まった。

「入れ」

「はい」

 桜は素直に返事をして、シリルに続いて中に入った。

「広い…」

 桜が寝かされていた部屋の三倍くらいの広さがある。あの部屋でも、元の世界の桜の部屋より、二倍以上は広いのに。そもそも、この屋敷がホテルみたいにめちゃくちゃ広い。掃除が隅々まで行き届いてきれいだし、白系で統一されていてオシャレだし。目にする家具や調度品も素敵な物ばかりだ。格式の高いホテルに来たようで、少しだけテンションが上がる。

 体調も良くなり、この状況にも慣れてくると、周りを観察する余裕が出てくる。桜がキョロキョロと部屋の中を見ていると、すでに席に着いていたシリルに、またもや怪訝な顔をされた。

「何をしている。落ち着きがないな。早くそこに座れ」

「あ、うん」

 机の角を挟んだ場所に座るように言われ、席に着く。

 部屋の中には、使用人らしき男女がワゴンの側に、側近らしき男がシリルの背後に立っていた。

 背筋を伸ばして座るシリルの姿は紳士だけど、いつも一言余計だよね、と心の中で文句を言う。しかし桜の表情から、文句があることに気づいたのか「なんだ?」と聞いてきた。

 桜は無表情で「なにも?」と返す。

 桜が黙ると、目の前に料理が運ばれてきた。

 使用人らしき男女が、ワゴンから料理を運んで並べていく。

 桜はまだ信じきってはいないのだけど、ここが異世界ならば、どんな料理が出てくるのかとドキドキしていたが、見た感じ、元の世界の食べ物とそっくりで安心した。匂いも見た目もコーンスープにそっくりな物、レタスにトマトにブロッコリー、たぶん鶏肉の香草焼き、それにパンもある。ガラスのコップには水と紫色の液体が。紫の液体はワイン?

 料理を並び終えた使用人が、部屋の隅に下がる。

 桜は他に誰か来るのかと扉を見たけど、誰も来る様子がない。そもそも並んでいる料理が二人分しかないから、誰も来ないことはわかっていたけど。シリルと二人で食事なんて嫌すぎる。それに疑問も浮かぶ。

 シリルは、この屋敷の主だ。桜のことを田舎娘だとバカにしている。しかも明日から働かせようとしている。ということは、桜は使用人みたいなものだ。その使用人と、なぜ一緒に食べるのか?シリルが何を考えているのか、さっぱりわからない。

 その時、シリルが机の上で両手を組んで目を閉じた。

 桜はシリルを凝視する。こういうシーン、映画で観たことある。神に祈りを捧げてる?教会がどうのと話していたから、信じる神があるのだろう。だけど桜は、その神がどんなものか知らないし、信じてもいない。だからいつものように両手を合わせて「いただきます」と言った。

 すぐにシリルが反応する。両手を組んだまま桜を見て口を開く。

「なんだそれは?」

 桜も両手を合わせたまま答える。

「食べる前の挨拶あいさつ

「挨拶…神に祈りを捧げているのか?」

「違うよ。あなたはそうなの?」

「そうだ」

「私は、食材になった命や自然の恵み、それに料理を作ってくれた人に感謝してるの」

「これらを与えてくれたのは、神ではないか。神に感謝すべきだ」

「特に感謝すべきは、食材になるために命をくれたモノ達にだよ。シリルの言ってることは違う…と言いたいところだけど、解釈や思いは人それぞれだものね。だからシリルの言うことを否定はしない。ねぇ、それよりも食べていい?」

「…ああ」

 シリルが難しい顔をしていたけど、桜は気にしない。朝から何も食べていないのだ。見た目はよく知る料理と同じだし、美味しそうな匂いがしてるし、早く食べたい!

 桜はスプーンを手に取り、スープを飲む。

「ああ!コーンスープだ!」

 想像通りのコーンスープの味だ。しかもとても甘くておいしい。今まで飲んだ中で断トツに!

 桜が頬に手を当ててコーンの甘さを味わっていると、シリルが呆れた様子で見てきた。

「なんだ。あまり飲んだことがないのか?これはコーンという黄色い粒が密集した…」

「知ってる。私がいた世界のスープと同じかどうか不安だったの。でも同じだったから嬉しかったの」

「心外だな。おまえの田舎よりも、ここの料理の方が数倍美味い」

「はあ?私の世界の料理を食べたことがないのに、どうしてわかるの?すっごくおいしい物ばかりよ!」

「なら、一度食べさせてみろ」

「元の世界にあなたが来たらね」

「おまえが作ればいいだろう」

「無理。私、料理を作ったことがないもん」

「なに?作ったことがない?女なのに?それとも、おまえは貴族の娘だったのか?どこの領地だ?早く思い出せ」

「……」

 桜は無言でシリルを見つめた。

 相変わらず失礼だ。そんなに驚くこと?あー、あれか、男尊女卑的な考え方をしてるのか。それはとてもよろしくない。でも、まあいいや。私はここに長くいるわけじゃないから、シリルがどんな考え方をしていても関係ない。それよりも食事だ。

 桜は、今度はフォークを手に取りサラダを食べる。何のドレッシングかわからないけど、少し酸味が効いていて、甘味もあって、好みの味だ。次にナイフを持ち、肉を切って口に入れる。

「おいしい!」

 思わず声が出た。皮がパリパリとして、肉は柔らかくて。何の香草だろう。香草はバジルとかミントとかローズマリーくらいしか知らないけど。そして、この肉はまさしく鶏肉だ、と思う。

「ねぇ、このお肉、とてもおいしいね。鶏肉?」

「そうだ。頭に鶏冠とさかがついた鳥だ。食べたことがあるか?」

「あるわよ。よく食べてたよ。でも鶏肉は、から揚げの方が好き」

「…からあげとは何だ」

 次の一切れを口に入れて咀嚼そしゃくしていた桜は、肉を飲み込み水を飲むと「知らないの?」と聞いた。

「知らない。サイオン、知ってるか?」

「いえ、知りません。初めて聞きました」

 人形のように微動だにせずに、シリルの後ろに立っていたから、しゃべったことに驚いた。

 桜が後ろの男に視線を移すと、男がこちらを見て軽く目を伏せる。

「はじめまして。サイオンと言います。以後、お見知りおきを」

「はじめまして…。桜と言います。この度は、シリルさんに助けていただき、

お世話になってます。あの、帰る方法がわかれば、すぐに出ていきますので、それまでよろしくお願いします」

「こちらこそ。シリル様、常識のある可愛らしい方ではないですか。頭がおかしなどと仰るものですから、どのような奇行をするのかと注意深く見てましたが、普通のご令嬢ではありませんか。きっと魔術師の魔術のせいで、記憶が錯綜さくそうしているのでしょう」

「奇行て…」

 丁寧なようでひどい言われようである。

 シリルはサイオンの意見が不満なようで、不貞腐れた顔で、次々と料理を口に運んでいる。

 桜は、そんなシリルを見てあきれた。

 自分の意見と違うことを言われたから不貞腐れるって、子供か。私よりも歳上ぽいのに。しかも、あるじと呼ばれる、人の上に立つ人なのに。それでいいのか?

 桜は肉とパンを食べ終わり、水を飲んで、机の上の小さな布で口を拭いた。そして両手を合わせて「ごちそうさま」と言う。

 即座にシリルが反応した。

「また、おかしなことを言った。それも、おまえの田舎での挨拶か?」

「そうだよ。田舎ではなく、元の世界のね。先ほどと同じで、感謝の気持ちを込めてるの」

「ふーん」と興味なさげに答え、シリルはワインを飲む。半分ほど飲み、伏せていた目を上げる。

「ワインを飲まないのか?」

「お酒を飲めないの。それに私、二十歳になってないし」

 匂いでそうかもと思っていたけど、ワインだったと紫色の液体を見る。

「サクラは十七くらいか」

「ふふっ、微妙に外してる。十九歳よ」

「十九…にしては、落ち着きがないな」

「ふう…言い返したいけど我慢よ桜…」

「何か言ったか」

「いいえ」と桜は頬をピクリとひきつらせて微笑む。

「シリルは何歳なの?」

「二十二だ。よく歳の割にはしっかりしていると言われる」

「サイオンさんは何歳ですか?」

「おいっ」

 シリルの言葉をスルーして、シリルの後ろのサイオンにも聞く。

 サイオンは、困った顔でシリルの様子をうかがい、苦笑した。

「俺は二十八歳です。あの、俺は呼び捨てでも構わないのだが、シリル様を呼び捨てにするのは…」

「いい。俺が許可したんだ。サクラはおかしな奴だからな」

「…そうですね」

 もう訂正するのも反論するのも疲れた。どうせ、すぐに帰り方を見つけて出ていくのだし、好きに思ってくれていいよ。

 桜が息を吐き出し席を立とうとすると「待て」と止められた。

「まだ何か?」

「デザートがある」

「え?デザート?」

 桜は目を輝かせて座り直した。甘い物は大好きだ。デザートもあるなんて聞いてない。苺のショートケーキ?アイスクリーム?何だろう?

 ワクワクとして待っていると、目の前に、赤く輝く大きな苺が乗ったショートケーキが置かれた。

「わあ!大きな苺!」

「この果物を知っているのか?これは街でしか出回らない物なのだが」

「ふーん、そうなんだ。よく食べてたよ」

「なに?ふむ…サクラ、おまえはたぶん貴族の娘だ。おまえの記憶がしっかりと戻ったなら、田舎…領地のことを詳しく教えてくれ。興味がある」

「はあ…」

 別に記憶喪失でもないし錯乱もしていないから、暮らしてきた世界のことは話せるけど。でも話したところで、シリルは信じないでしょ?もっと私のことを、おかしいと思うでしょ?だから話す気はないよ。

 それにしても、料理も水もよい香りの紅茶も、すべて元の世界の食材と同じでよかった!気味の悪い色の薬を見ていたから不安だったけど、最高においしかった!でも、明日からは使用人用の食事かな…と少し不安に思いながら、ケーキを食べ紅茶を飲み、食事を提供してくれたシリルに礼を言って、部屋に戻った。



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