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29話 王都へ

 村を出たローゼとフェリシアは分かれ道を南東へ向かった。王都の方向だ。

 いにしえ聖窟せいくつへ行くときは北東の進路をとったので、ここからは初めて行く道だ。進むにつれて植物や建物が以前とは違うものになっていくのがとても興味深く思える。

 なにより大きいのは旅の道連れがフェリシアとレオンだけだということだ。アレン大神官の一団にいたのならこんな暢気のんきな気分での旅はできなかっただろう。そう考えると、古の聖窟に置きざりにされたのは良かったのかもしれないとさえ思えて来るほどだった。


「ねえ、フェリシア。王都ってどんなところ?」


 並べて馬を歩かせるフェリシアに聞いてみると、彼女はいつものように鮮やかな笑みで答える。


「とても大きいんですの。ローゼはきっと、びっくりしますわね」

「そうなの?」


 グラス村と古の聖窟の間にあったのは一番大きくても中規模の町だという話だった。それでも見上げるような城壁や人通りの多さにローゼは驚かされたものだが、王都とは一体どのくらいの大きさなのだろう。


「大神殿も王都の中にあるんだよね」

「ええ。大神殿も、とても大きいですわよ」

「だよねえ」


 ローゼが想像していたのはグラス村の神殿だ。古いけれど大きく、村人たち全員が入ることのできるあの場所。だけどフェリシアの答えはローゼの想像をはるかに超えるものだった。


「大神殿の敷地には参拝の人たちを迎え入れる大聖堂のほかにも、大神殿長や大神官たちが協議を行うやかたがいくつかありますわ。あとは神官や神殿騎士たちの居住区、見習いたちの寮、学舎、馬屋、乗馬訓練のための馬場、巫子たちの住まう場所、図書館、薬草園、鍛冶場に……」

「ちょっ! ま、ま、待って、フェリシア! それが王都の中にあるわけ? 外じゃなくて?」

「中ですわよ」

「え、えええ……」


 それでは大神殿自体がひとつの集落のようだ。


「……もしかして王都には、大神殿しかないの?」

「いやですわ、ローゼったら。大神殿の敷地は王都の東側部分だけですわよ」

「は? 東側だけ? ……じゃあ、王都のほかの場所はどうなってるの……?」

「南側は工業や商業を中心とする経済を担う場所ですわね。人々は主に西側と北側に住んでおりますわ。中央には王宮があります。東端と大神殿の西端はごく近い場所にありますから、専用の通路も設けられていますのよ」


 専用通路は高位の神殿関係者や貴族、王族たちが行き来するほか、神殿主催の行事が王宮で行われる際にも使用されるのだとフェリシアは語る。


「ローゼはこの後、大神殿で任命の儀式と、王宮でのお披露目会があるのですけれど――」


 途端にレオンが不機嫌な声で低くうなった。確か彼は王宮のお披露目会でとても嫌な思いをしたのだったか。

 しかし聞こえていないフェリシアはそんなことを知る由もなく、微笑みながら話を続ける。


「ローゼもお披露目会に行くときは、その通路を通ることになりますわね。……まあ、ローゼったら、そんな心細そうな顔をしなくても大丈夫ですわ。ローゼにはわたくしがついておりますのよ。大神殿についたらわたくしの部屋にもご案内いたしますから、朝でも夜でも、知りたいことがありましたらいつでもお越しくださいませね」

「フェリシア、ありがとう、本当にありがとう……!」


 この友人の存在に、ローゼは心の底から感謝した。



   *   *   *



 アストラン王国の王都アストラは国の中央からやや南方よりの場所にある。もともと暖かい時期に向かってはいたが、道を進むにつれてグラス村にいたときよりもずっと気温が上がっていくのだから、明らかに地域によるものだ。村を出たときは必須だった外套も、途中から荷物の中に入ったまま出番が無くなってしまっている。


(こんなに暑いなんて……フェリシアが薄手の服だけ持ってグラス村に来たのもうなずけるわ)


 さらにローゼを驚かせたのは集落の大きさと人の多さだ。王都が近づくにつれて町も少しずつ大きくなっていく。それでローゼは大きい町に着くたび、


「王都ってここと同じくらい?」


 とフェリシアに尋ね、毎回、


「いいえ、もっともっと大きいですわ」


 と笑みを含んだ声で返されてきた。

 そんなことを何回繰り返したか。


「見てくださいませ、ローゼ! あれが王都ですわよ!」


 自慢げなフェリシアに丘の上で言われ、ローゼは自分の目を疑った。

 下を通る広い道は遥かな距離を描きながら途中で掠れて消えているというのに、その先にあるはずの城壁は広く左右に見えているのだ。確かにあの大きさは途中にあったどの町とも全く比較にならない。

 少しの間とはいえあそこで暮らすことになるのか、と唖然としていると、腰の辺りから声が聞こえる。


【なに、行ってみれば大したことないぞ】

「……レオンは二~三回しか王都に行ったことないでしょ? なのにどうしてそんな、偉そうに」


 しかし王都に行ったことがあるかないかで言えば彼が”ある“ことに間違いない。フェリシアはもちろんのこと、彼女の愛馬であるゲイルも、もしかしたらローゼが乗るセラータだって王都を知っている可能性があった。


「これは……王都初訪問なのはあたしだけ、っていう可能性があるのかあ……」


 ローゼが肩を落とすと、フェリシアは朗らかに笑う。


「そんなに心配しなくても平気ですわ。王都は人も多いですけれど、道もとても広いんですの。中へ入ってもわたくしはローゼを見失ったりいたしませんわよ。さあ、参りましょう」


 力づよく言って、フェリシアは馬を歩かせる。ローゼも並んでセラータを歩かせながら、ぼんやりと思った。


(大神殿の滞在中に必要なものができたら、あたし、ちゃんと買い物ができるのかな……)


 グラス村ならば雑貨屋に行けば必要な物が揃う。旅に出た最初のころ、ローゼはどの集落でも同じなのかと思っていた。大きな町にはとても大きな雑貨屋があり、人々はそこで買い物をするのだろうと。


 どうやら自分が思い違いをしていたらしいとローゼが思い知ったのは、旅に出てすぐのことだ。どの集落でも、グラス村の雑貨屋のように鍋と靴が並べて置いてある店など見かけなかった。服を売るなら服だけ、装飾品を売るなら装飾品だけといった具合に同じ種類しか売らない店が主流であり、しかも店は一軒だけではない。よって客はあちこちを巡り、価格や品を見比べながら買い物をすることもできた。

 フェリシアと一緒に「あちらの店の方が良いものがあった」「この店の方が安い」と言いながら見て回るのはとても楽しかったが、王都ほど大きいのならば途方もない数の店があるはずだ。下手をすれば目的の物を探すことができないまま日が暮れるのではないだろうか。


 一抹の不安も覚えつつも、ローゼは王都へ向けてセラータを進ませ続けた。


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