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13話 大広間 4

 目の前に立つ少年の、短めの亜麻色の髪と榛色の瞳、女性のような愛らしい顔立ちにもローゼは覚えはあるのだが、さすがに会った人数が多くて顔と名前が一致しない。


「……こんばんは、良い夜ですね」


 それで会話をしながら探っていこうとしたのだが、それを察したのか彼は苦笑する。


「ひどいなあ、お披露目会が始まってすぐ会ったのに。でもしょうがないか。父上たちの印象が悪すぎるもんね」


 始まってすぐ、と、父上、との言葉で彼の正体を思い出した。


「あ……ええと、ラザレス・ブレインフォード?」

「そう! 覚えててくれた? 嬉しいな」

「……うん、まあ」


 彼は聖剣の主マティアス・ブレインフォードの三男だ。ローゼの夫候補として紹介された六人の中で最年少の十四歳だったと記憶している。一方的に断った先ほどの状況を思い出して申し訳なくなるが、同時に不安も生まれた。用がなくなったはずのローゼに再び会いに来た理由はなんだろう。

 思わず目つきが険しくなる。それを見て取ったようで、少年は困ったような表情を浮かべて後ろへ下がった。


「もしかして僕のこと警戒してる?」

「そりゃね」

「今は僕が勝手にしてることだから、父上たちとは関係ないよ」

「お父さんが関係ないのに、あたしに用があるの?」

「そう。僕、あなたともっと話してみたいってずっと思ってたんだ」

「ずっと?」

「十一振目の聖剣の主が誕生した、って聞いてからずっとだよ。だって十一振目の聖剣の主が現れるのは四百年ぶりなんでしょ? すごいよね!」


 きらきらとした瞳で無邪気に返され、ローゼは答えに困る。とりあえず手にあるグラスの中身を空にして黙ってその場を離れると、少し遅れてラザレスも一緒について来た。


「ねえ、少しでいいから僕とも仲よくしてくれないかな。僕のことが信じられないなら、あの怖い神官が一緒だって構わないから」

「……アーヴィンのこと怖い神官なんて言う人、初めて見たかも」

「そうなの? でもさっきすごく怖かったよ」

「へぇ……」


 なかなか面白い評価だと思いつつローゼが思わず笑みを浮かべると、ラザレスは嬉しそうな顔をした。


「良かった、やっと笑ってくれた。やっぱり笑顔の方が素敵だよ」

「やーね、年下のくせに生意気言って」


 どうやらラザレスは物怖じしない性格のようだ。彼はローゼが食べ物を軽くつまむ間も近くにいて、あれこれと話しかけてきた。もしかしたらその一因になっているのは、ローゼが彼を嫌っていないことを気取られているせいだろうか。マティアスの息子ということで警戒はしているのだが、彼自身はどうにも憎めない子だ。十四歳というのはローゼの下の弟テオと同じ年齢なので、その辺りも関係しているのかもしれなかった。


「ねえ、ローゼは王都の他にどこか行ったことある?」

「あたしは村から出たことなんてほとんどなかったの。だから知ってるのは古の聖窟と、王都と、その道中の町や村くらいよ」

「そっかー」


 そう言ってラザレスは周囲をうかがうと、声をひそめて話しかけてきた。


「内緒だけどさ。僕、近いうちに北のほうへ行くつもりなんだ」

「……北……」


 北と聞くローゼの心は、ずんと重くなったような気がする。


 ローゼが北という言葉にあまりいい感情を抱いていないのは、レオンの記憶を追体験したせいだ。

 だけどそれはこの少年に関係の無いこと。ローゼはできるだけ嫌な顔をしないよう気をつけながら尋ねる。


「北の方って、どこ?」

「決まってるさ。アストランの北方地域だよ!」


 さらに気分が重くなるローゼはここで話を打ち切ってしまいたいが、満面の笑みを浮かべるラザレスの顔には「理由を聞いて!」と書いてある。それで仕方なくローゼは話を続ける。


「どうして北に行きたいの?」

「面白そうだからだよ! あのね、アストランの北方地域っていうのはずーっと昔、小さな国だったんだって。そのころの気質が残ってるから北方の人たちは今も排他的だし、独自の宗教があるからウォルス教の神殿だってほとんど無いんだ」


 ローゼは眉をひそめた。それはローゼが知っている情報と同じもの、つまりレオンが生きていた頃の情報と同じということだ。ならばアストラン王国の北方地域というのは少なくとも四百年のあいだ、ほとんど変わっていないということになる。


「……そんな面倒なところへわざわざ行きたいの?」

「あーあ、ローゼは“未知の場所を探索する良さ”が分からないのかあ。残念だなあ」


 なぜか得意げな顔をして、ラザレスは人差し指を立てる。


「じゃあこっちはどう? ――北方は名馬の産地でね。その中でも一番いい馬は、たてがみが夕焼け色をしてる」

「夕焼け色のたてがみ……」

「お、やっぱり興味ある? 夕焼け色をした馬なんて珍しいもんね!」

「……その馬は、たくさんいるの?」

「ううん、ほとんど生まれないらしいよ。だから北方の裕福な人しか持てないんだ。他の地域には絶対に出さないっていうから、見たいなら北方に行くしかないんだよね!」


 どこで見られるかな、とウキウキと話すラザレスの言葉を聞きながらローゼが思い出していたのは、セラータのことだ。

 セラータに出会ったのは西の村の神殿前、そこでジェラルドはセラータのことを「北方の馬」だと言っていた。そしてセラータのたてがみの色は、夕焼けの色にそっくりで――。


(……なんて、ただの偶然よね。だってラザレスもいま「夕焼け色のたてがみをした馬は他の地域に出さない」って言ってたし)


 ローゼは首を振って考えを否定し、


「じゃあ、マティアス様やスティーブ様は、その馬を見たことがあるのかな」


 と話を振ってみる。すると少年は「無いと思うよ」と答えた。


「僕の父上もスティーブおじさまも、北方にはほとんど行かないんだ」

「そうなの?」

「うん。北方は移動が大変だし、神殿も少ないせいで薬なんかの調達も出来ないからね。まったく、ふたりとも情けないよ。あれで聖剣の主だっていうんだからんなっちゃうよね」


 妙に大人びた調子で言う少年の言葉を聞き、ローゼの口元が少し緩んだ。


「でもラザレスは北方へ行くんでしょ。ひとりで?」

「違うよ。コーデリアと一緒なんだ。あ、コーデリアっていうのはスティーブおじさまの娘でね。僕が北方へ行きたいって話したら、付き合ってくれるって言ってさ!」


 コーデリアというのが何歳なのかは知らないが、おそらくラザレスとそんなに年齢は離れていないだろう。そんなふたりで旅をして大丈夫なのかと疑問に思うローゼが「ラザレスは旅によく出るのか」と問うと、少年はいともあっさりうなずいた。


「僕だけじゃなくて、僕の家族も、スティーブおじさまのとこの人たちも、みんな思い立ったら出かけちゃうよ」

「聖剣の主と一緒でなくても?」

「そりゃそうさ。“父上やおじさまと一緒じゃなきゃいけない”なんて決まりがあったら、僕は順番が来るあいだに暇すぎて死んじゃうもんね」

「何それ」


 ローゼは思わず吹き出すけれど、ラザレスは本気らしい。はしばみ色の瞳がそう告げている。


「旅に出た方がたくさんのことを学べるでしょ? だからみんな声を掛け合って出かけるんだ。うちで出かけないのは母上くらいだよ」

「へぇ……」

【意外と面白そうな気風じゃないか。こういうのはお前も好きだろ?】


 腰の聖剣から揶揄するような声が聞こえる。ローゼは黙ったまま指で柄を強めに弾き、抗議の意を表した。


「じゃあ、ラザレスは……魔物と戦ったこともあるよね?」

「うん。小さいころからね」


 ラザレスの口調に自慢は含まれていない。彼にとって魔物討伐はごく普通のことなのだろう。


(小さい頃から魔物と戦ってる、あたしよりも年下の子……)


 今日の昼間、大神殿の控室で二家の当主から話は聞いていたので頭では分かっていた。しかしこうして当の人物をきちんと見ると、やはり少し引け目を感じる。


(だけどこれは逆に、学びのいい機会なのかも。そうだ、聖句を使わずにどうやって魔物と戦ってるのか聞いてみようかな)


 と思ったのだが、


「あら、素敵な方とお話していらっしゃいましたのね」


 軽やかな足取りでフェリシアが現れた。

 彼女は給仕からグラスを受け取り、口をつけ、上品に中身を空ける。


「そろそろ休憩はおしまいですわよ。わたくしと一緒に来てくださいませ」

「え? もうちょっと後じゃ駄目? ほら、フェリシアだって休憩したいでしょ?」

「わたくしは平気ですわ。それにローゼに会っていただきたい方はまだまだいらっしゃるんですもの。南方の貴族たちや、王宮内を取り仕切っている――あ、ちょうどよいところにわたくしのお母様がいらっしゃいますわ! お母様には絶対会っていただきたかったんですの! お母様ー! こちらが聖剣の主のローゼですわー!」

「うううう~」


 フェリシアに半ば引きずられるようにして別室を後にするローゼに向け、


「話してくれてありがとう、楽しかったよ! またどこかで会おうね!」


 ラザレスがにっこり笑って手を振った。


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