実妹が義妹になるなんて。
そんなのあるはずがない。
字だけなら簡単に変えられるけど、それを真実にするのなら体中の血を全て入れ替えたって無理だ。なにより、する必要性がなかった。
友人が聞き間違えたか、覚え間違えたか。
1番ありえる、というよりそれしかないはずなんだけど――
「義兄さん?」
「……」
「義兄さんっ?」
「あ、な、なに?」
急な呼びかけに声が上擦る。
学校からの帰り道。
隣を見れば、イノリの頬が不満そうに膨れていた。
「なに、じゃないですよ? さっきから呼んでるのに、全然反応してくれないんですから」
「あ、あぁ。悪い」
イノリの声が耳に届いていなかった。
改めて「なに?」と訊いてみると、頬の膨れはあっさりとなくなる。代わりにこちらを心配するように眉尻を下げた。
「どうかしましたか? ぼーっとしていて、それに顔色が悪いですよ?」
「……っ」
さっと顔に伸びてきた手から思わず逃げてしまう。
びっくりするイノリ。
俺自身、自分の反応にびっくりしている。朝のことがあったせいか、どうにも過敏になっている。
「あー、悪い。目に入るかと思って」
「義兄さん、わたし変なことしましたか?」
「変なって」
朝のキスを鮮明に思い出す。
顔が熱くなる。鼓動が早まる。
同時に血の気が引いて、寒気を覚える。
兄妹として明らかに変なことをしたのに、イノリはまるでわからないというようにただ不安そうな黒い瞳を潤ませている。
俺の方がおかしいのか?
そう思うほどに、俺の認識と現実との齟齬に頭が痛くなってくる。
「俺とイノリはきょう……」
「義兄さん?」
「や、なんでもない」
不思議そうにするイノリから視線を外して、逃げるように先を歩く。
――兄妹だよな?
なんて。
そんな当たり前のことが、喉につっかえて出てこなかった。
☆★☆
妹とどう接すればいいのかわからない。
そんな、物心つく前に過ぎ去っていた通過儀礼を、いまさらやり直している気分になる。
「体調が悪いなら、部屋で休んでいてください」
イノリの気遣いに甘えて、部屋のベッドに倒れて天井を見上げる。
「あたま、いたーぃ」
額に手の甲を乗せる。
疑問はある。
なにかがおかしいのはわかっている。
ただ、それを証明していいのか、したとしてどうすればいいのか。堂々巡りに考えて考えて、頭が重くなっていく。
風邪をひいたわけでも、熱があるわけでもないけど、体調が悪いというのは本当かもしれない。
「確かめる、か」
ヘッドボードに置いてあるスマホを手に取る。
連絡先から探し出すのは、母さんの番号だ。
まだ夕方。
仕事中だろうから出ないかもしれない。そんなことを理解しつつも、胸を焼く焦燥のせいでなにもせずにはいられなかった。
コールを5回繰り返して、やっぱり出ないかなと思ったときに、がさりとスマホのスピーカーから物音がした。
『はいはい、どうしたの?』
仕事でなかなか帰ってこない母親の第一声がこれか。
あまりの軽さに強張っていた体が弛む。
呆れすら感じていると、『もしもーし?』と母さんが応答を求めているので、ベッドから体を起こして返事をする。
「今、大丈夫?」
『イマ・ダイジョウブさん? 知らない人ね』
「……そういうのいいから」
ほんと、久しぶりの母子の会話がこれってどうなの。
『だって、電話かけてきたのに一言もないんだもの。愛してるくらい言っても罰は当たらないんじゃなーい?』
「そういうのは父さんに言ってもらって」
『毎日言ってもらってるわよ』
そうだった。
この両親、いい年してバカップルみたいな熱々っぷりだった。学生時代からの恋愛婚だと耳にタコができるほど聞いていたのに、完全に藪蛇だった。
『今日はね~』と、なんだかこのまま終わりのない惚気を聞かされそうな予感がして、『それより』と遮って話を進める。
「訊きたいことがあって」
『なに?』
「あー……と」
いざ言葉にしようとすると、喉に詰め物でもしたように出ていかない。
ただ、その無意識の抵抗自体が現状を肯定しているような気がして、なんでもない風を装ってへらっと冗談のように話す。
「イノリとは血の繋がった兄妹だよねー?」
『急になに言ってるの?』
なにを当たり前のことを。
電話越しにそんな雰囲気を感じて、知らず安堵の息を吐く。
そうだよな。
そんなの当たり前で――
『
外国の常識を語られたように、現実は俺の認識を否定してきた。