放課後になって、不思議な事件を追っているという天文部部長に会いに向かった。
友人曰く変人とのことで、教室を出るときも『本当に行くのか?』と最後まで心配された。
とはいえ所詮、噂は噂。
誰が言い始めたかわからない人物評を鵜呑みなんてできない。……そう思っていたけど、
「んん? どうしたんだい? 呆気に取られたような顔をして」
「呆気に取られてるんだよ」
噂だからと蔑ろにするのも駄目だなと、新たな知見を得た。
この教訓を活かして、次はこんな失敗をしない。初対面で人をワトソン君と呼ぶ白衣をきた変人を見ながら心に誓う。
「ふふん! 初対面でも私の偉大さが伝わってしまうとは、天才とはかくも
「とりあえず飴を出して喋れ」
なに言ってるかわからん。
言うと、ちゅぽっと棒付き飴を口から出した天文部部長が、すっと銀の瞳を細める。
日本人からかけ離れた派手な見た目のせいか、その所作には妙な威圧感があって身構えてしまう。
「みなまで言わなくていい。ワトソン君が天文部に訪れた理由はわかっているとも」
「ワトソン君じゃないから。通そうするな?」
「では助手君」
助手でもない。
「君は名探偵であるこの私、
流し目をくれて、
短いスカートで足を組むなと目を逸らしつつ、こいつ凄いなと内心驚愕する。
「驚いて声も出ないようだね。無理もない。私は名探偵だからね、なんでもわかってしまうんだ。では、これが入部とど――」
「いや、掠りもしない妄言を、よくもここまで堂々と言えたもんだなと驚いただけだから」
「え、違うの?」
「違う」
『本当に?』と目で訴えてきたので、うん、と頷く。
すると、ぴたっと膠着して、見る見るうちに首から顔が赤く染まっていく。そのまま目が眩んだように椅子から崩れ落ち、女の子座りになってわっと両手で顔を覆った。
「ころせよぉ……」
「迷探偵から女騎士へのジョブチェンジ早かったな」
「それなら君はオークじゃないか」
不敵さも余裕も投げ捨て、
これ、俺が悪いのか?
勝手に導火線に火を付けて自爆しただけなのだが、彼女がこうなった要因は一応俺にもある。理不尽であるが、俺が来なければ
というか、女の子に泣かれるとこっちが悪い気がしてくる。
「なんかわからんが、ごめんな?」
「ぐすっ、悪いと思ってるならこの入部届にサインをして?」
「嫌」
ぺしっと差し出された入部届を指先で弾くと、ちっと舌打ちをして天文部長は椅子に座り直す。
これまでのは演技か?
そう思ったが、金髪の隙間から覗く耳が赤いままなので察する。
「なんだ、強がりか」
「そういうのは気づかないフリをするものでしょう……!」
ぺしぺしと入部届で叩かれる。
痛くはないが、地味にイラッとする。
「それで? 助手希望でも入部でもなっていうなら、なんの用だい?」
「あぁ、それは……」
と、話しかけて、その前に気になることがあったので尋ねてみる。
「そういえば、なんで突然やってきた俺を待ち構えられたんだ?」
思いつきの急な来訪だ。
そもそも、友人に天文部長のことを訊かなければ、知りもしなかった。なのに、どうして待ち構えられたのか。
「そんなことか」
調子を取り戻すように、天文部長が得意げに腕を組む。
「天文部の部室は最上階の1番奥だ。放課後、近くで使われている教室はない。それなのに、廊下から足音がするじゃーないか。これは間違いなく助手かつ入部希望者に違いないと待ち構えていたのだよ!」
「なんでそこまで推察できて、最後は希望的観測なんだよ」
「天文部だからね!」
自慢げに天文部長が胸を張る。
希望じゃなくて、星を観ろ。別に上手くないし。
転校生とは違って薄っぺらい胸を強調する天文部長を、疑わしげに見る。
こんな最近探偵物にハマりましたみたいな、ミーハー女子を信用していいのか。本やゴミが散乱した床のせいで余計に彼女の信用が下落していく。
「それで、助手でも入部希望者でもない女の子を辱めるのが趣味な君が、どうして天文部に?」
「悪意しかない説明」
「ちなみに、彼氏は星だ」
「訊いてない」
ナンパな友人の弊害がちらりと見えた気がしたが、気のせいだろう。
首の後ろを撫でて、吐息を零す。呆れか、諦めか。吐いた息の意味は俺自身にもわからなかったが、せっかくここまで来たんだ。
玉砕覚悟。死なば諸共……はなんか違うが、駄目もとで訊いてみよう。
半ば諦観しつつ、『実妹』が『義妹』になったことを端的に説明する。
信じようが信じまいがどっちでもいい。
そんな破れかぶれな告白だったけれど、天文部長の反応は俺が想像していたものとは違った。
「……っ」
「? どうした?」
軽く俯き、ふるふると震え出す。
まさか、あまりにも馬鹿な話しすぎて怒りで震えているのだろうかと思っていると、椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、勢いよく俺の手をぎゅっと握ってくる。
驚きすぎて固まっている俺に構わず、天文部長は鼻をぶつける勢いで顔を近づけてきて、間近で興奮した声を上げた。
「――結婚しよう、君が私のアイリーンだ」
突然の告白に、俺は「は?」と驚く以外になにも言えず、キラキラと輝く銀月を見つめ続けるしかできなかった。