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第9話 星のロマン

「もともと私は星を観るのが好きな可憐な美少女でしかなかった」


 急に始まった天文あまふみ部長の自分語りに、うえっと目の下が持ち上がる。

 止めたいが、機嫌を損ねると面倒な予感がする。性格的に。


 本や資料が山と置かれ、もはや椅子のていを成していないソファーから物をどけて座る場所を確保。腰を下ろして、長くなりそうな天文部長の話に備える。

 そんな俺の気も知らないで、彼女は意気揚々と椅子から立ち上がって、それこそ物語の探偵のように朗々と語り始める。


「流れ星が落ちない日がないとわれるこの街に生まれ、子どもの頃から光の尾を引く夜空を見上げるのが大好きだ。助手君もそうじゃないかい?」

「幼少期はそうでしたね」


 流れ星を観るために、夜空を眺める。

 それは子どもの時分なら誰しもが通る道だけれど、星降る街と呼ばれるこの地に住む人たちにとっては通過儀礼といってもいいくらいだった。


 子どものときは俺も、親に秘密でイノリと一緒に夜更かしをして、よく部屋の窓から星を観ていたものだ。


 ただ、成長するにつれて星は身近で、当たり前になる。

 珍しかったものが、日常を象徴するものになっていく。


「そう! 助手君のように誰もが口を揃えて『だった』『でした』と過去形で語る! あぁ、毎夜流れ星が観れる街に住みながら、なんてもったいないことだ……っ」

「天文部長みたいに今も好きって公言している方が珍しいでしょう」


 海辺で暮らす人が、海を珍しがらないように。

 流れ星が毎夜降る街で暮らしている俺たちは、当たり前に興味が薄れていく。


 好きか嫌いかの二次元論なら好きと答えるだろうが、街の住人にとってはそのくらいの認識でしかない。

 話題に上がるときは、毎年この時期にある流星群くらいだった。それも、この街の人間にとってはオーロラのように珍しいものではなく、毎年観れるお祭りの花火に近かった。


 凄いとは思う。

 けど、希少というには何度も見すぎた。


 天文部長はそんな現状が嘆かわしいと顔を覆う。


「希少な体験をしているというのに、どうしてその奇跡を得難く思えないのか。そんなんだから、天文部は新入部員も入らないし、廃部に怯える日々を送らざるおえないんだ……!」

「途中からただの私怨では?」


 逆ギレだろ。

 そんなことで怒られたところで、ほとんどの生徒は困るどころかドン引きに違いない。


「あぁ、だから変人って呼ばれて嫌厭けんえんされてるのか、納得」

「あの……助手君? 私がなにを言っても傷つかないと思ってない? 普通に傷つくよ? 望遠鏡のレンズみたいに」


 確かに脆そうではあるが、天文部長の心がレンズ並というのは意義を申し立てたかった。

 出会ってようやく丸1日経ったくらいだが、その図太さは長年連れ添ったようにわかっているつもりだ。


「へー」と、疑わしげに見返すと、天文部長はさっと顔を逸らして「それはともかく」と話を戻す。やっぱり図太いと思う。


「君たちはそんなだから気づいていないんだ、街の不思議に、星のロマンに!」


 ずいっと天文部長が顔を急接近させる。


 前髪が触れ合う。

 夜月のように輝く瞳が突然世界を埋めて、俺の鼓動を速めた。


「たとえば、どうしてこの街では流れ星が毎夜見えるのか、とかね?」

「……、それは」


 どうして空は青いのか。

 どうして月は形が変わるのか。


 そんな当たり前を指摘されたような感覚なのだが、それらの常識と違って咄嗟に答えられない。だって、俺の両親を含め、世界中の天文学者がどれだけ調べてもわかっていないのだから。


「俺にわかるわけ、ないだろ?」

「そうかな?」


 溶け合いそうな距離の銀の瞳が、笑うように弧を描く。


「この街には不思議がある。毎年、この時期になると流星群に纏わる噂がまことしやかに流れる」


 少し前に、クラスメイトの女子たちが『流れ星に祈ると、願い事が叶う』という話をしていた。話題に上げていた彼女たちは迷信だと笑っていた。

 俺もそう思っている。


「大抵は根も葉もない噂でしかない。けれど、ときに噂とは真実を内包するものだ」


 けど、今はわずかに揺れていた。

 目を凝らして天秤の目盛りを見なければわからないような、細やかな傾き。


「たとえば、好きな人と両思いになれた。

 たとえば、病気が治った。

 たとえば、幽霊がいた。

 たとえば、予知夢を見た。

 たとえば――実妹が義妹になった」


 俺の肩を天文部長が押す。

 その勢いで離れた彼女は、勢いそのまま回転椅子に座るとくるくると回る。


「何度でも言葉にしよう。星にはロマンがある、不思議がある」


 1回、2回。

 正面を向いて、ピタリと止まる。

 そして昨日と同じように不敵に笑った天文部長が愉しそうに言う。



「さぁ、調査を始めようか、助手君?」



 夜空に輝く星が欲しいと手を伸ばす、星のロマンを追いかけるような調査が始まった――


  ☆★☆


 そんな順風満帆とはいかなくても、問題を解くきっかけを得たような滑り出し。

 一人、不安に押しつぶされる夜ともさようなら……そのはずだったんだけど、


「初めまして、天文部部長の天文あまふみだ。よろしく頼むよ、義妹ぎまい君?」

「はい、わたしの兄さんがお世話になっております、部長さん?」


 笑顔と笑顔。

 揃って美少女と呼ぶに相応しい整った顔立ちで、見ている分には華やかなのに、どうしてか寒気がする。


 なんで部長と妹相手に修羅場めいた空気になってるんだよ。


 実妹から義妹になった。

 その謎を解き明かしただけなのにどうして俺は、自分の家のリビングで息を潜めているんだろうか。



  ◆第1章_fin◆

  __To be continued.


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