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第2章

第1話 話を訊くのは事件の容疑者から

 ――調査を始めようか。

 天文あまふみ部長の力強い宣言に頼もしさを抱いた。


 その振る舞いは大げさで芝居がかっているけど、なんとかしてくれるかもと思わせる。


「調査って、どうするんだ?」


 とはいえ、それを天文部長に伝えるのは抵抗感があって、軽く息を整えてから現実的な話を振ってみる。

 正直、俺一人では手詰まりだった。

 だからこそ、変人なんて噂されている天文部長に相談したんだ。藁にも縋る思いとは、まさにこのことだ。


 俺の問いに「ふむ」と考えるように、天文部長は棒付き飴をぺろりと舐める。


「どうしようかな?」

「おい自称名探偵」


 頼りになる、そう思った俺の気持ちを返してほしい。

 口の端がひくつく俺を抑えるように「まぁ落ち着きたまへ」と片手で制してくる。


「落ち着けというなら、まず飴舐めるのやめろよ。人と話すのに態度悪いぞ」

「これは私のアイデンティティだ。名探偵にとっての必須アイテム……の代用と思ってくれたまえ」

「パイプの?」


 探偵といえば帽子にコート、パイプというイメージがある。探偵なんて某小学生くらいしか知らないが、それらが探偵を象徴するアイテムだというのはわかる。


 天文部長の白衣に回転椅子、そして棒付き飴は彼女にとって代替品なのかもしれない。小学生のごっこ遊びのようなチープさはあるが。


 そう思ったのだが、天文部長は「いや、違うよ」とあっさり否定する。

「コ◯イン」

「名探偵じゃなくて犯罪者だろ」


 どこに名探偵要素があるんだ。


「かの世界一有名な探偵が使っていたからね。当時は合法だったが、今では禁止されている。代用品として甘味にした、というわけだ」

「どこ目指してるんだよ……」


 もっと真似るべき点があっただろう。

 この調子だと、白衣や回転椅子も俺の想像を斜め上をいく代替品なのかもしれない。


 やっぱり変人だな、この人。常人と感性が違いすぎる。


 もはや飴なんてどうでもよくなってきたので、このまま話を進めることにした。といっても、頼りにしていた名探偵が、ただのおとぼけ変人とわかった今、自分で考えるしかない。


「調査開始っていっても、なにするかな」

「捜査の基本は足だよ、必要な情報がなければ推理もままならない」

「それはわかってるけど」


 適当に訊いて回ってどうにかなるものだろうか。


「あぁでも、信憑性はないけど噂はあるんだよな?」

「そうだね」


 天文部長がこくんっと頷く。


「助手君の『実妹が義妹になった』というのとどれだけ関係があるかわからないが、噂が真実かどうか確かめて、そういった不思議なことが他にも起こっている、と確証を得られれば大きな進展になるだろうね。それに、面白そうだ」

「最後にさらっと本音を付け足さないでくれません?」

「正直なのは美徳だよ」


 自分で自慢げに言っている時点で、美徳とは縁遠いものだと思うけどな。


「俺の問題解消に繋がるかはともかく、なにもしないよりはいいか」

「ふむん?」


 俺が行動方針を決めると、天文部長が人差し指で自分の頬に触れて首を傾げだす。

 悩むように、はたまた不思議がるように俺を見ながら頬をぐりぐり。そのまま流れるように口角が吊り上がった。


 ほんとに、探偵よりも悪人だろ、この人。

 そう思わせる愉悦に満ちた笑いだった。


「……なに?」

「いや? 真っ先に情報収集するべき人物に思い至っただけだよ」


 あぁ……思い至ってしまったか。

 天文部長とは対照的に口角が下がる。


 俺の気持ちはわかっているだろうに、天文部長は決めポーズなのかちゅぽんっと棒付き飴を口から出して、俺に突きつける。


「事件の容疑者の一人――君の『妹』から事情聴取をしようか」


 あえて頭の隅に追いやっていた人物を上げられ、嫌になる。

 最初に話を訊くべきなのがイノリなのはわかっていた。けれど、一番訊きたくないのもまたイノリだった。


 イノリにまで実妹じゃないって否定されたら俺は……。


 かといって、他の人にしようと天文部長を説得するのも難しい。あるかどうかもわからない噂の真相を確かめるよりも、実際に起こっている事件の当事者を調べる方が合理的だ。


 逃げ続けることはできない。いずれぶつかる問題だった。

 でも、先延ばしにしたいという気持ちもあって、頭の中ではどうやって話を逸らすかばかり考えている。


 とりあえず、結末はどうあれこれだけは言っておこう。


「人の妹を勝手に容疑者にするなよ」


 ――結論を言うと、説得はできなかった。


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