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第3章

第1話 依頼人は生徒会長

 その日は雲1つない快晴で、サウナのような湿度がやけに夏を感じさせる日だった。

 照り返す陽で蒸し焼けにされそうな天気。

 連日、外出なんてもっての他で、できれば冷房の効いた室内でアイスを食べながらゴロゴロしていたかった、というのが本音だ。首元に溜まった汗を拭うと、余計にその気持ちが強まる。


「なのに、どうして俺は駅前の喫茶店にいるんだろうなぁ」


 アイスコーヒーを飲む。

 からんっと氷の崩れる音が耳から涼しくさせて、天然サウナで上がった体温が内と外から冷やされていく。


「これから依頼人に会うんですよ? しっかりしてください、義兄さん」

「わかってるけど」


 4人がけのテーブル席で、隣に座るイノリがめっと人差し指を立ててくる。

 その愛くるしい仕草に背筋を伸ばそうとしたが、額から流れてきた汗が目に入ってへにょっと背中が丸まって猫になる。


 ――幼馴染が赤の他人になってしまった、どうか助けてほしい。


 天文あまふみ部長から耳を疑うような調査依頼を受けた俺とイノリは、翌日、依頼人との待ち合わせで駅前の喫茶店を訪れていた。


 待ち合わせの時間は午前10時。

 バスの都合で少し早めに着いて、こうして依頼人をイノリと一緒に待っているところだった。


「詳しい話は依頼人から、って言われても」


 待っている間は疑問符が頭の上で踊るばかり。

 俺自身のこともあるから全面的に疑っているわけじゃんないけど、本当に超常現象と関係があるのかは疑問が残る。


 喧嘩をして絶交した。

 そんな理由だったら、徒労感で倒れるかもしれない。


 1番の不安要素が、依頼人よりもうちの部長なんだよなー。

 勢いで相談を受けて『勘違いだったよ、あっはっは』とか普通に言いかねないからな、あの人。


 自分がなにを懸念しているか、ボトルネックを見つけて、へっと自嘲的な息を吐く。

 と、机の下で腕の裾をくいっと引っ張られた。


「義兄さん」


 どうやら依頼人が来たらしい。

 猫になっていた背を伸ばして顔を上げて真面目な雰囲気を取り繕うと、「失礼します」と丁度声がかかった。机を挟んで立った女性を見て、内心『ん?』となる。


 背丈の高い、キリッとした目元に眼鏡が似合っていて、第一印象はできる女性だった。これでスーツ姿なら間違いなく学生じゃなく、OLと思ったのだが、その勘違いはありえない。


「うちの制服?」

「はい」


 固い声で、生真面目な返事をした女性が、俺の通っている高校の制服を着ていたからだ。誤解するわけがない。


 ただ、俺が驚いたのはOL感というか、年上っぽい見た目で制服を着ていたからというわけじゃなく、夏休みなのに制服を着ていたからだ。しかも、朝から。


 なんで? と内心首を傾げていると、席に座らないまま女生徒が確認してくる。


「天文部の部員様で、間違いございませんか?」

「そうですけど」


 様。

 丁寧な、というか丁寧すぎる敬称に瞼が持ち上がる。


 俺が肯定すると、均整の取れた胸元に手を当てて、彼女は静かに息を吐いた。


「安心いたしました。お約束をしましたが、互いを認識する術がないことを後から思い至りまして。お隣の方が私を見てくれて、よかったです」

「それで休みなのに制服なんですね?」


 確かに待ち合わせのことを考えていなかった。

 互いに名前も顔も知らないのだから、声をかけるのは難しい。天文部長がいれば違ったろうが、残念ながら彼女は自宅療養中だ。


『暇。助けて私のあいりーん』


 と、紳士服を着た探偵っぽい猫が『HELP!』と助けを求めてるスタンプと一緒にメッセージが送られてきたので、『寝てなさい』と返しておいた。

 そのあとの『ぴえんっ』は既読無視。元気そうでなによりだった。


「あぁ」


 俺の言葉でなにかを納得した女生徒はゆっくりと首を左右に振る。


「いえ、本日学校に用があったため、制服を着ております」


 休みの日に学校に用がある……部活?

 心の中の疑問が顔に出ていたのか、答え合わせをするように彼女は自己照会をしてくれる。


「申し遅れました。私、生徒会長を務めさせていただいております、香坂凛こうさかりんと申します。本日はどうか、よろしくお願いいたします」


 生徒会長

 生真面目な見た通り、ピシッとしたお辞儀に、驚くよりもなるほどと納得してしまった。確かに生徒会長っぽい雰囲気がある。


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