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第3話 幼馴染の家とは隣同士であるべし

「申し訳ございません、取り乱しました……すんっ」


 学生鞄からポケットティッシュを取り出してずびーっ。

 最初の知的な美人はどこに行ったのだろうか。


「高校3年、ですよね?」

「……? はい」


 すんすん鼻を啜りながら、香坂会長が素直に教えてくれる。


 なぜだろうか。

 高校3年生というのは美人だけど、変な人しかいないのか。学年が上がると、進学や就職活動をするのではなく、変人の英才教育を受けているのかもしれない。


 天文あまふみ部長も黙っていれば美人だし、今から高校3年になるのが恐ろしくなってくる。


「イノリはいまのまま素直に育ってくれ」

「義兄さん、失礼ですよ?」


 言葉にしてないのに失礼と言っている時点で、イノリの失礼さも大概だと思う。


「いえ、私のせいですので、お気になさらず。お店を変えることにもなってしまい、恐縮するばかりです」

「まぁ……はい」


 社交辞令であろうと、『気にしないでください』と言えるような取り乱し方ではなかった。


 喫茶店では何事かと注目を集め、店員さんからも『他のお客様にご迷惑ですので……』と定型文で声をかけられる始末。逃げるように……というか事実逃げ出して、今は駅を跨いだ反対側のファミレスに来ていた。

 テーブルにはコーヒーの代わりにドリンクバーで入れたジュースが並び、なんとなく頼んだフライドポテトは誰も手をつけず中央を占領している。


 香坂会長の目元は赤くなってしまったけど、さすがにあれだけ泣いて涙は枯れたのか、時折しゃくり上げているだけで平静に戻りつつあった。

 こっちはすでにげっそりしてしまったが……。


「では、詳しい事情を……」


 と、改めて尋ねようとしたが、癇癪を起こす前にだいたい聞き終わっていることに気づいた。

 結局のところ、俺とほとんど同じで気づいたら『幼馴染が他人になってた』ということくらいしか、香坂会長もわかっていない。


 ……あれ、それならこれまで泣き崩れた彼女を宥めていたのはなんの時間だったんだ?


 苦労がただの徒労で、げっそりどころか痩せこけそうだ。


「認識が変わったのはいつからでしょうか?」


 もはやため息さえこぼれないくらいの疲労感に襲われている横で、イノリがそんなことを訊いていた。


「それは、……はい。よく覚えています。夏休みに入る前、7月17日のことです」

「7月17日って、流星群が始まった日……ですよね?」

「仰る通りです」


 意外と重要な情報に目を丸くする。

 その日はイノリが実妹から義妹になっていた日だ。


 これが偶然なのか、なにかの関連性があるのかはわからないが、それでも繋がりを見いだせるだけ1歩前進したと言える。


 それに、流星群が始まった日。

 なにか関連性があるのか、と思わずにはいられない。


 漫画やアニメの見すぎかなとも思う。

 星降る町なんて呼ばれている町に住んでいるから、なおさら関連付けてしまうのかもしれない。


 とりあえず、記憶の隅で覚えておこうと、頭のTIPSに保管しておく。


「俺もその日から、不思議なことが起こってるんです」


 慰めようと思ったわけじゃないが、口からこぼれ落ちていた。

 香坂会長が赤くなった目をしばたたかせて、「そうなんですか?」と驚いたように確認してきたので頷く。


「訊いていいのかわかりませんが、なにがあったんですか?」

「実妹が義妹に」

「それは……」


 一瞬、香坂会長の目が隣を見る。

 釣られてイノリを視界に入れると、困ったように微笑みつつも頷いて返していた。


 香坂会長の眉がハの字を描く。


「大変でしたね」

「そう、ですね。香坂会長も、大変ですよね」

「本当に」

「ですよね」


 同意するようにお互い何度も頷くと、香坂会長が相好を崩す。


「少し……安心しました。不躾だとは思うのですが、同じ境遇にいる方と話せて、私だけじゃないんだと、そう思えたので」


 肩の力を抜いたその笑みを見て、俺は顔を覆いたくなる。

 慰めるつもりはなかった。でも、あそこでぽろっと俺の事情を零してしまったのは、共感してほしかったからなのかと、いまさらになって無意識の行動理由に気づかされたからだ。


 まるで慰めてくれと言ったようで顔が熱くなる。

 穴があったら入りたいとはこのことだ。


 そんな心境を悟られたらそれこそ墓穴を掘るようなものなので、「そう、ですね」と控えめに同意しておく。


 咳払いをして喉から上ってくる羞恥を誤魔化す。


「俺たちになにがどこまでできるかわかりませんが、一緒にこの状況から脱しましょう」

「はい……!」


 なんだか借金から足を洗うみたいな言い回しになってしまったが、香坂会長が力強く頷いてくれたのでよしとした。


「じゃあ、ここからどうするか――」

「その前に、よろしいでしょうか?」

「? はい」


 先を促そうとしたが、香坂会長に遮られる。

 なんだろうと彼女を見ると、「えっと」と困ったように口にしてから、苦笑してみせた。


「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 喫茶店でのドタバタがあって、すっかり忘れていた自己紹介をやり直す。


   ☆★☆


 見上げるのは2階建ての1軒家。

 車の駐車スペースがあって、小さいながらもちゃんと庭があって。


 うちとは地区こそ異なるが、作りはよく似ていた。

 周囲の家も似たりよったりで、田舎の町ともなると住居も似通ってくるのだろうか。


 はぁ、と。

 なんだか感慨深く見上げていると、香坂会長が言う。


「こちらが私の家です。そして、隣が……」


 言葉に詰まりながらも彼女が指し示したのはお隣さん。

 その家が香坂会長の幼馴染の家なのは、言葉にされずとも理解できた。


「はぁー」


 感嘆の吐息が長くなる。


「なにか、こう、……幼馴染って感じですね」

「……? そうでしょうか?」

「そうですとも」


 古きよき幼馴染という環境に、心がはやる。

 やっぱりあれだろうか、子ども部屋同士の窓が近くて、お互いの部屋を覗けてしまうとか、そんなのだろうか。


 プライバシーもへったくれもない、場合によっては訴訟ものの間取りを期待していると、背後から「……義兄さん?」と、底冷えするような硬い声に背筋が凍る。


「今日は調査で香坂会長の家に上がらせてもらうだけですからね? 女性の部屋なんですから、あんまり変な気は起こさないでくださいよ?」

「肝に銘じます」


 趣味と仕事はしっかりと分けよう。

 肝試しをしたわけでもないのに冷えた肝を感じながら、そう心に決める。


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