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大聖女、冥界を導く女神となる
大聖女、冥界を導く女神となる
如月杏華
異世界恋愛ロマファン
2025年04月23日
公開日
2.4万字
連載中
戦勝を祝う式典において、大聖女と付き従う聖女四人の一行は、ある者たちの罠にはまり、恐ろしい獄焔に包まれてしまう。 獄焔が消え去った後には、灰すら残されていなかった。 大聖女たちの死を疑う者は誰もいなかった。 大聖女は獄焔に呑まれる寸前、聖魔術を行使し、四人の聖女を守り抜いていた。 その代わり、自分自身は獄焔を全身で浴びてしまった。 次に大聖女たちが目覚めたのは、どことも知らぬ氷に閉ざされた世界、全てが凍てつく白銀の世界だった。 どうにか覚醒できた大聖女の前に現れた眉目秀麗の男は、静かに告げた。 「目覚めたか。余の愛しき者よ」 男は自らを冥王と名乗り、大聖女を妻とする、と宣言する。 事情も何も分からない中、激しく混乱する大聖女は最初こそ拒絶するものの、傍で男を見ているうちに次第に惹かれていく。 大聖女と冥王、異界の者が、界という大きな垣根を乗り越えて、結ばれることなどある得ない。 激しく動揺する大聖女に、さらに追い打ちをかけるように様々な困難が降りかかる。 大聖女はそれら全てを跳ね除け、未来を勝ち取ることができるのか。 果たして、冥王の求愛を受け入れるのか。 大聖女は何を求めるのか。

001話 四天王

 玉座に座していた眉目秀麗の男が音もなく立ち上がる。



「報告せよ」



 何の変哲もない床が刹那に冷気を伴って凍結していく。無数の氷礫が宙に浮遊、一つの姿をおもむろに創り上げていく。



「我が主の御前にて報告いたします。仰せのままに、貴賓室にてお休みいただいております」



 僅かの沈黙、言葉に詰まる。



「何があった。詳らかに申せ」



 沈黙したままではいられない。報告はどのような些細なことであろうと包み隠さず、と定められている。



「設置型防御魔術が間に合わず、忌まわしき漆黒の獄焔に全身を焼かれております」



 それだけ聞けば十分だ。


 男の全身から溢れ出す怒気が、広間を激しく震わせていく。白銀に煌めく長い髪が氷をまとい、周囲を凍結世界に染め抜いていく。



「余が行く。他の四人はどうなった」



 恐ろしく冷たい氷の目に射貫かれ、全身が一瞬にして硬直する。眉一つ動かせない。



「済まぬ、許せ。気が立っていた」



 眼前に立つ主が視線を僅かに逃がす。ようやく硬直が解けたことで口が動く。



「凄まじい魔術、聖魔術によって守られておりました。異常はどこにも見当たりません。用意した部屋にて、それぞれ深い眠りに落ちております」



 男の姿はもはやそこになかった。最後まで聞いていたのかも疑わしかった。



 主が去った空間で、ようやく安堵の息を吐き出した。



「ラシュクーヴル、報告は終わったようだね。それで、どうだった、って、君、大丈夫かい」



 どのような寒さにも耐えられるはずのラシュクーヴルが全身を大きく震わせている。



「生きた心地がしなかった。我が主があれほどまでにご立腹なさるとは」


「それだけ、あの女が大切だということでしょ。僕には主様の御心が全く理解できないけどね」



 人の姿をした二人が顔を見合わせている。



「ジェレネディエ、我らは理解する必要もない。主に仕える者として、使命を果たすのみだ」



 ロシュクヴールの言葉に、ジェレネディエは首を傾げながらも応える。



「そうだね。でも、時には主様を諫めるのも僕たち四天王の務めだよ。それにね」



 煮え切らないジェレネディエも珍しい。僅かに難しい顔で思案しつつ、表情はすぐに戻った。



「僕たち四天王は、この先の立ち位置を見極めるべきかもね」



 ラシュクーヴルの全身が凍気に満ちていく。発する言葉にも氷を付着している。



「ジェレネディエ、貴様は我が主に反旗を翻すつもりではあるまいな。そうであるなら、この場で我が」



 四天王最強のロシュクヴールと真正面から戦うなど愚の骨頂だ。ジェレネディエは慌てて両手を振りながら、言葉を紡ぎ出す。



「待って、待って。君を怒らせるつもりはないよ。僕は主様の真意が知りたいだけなんだ。この前代未聞の騒動がよくないことをもたらす。僕の夢幻廻楼がしきりに伝えてくるんだから仕方ないじゃない」



 床を浸す冷気が渦を巻き上げる。凍結した床を這いずりながら、それが姿を現す。


 ロシュクヴールとジェレネディエが完全に人化しているのとは対照的に、それは本来の在るべき姿を堂々と誇示している。



「全くの同感よの。ジェレネディエの夢幻廻楼が語っておるならなおさら、わらわも主殿が何を考えておられるのか、知りたくてたまらぬ。よもや、あのような小娘を、わらわたちの界へ運び込むなど、正気とは思えぬわ」



 切れ上がった細い両眼は鮮血のごとく赤に染まり、ロシュクヴールとジェレネディエを睨め付けている。立腹しているのは明白だ。



「相変わらず神出鬼没だね。久しぶり、ウィントゥーラ。やっぱり人化しないんだ。あんなに美人なのに、ほんともったいないなあ」



 場にそぐわない笑みを浮かべるジェレネディエを、不機嫌そうにウィントゥーラが一瞥する。



「汝は常に人化しておるの。それほどまでに元の姿が気に入らぬようじゃな」



 ウィントゥーラとジェレネディエ、まさに対照的な二人だ。



「そういうわけじゃないよ。ただね、人化している方が何かと都合がいいんだ。ほら、異界の者と会う時なんて、元の姿を見せると、驚きのあまり死んじゃうかもしれないでしょ」



 うまくはぐらかす。あながち冗談ではないものの、本心は決して見せない。


 ウィントゥーラも長年の付き合いでそれが分かっているからこそ、これ以上は無駄とばかりに話を打ち切る。



「ところで、ナーサレアロはまだ来ておらぬのか」



 応答は即時だった。



「俺なら最初からここにいる」



 玉座の後ろ辺りだ。


 眠たそうな瞳を薄く開け、集った三人を見渡している。ナーサレアロもウィントゥーラ同様に人化していない。



「いつの間に来てたのさ。全然気づかなかったよ」



 ジェレネディエの言葉には応じず、ゆっくりと瞳を閉じる。



「俺に構わず、君たちだけで進めてくれたまえ。俺は主が決めたことなら従う所存、それ以上でも以下でもない」



 ジェレネディエがわざとらしく大きくため息をついている。



「全く君というやつは。ちょっとはさ、四天王としての自覚を持ってほしいよね」



 聞く耳を一切持たないナーサレアロは、既に己だけの世界、眠りの中に落ちつつある。日の半分以上を寝て過ごすナーサレアロにとって、睡眠は主の次に大切なのだ。



「言っても無駄よの。もう寝てしもうたわ。して、ロシュクヴールよ。お主がわらわたちを招集した理由、しかと聞かせてもらおうかの」



 納得できるまで執拗に絡みにいくのもウィントゥーラの性格の一つだ。


 ロシュクヴールも慣れたもので、表情一つ変えずに淡々と応じるのだった。

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