レアラだけではない。四人の聖女たちが等しく大きく息を呑み、驚愕の表情を浮かべる。
エンベルクにとって、彼女たちの反応は予期していたものと寸分の狂いもなかった。してやったりとばかりに、ほくそ笑む。
「まさか、どうして。なぜ、あなた様が」
四人の誰が呟いたかなど、もはや些細な問題だ。
レアラは即座に聖魔術をもって、その人物が本物か否かを確かめる。人を欺くための魔術偽装など、当たり前に行われているからだ。
「アスフィリエ庭園主、あなた様が何故に」
言葉が続かない。
レアラの聖魔術は、真だと告げてくる。紛れもなく、聖女の庭園フィレニエムの頂点に立つアスフィリエ庭園主その人だ。
レアラの背後に控える四人の聖女は、一様に言葉を失っている。
「大聖女レアラよ、そなたの要望どおりに証拠を出してやったぞ。この女が洗いざらい白状したのだ。全てが聖女の庭園フィレニエムによる企みだとな。もはや、言い逃れはできまいな」
未だに信じ難い。
アスフィリエ庭園主は孤児だった幼いレアラを引き取り、育ててくれた慈愛溢れる女性だ。
庭園主自らが聖女の庭園フィレニエムの掟を破るなど、どうしても考えられない。
レアラは聖魔術の結果が間違いであってほしいと切に願った。だからこそ、再度の聖魔術をアスフィリエ庭園主に行使する。
「駄目です。あり得ません。このような結果、認められません。もう一度」
三度目の聖魔術を行使しようとしたところで、大聖女の手をシスメイラが止めた。
振り返り、睨みつけるレアラは、己の浅はかさを呪うしかなかった。
シスメイラの瞳から涙が零れている。五人の中でアスフィリエ庭園主と最も長い時を過ごしてきた彼女が相手だからこそ、レアラは何もできなくなってしまった。
「大聖女レアラよ、至極残念な結果だ。聖女の庭園フィレニエムの謀だったとは、余も未だに信じられぬが。かくのごとく、庭園主自らが認めているとなれば、此度の件は再考せねばなるまいな」
国王アルトゥールの目には、軽蔑と悲嘆が複雑に浮かび上がっている。王錫を握る右手が微かに震えている。
「残念だ。実に残念だ」
力なく腰を落としたままのアルトゥールに対して、エンベルクはここが狙い目だとばかりに即座に行動に移った。
右手中指にはめた指環を隠すようにして父たる国王に向けたのだ。
レアラは微小ながらも禍々しい魔力の波動を感じ取っていた。
この魔力は。馬鹿王子がはめている指環からです。間違いなく魔導具です。
レアラは迷わずアルトゥールの目を覗き込んだ。大聖女だからこそ分かる。
魅了状態です。あの馬鹿王子、よりにもよって、実の父親でもある国王に術を仕かけているのですか。
レアラが見る限り、魅了の浸透度はかなり深い域に達している。
これまでにどれほど魔導具の力を浴びせてきたのか。このままでは、アルトゥール国王は廃人まっしぐらだ。
問題は、この馬鹿王子が稀少な魔導具をいかにして入手したかだった。
嫌な予感が的中してしまいました。危惧はしていたのです。馬鹿王子のお仕置きは後回しとして、魔導具の真の所有者がどこかで見ているはずです。早急に見つけ出さなければなりません。
レアラは聖魔術による探知網を即座に展開、玉座の間全体に広げていく。魔術の行使に気付けたのは、背後に控える四人の聖女だけだ。
「私もあえて言わせてもらいます。アルトゥール国王、残念です。今のあなたは深い魅了状態に陥っています。既にご自覚もないのでしょう。本当に残念です」
大聖女レアラの発言は重い。彼女の口から発せられた言葉には、疑う余地が介在しない。
この状況下で、反論してくる者こそだった。レアラはそれを待ち構えていた。
「大聖女レアラ、言うに事欠いて、国王陛下が魅了状態ですって。これも大聖女、おまえの仕業ではありませんの。そうですわ。そうに決まっていますわ。兄上、一刻も早く大聖女の処分を」
耳障りな甲高い声を発しているのは、国王アルトゥールの左手に立つ第一王女ルクセシアだ。
炙り出しに成功です。やはりと言いますか、この馬鹿女も一枚嚙んでいましたか。第一王子に第一王女、揃ってここまで愚かとは想像を絶します。これは何かの喜劇でしょうか。
「おまえたち、何をしているの。その女は国家転覆を図る謀反人なのよ。もはや、大聖女などではないわ。今すぐ捕縛なさい」
いかに第一王女の命令とはいえ、相手は大聖女レアラだ。
それに謀反人と決まったわけではない。決めるのはアルトーゥル国王であり、彼はまだレアラの弁明を聞いていない。
無闇に動くわけにもいかなかった。
喚き立てるルクセシアを一顧だにせず、レアラの視線がアルトゥール国王に向けられる。騎士たちも同様だ。
先ほどまでとは打って変わって、アルトゥールは玉座に四肢を投げ出し、だらしなく腰かけている。
今にも玉座からずり落ちそうなほどだ。右手にも力が入っていない。王錫が大きく揺れている。
さらには、口から涎を垂れ流している。意識が朦朧としている証拠だ。
エンベルクが影に隠れて魔導具たる指環の力を行使し続けている結果だった。