レアラが茶番はここまでとばかりに立ち上がる。
「大聖女レアラの名の下に騎士の皆々に命じます。アルトゥール国王を魅了状態にしている張本人は第一王子エンベルクと第一王女ルクセシアに他なりません。捕縛すべきはわたくしではなく、そこにいる二人です」
まとめて始末するにはよい機会です。と四人の聖女にだけ向けて、小声で付け加える。
騎士たちは顔を見合わせ、誰もが迷いの中にいる。自分たちの立場と責務を天秤にかけて、決めかねているところに、レアラが止めとなるひと言を繰り出す。
「皆々はアルトゥール国王のお姿を見て、なにも思わないのでしょうか。このような痛ましい姿に変えてしまった二人の所業は決して許されるものではありません。わたくしは悲しくて、見ているのが辛いです」
レアラ渾身の泣き真似が炸裂したところで、大勢は決したも同然だった。
先陣を切って声を上げたのは、大聖女一行をこの場に誘ったグアネルデ騎士団長だ。
「大聖女様の仰る通りだ。我ら騎士団が仕えるは、アルトゥール国王陛下ただお一人だ。陛下をこのような目に遭わせた賊どもを許しておくわけにはいかぬ。早々に捕縛するのだ」
グアネルデ騎士団長の一喝にも等しい号令によって、騎士たちの心は一つにまとまった。
大聖女レアラの名を呼ぶ騎士たちの声が王宮内に広がっていく。
「さすがはグアネルデ騎士団長殿です。思慮深きご判断に、大聖女として心から敬意を表します」
軽く頭を下げるレアラに、グアネルデ騎士団長は直立不動をもって応える。
「大聖女様のご期待に添えるよう、これからも騎士団長として精進する所存でございます」
第一王子エンベルクと第一王女ルクセシアは、騎士たちに取り押さえられ、身動きできない状態に留め置かれている。
「このあばずれが。よくも、よくも、平民の分際で、王族のわたくしに辱めを与えてくれたわね。許さない。絶対に許さないわよ」
充血した目を吊り上げ、耳が痛くなるような金切り声で喚き続けるルクセシアには、もはや臣下であろうと誰も見向きしない。
「おまえたち、わたくしは第一王女なのよ。わたくしの命令が聞けないとは、いったいどういうこと。不敬罪で死刑にするわよ」
レアラは小さくため息をつき、茫然と立ち尽くしたままの第二王子ファランと第二王女メザリナに目を傾ける。
二人もようやくレアラの視線に気づいたのか、不安げな顔を向けてくる。
レアラは、ここの始末は任せておきなさい、とばかりに力強く頷いてみせる。二人の顔が安堵に変わっていく。
レアラには大切な仕事がもう一つ残っている。
「エンベルク、大聖女として尋ねます。あなたがはめている、似合いもしない指環はどこで手に入れましたか」
後ろ手で枷をはめられたエンベルクは傲慢極まりない態度を隠そうともせず、唾を飛ばしながらがなり立てる。
「大聖女レアラ、許さんぞ。聖女の庭園フィレニエムは悪なのだ。大聖女も、聖女も、等しく悪なのだ。悪は断罪されねばならん。罪深き女は火あぶりだ」
エンベルクの目が異様な輝きを帯び始め、次第に血の色に染まっていく。
「あれは、あの目はやはり。あの指環の魔力といい、考えたくもありませんが、最悪です」
レアラはエンベルクの目を一瞬とはいえ覗き込んでしまった。妖しい輝きに搦め取られた刹那、レアラの全身から急速に力が抜けていく。
明らかに尋常ならざる事態だ。背後の四人の聖女たちも力なく両膝を落としてしまっている。
迂闊でした。わたくしとしたことが、なんという愚かなことを。どうにか聖魔力を練り上げて、四人だけでも守らなければ。
「大聖女様、聖女様方」
異変を察知したグアネルデ騎士団長たちが口々に叫ぶものの、次第に意識が遠のいていく。
「だめです。このままでは。なんとしてでも、四人は」
レアラはどうにか意識を保とうと唇を強く噛みしめる。近づこうとしている騎士たちに向けて、なんとか手を伸ばして制止した。
「来ては、いけません」
いつしか、エンベルクの拘束が解かれている。ルクセシアも同じだ。
二人を捕縛していた騎士たちは無残な姿と化して倒れ込んでいる。全身から噴き出す血が床を濡らし、深紅に塗り込めていく。
「ここまでご苦労であった。大聖女レアラと聖女たちよ。お前たちは期待以上に踊ってくれた。邪魔な国王も排除できた。礼を言うぞ。約束どおり、褒美をくれてやろう」
床から不気味な影が湧き上がってくる。全部で六体だ。即座に大聖女たち五人を取り囲んでいく。
「この者たちを」
エンベルクは下卑た笑いを浮かべ、レアラたちを睥睨する。
「処刑せよ」
エンベルクの号令のもと、六体が一斉に不明瞭な呟きを落とし、両手を打ち鳴らす。音にならない異音が大気を切り裂き、駆け抜けていく。
直後、六芒星を内包する魔術陣が現出、複雑な幾つもの紋様が浮かび上がり、漆黒の獄焔を噴き上げた。
「私の命に代えてでも、あなたたちは守ります」
どうにか意識を保っていたレアラは躊躇いなく聖魔術を発動する。
同時に漆黒の獄焔が彼女たちを容赦なくあぶり、灰まで焼き尽くしていった。
漆黒の獄焔が失せた魔術陣内には、影一つ落ちていなかった。
「皆の者よ、聞くがよい。これより聖女狩りを始める。聖女は悪だ。一人残らず見つけ出し、可及的速やかに火刑台へ送るのだ」
エンベルクは紅に燃える瞳を輝かせながら哄笑し続けている。異様極まる姿を前に、居並ぶ者たちは、ただただ恍惚とした表情を浮かべているだけだ。
あり得ない惨状が起こった中、二人だけが違っていた。あまりの無力さと絶望に打ちひしがれていた。