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011話 大聖女、四天王と相対する

 レアラはモティエルナを氷の鏡面の前に立たせ、全身隅々まで細かく確認していく。



「はい、なかなかよい感じに仕上がりました。では、モティエルナ、くるっと一回転してみましょうね」



 これで何回目になるだろう。


 ぐったりしきっているモティエルナの表情と感情は既に死んでいる。もはや無意識の中で、身体だけを動かしているにすぎない。



「はい、やり直しです。そんなことでは立派な淑女にはなれません。ぴしっと背筋を伸ばして、常に微笑を絶やさずに」



 さすがに限界だった。モティエルナはその場にしゃがみ込んでしまう。



「わあん、もう無理だよお。レアラが虐めるう。冥王様に言いつけてやるう」



 完全に泣き顔のモティエルナが恨めしそうにレアラを見上げている。



「あらあら、この程度で音を上げるなんて情けないですね。わたくしなど、幼い頃からそれはもう毎日ですよ。庭園主様から『全くなっていません』『そんなことで立派な聖女になれると思っているのですか』『最初からやり直しなさい』などなど、散々言われ続けてきたのですから。挙げ句にはお尻百叩きの刑です」



 レアラはまるで目の前に庭園主がいるかのごとく、身振り手振りを交えてモティエルナに披露している。



「ふうん、そうなんだ。レアラも苦労してきたんだね、って、違うよお。どうして、私がこんなことしてるのさあ」



 レアラははたと思いついたかのように、両手を叩いた。軽快な音が鳴る。



「よい考えがあります。モティエルナ、あなたにもお尻百叩きの刑をして差し上げましょう。そうすれば、きっと」



 じりじりとにじり寄ってくるレアラの目に狂気じみたものを感じたのか、モティエルナもまたじりじりと後ずさっていく。



「な、なに、なにを言ってるのさ。私は子供じゃないんだから誰がお尻百叩きなんて、って、レアラ、目が怖いんだけど。ちょっと、こっちに来ないでよお」



 戯れる二人をよそに、貴賓室内の温度が急降下していく。モティエルナの顔が呼応するかのように青ざめていく。



「モティエルナ、どうかしたのですか。顔色が」



 つい先ほどまで、レアラから距離を取ろうとしていたモティエルナが、今度は慌ててレアラの小さな背中に隠れてしまう。



「レアラ、絶対に逆らっちゃだめだからね。ほんとに恐ろしいんだからね。私なんて、一瞬で殺されちゃうよ」



 モティエルナの身体が震えている。


 レアラは庇護欲に駆られ、なんとしてでもモティエルナを守らなければと決意も新たに、ゆっくりと近づいてくる冷気の塊を待ち構えた。



「大丈夫です。モティエルナは必ず私が守ってみせます」



 足元にまで忍び寄ってきた冷気の塊が静かに人の形へと変わっていく。



「他人よりも自分の心配をしたらどうなんだい、大聖女レアラ。それにさ、人界のものが冥界に生きるものを守るって、いったいなんの冗談なのかな」



 モティエルナ同様、人化した姿は女性であり、美しいというよりは可愛いといった方が相応しい。



「それでモティエルナ、君はここになにをしに来たのかな。まさかとは思うんだけど、主様のご命令を忘れていた、なんてことはないよね」



 レアラの背に隠れたまま、さらに震えが強まっているモティエルナが、どうにか声を絞り出す。



「も、もちろんでございます。冥王様のご命令を忘れるなど、そのようなことは、断じて」


「ふーん、そうなんだ。万が一にでも忘れていたら、僕、君をどうにかしてしまうところだったよ。よかったね。それでさ、どうしてこんなに時間がかかってるのさ」



 威圧感が凄まじい。さらに縮こまるモティエルナがあまりにも可哀相すぎる。


 レアラはモティエルナの手を優しく二度叩き、目の前の相手と真正面から向き合った。



「失礼ながら、あなた様がどなたか存じあげませんが、それくらいでよろしいではありませんか。わたくしがいろいろとモティエルナを質問攻めにしていたのです。時間を要したことが問題でしたら、わたくしの責任です。お詫びいたします」



 頭を下げているレアラの後ろからモティエルナが袖をしきりに引っ張ってくる。いい加減鬱陶しくなってきたレアラは、目の前の人物にひと言断ってから振り返る。



「モティエルナ、袖を引っ張らないでください。わたくしは今、こちらの方とお話をしている最中なのですよ。邪魔はしないでください」



 モティエルナが首を激しく横に振って、物怖じしないレアラを押し止めようとしている。



「だ、だめ、だめだよ、レアラ。この方は冥界最強の四天王のお一人でジェレネディエ様と仰るんだ。レアラの聖魔術がいくら強くったって」



 モティエルナの言葉を封じるかのように、凍気が大きな音を立てて弾けた。



「ひっ」



 頭を抱えて怯えているモティエルナを背中に隠し、レアラが再び四天王ジェレネディエと相対する。


 ジェレネディエの周囲には氷の粒がいくつも浮かび上がり、その一つ一つがレアラの握り拳ほどの大きさを誇っている。



「モティエルナ、たまにはいいことを言うね。褒めてあげるよ。だけど、こちらは罰が必要かな。君、大聖女レアラを敬称もつけずに呼び捨てにしていたね。いったいどういう了見なのかな。僕が納得できるよう説明してもらわないとね」



 ジェレネディエから放たれる氷の気が一段と強まり、それだけでモティエルナは雁字搦めの状態に陥っている。



「ジェレネディエ様、モティエルナはなにも悪くありません。わたくしがそのように呼んでほしいと願ったのです。わたくしにとって、モティエルナは冥界でできた最初のお友達なのです」



 ジェレネディエの目がわずかながらに釣り上がったのをレアラは見逃さなかった。



「大聖女レアラ、君は自らの置かれている立場を理解できていないようだね」



 さらに威圧感を増したジェレネディエが一歩だけレアラに詰め寄ってくる。レアラは真っ向から受け止めている。



「君を妻にするという主様のお考えが、僕には全く理解できないよ。しかも、四天王の三人までが反対しているんだ。僕も当然ながら断固阻止するつもりだよ」



 ジェレネディエの指先がレアラに突き付けられた。

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