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013話 大聖女、試される

 さすがのレアラも驚愕の顔を浮かべずにはいられない。モティエルナも同じだった。



「ジェレネディエ様、それはあまりにも」



 モティエルナの発した言葉がきっかけになった。


 ジェレネディエは胸前の左手を速やかに、レアラからモティエルナへと向け直す。



「いいことを考えたよ。大聖女レアラ、君は僕の前で言ったね。モティエルナを必ず守ってみせるって。じゃあさ、今ここで実践してみせてよ」



 ジェレネディエが開いた手のひらの上、小さかった氷結塊がたちまち巨大化していく。



瀑氷散結流止葬スフェリエーシュ



 ジェレネディエの言霊が唇から滑り降り、魔術が即座に解き放たれる。レアラも魔術を紡ぎ出すため同時に動いていた。


 モティエルナは恐怖に目を見開いたまま、微動だにできない。冷静さを失った状態では、まともに思考も働かない。



「モティエルナ、わたくしを信じなさい」



 レアラは一喝と共にモティエルナに向けて両手を突き出し、詠唱破棄で聖魔術を発動した。


 ジェレネディエの作り出した氷結塊がモティエルナを叩き潰さんとした刹那、不可視の聖なる光壁が前面に立ち上がる。


 ジェレネディエとモティエルナを挟んで氷結塊と光壁が激突し、強烈な水蒸気が湧き上がる。


 室内に立ち込める水蒸気は熱を纏いながら、急降下していた温度を逆に急上昇させていった。



「急速な気温変化、これはまずいね。僕としたことが、ちょっと人界の魔術を甘く見ていたかなあ。大聖女レアラ、謝罪するよ」



 ジェレネディエは開いていた手のひらをひと思いに強く握り潰し、発動した魔術を即時解除、それによって光壁と衝突を繰り返す氷結塊が粒子になって消えていった。


 モティエルナを守っている聖なる光壁は依然として効力を維持している。



「あはは、大聖女レアラは心配性なんだね。僕としたことがすっかり忘れていたよ。人界の魔術は、冥界で使ったとしても、人界の法則に縛られている。その原理は不変、そういうことでいいのかな」



 突然のジェレネディエの問いかけに戸惑いながらも、その真意を計りかねているレアラはなおも聖魔術を手放せないでいる。



「僕のこと、そんなに信用できないかなあ。対抗する気は満々のようだよね。まあ、簡単に信じますって言われる方が怖いんだけどさ」



 ジェレネディエの目には、はっきりと見えている。レアラの突き出した両手と聖魔術による光壁の間に魔力の通り道ができていて、未だに消えていない。



「それはジェレネディエ様が悪いからです。わたくしではなく、モティエルナに魔術を向けるなんて。人界の魔術です。わたくしなら必ず防げる。そのように思ってくださったのは光栄ではありますが、それにしてもです」



 真っ向から反論が来るなど、ジェレネディエには予想外すぎた。結果、半ば棒立ち状態で唖然とした顔を浮かべている。


 表情からは、怒っているのか、呆れているのか、あるいは笑っているのか全く判断できない。ただ、周囲に浮かぶ氷の粒が楽しげにゆらゆらと揺れ動いている。



「はっ、ははは、これはどうやら一本取られたようだね。大聖女レアラ、君、やっぱり面白いよ。確かにね、君はまだ僕たち四天王の恐ろしさを知らないかもしれない。普通だったら、ああなって当然だからね」



 ジェレネディエは目をちらっとモティエルナに向け、すぐに戻す。



「それを差し引いても、僕の圧を、魔術を目の前にしながら、堂々とした佇まいはある意味で立派だよ。褒めてあげてもいいよ」



 レアラは表情一つ変えず、軽く頭を下げることでジェレネディエに応える。誉め言葉でないことなど重々承知のうえだ。



「続きだよ。今度は正真正銘、僕の冥界の魔術を見せてあげる。その前に、モティエルナ、もう少し離れなよ。それから、今の状態を大聖女レアラに教えてあげて」



 言われるがままに後退したモティエルナがおずおずと口を開く。



「レアラ、ジェレネディエ様の周囲に浮かんでいる氷の粒だよ。魔力の圧縮は見えているんだね」



 レアラが小さく頷いている。



「じゃあ、圧縮が何層になっているかは分かるかな」



 今度は首を横に振ってみせた。



「そう、そこは見えていないんだね。今は七層だよ。ジェレネディエ様はこれを最大百層まで積み重ねられるんだ。それがどういうことか、レアラには分かるよね」



 レアラは思わず驚きの声を上げていた。



「ひゃ、百層ですか。魔力層を何層にも重ねていく。利点として考えられるのは、強度が増すので破壊されにくくなること。術者の意思で簡単に分離できること。つまり、数勝負ができる。そして、難易度は跳ね上がりますが、別の魔術を潜ませることもできる。わたくしが思い付くのはこの程度なのですが、他にもあるでしょうか」



 レアラの好奇心に満ち溢れた瞳がジェレネディエとモティエルナに注がれている。モティエルナは熱心に手を叩いて拍手を贈っている。



「レアラ、すごいよ。本当にすごいね。ジェレネディエ様も、そうは思われませんか」



 ジェレネディエからの反応がない。じっとレアラに目を向けたまま、珍しく難しい顔を浮かべている。



「あの、ジェレネディエ様、どうかされたのですか」



 二度目の呼びかけでようやく意識をモティエルナに向けたジェレネディエが応える。



「うん、そう、だね。大聖女レアラ、君は僕の想像をはるかに超えてくるね。ますます楽しみになってきたよ。君なら、心置きなく試せそうだよ」



 ジェレネディエの全身を纏っている氷の魔力が分厚く、そして強くなっていく。呼応するかのように周囲に浮かぶ氷の粒の魔力も明らかに変化していった。



「大聖女レアラ、僕の周囲に浮かぶ氷の粒が見えているね。数は全部で二十一あるよ。モティエルナが説明したとおり、全て七層魔力構造になっている。最初は一粒、次は二粒、その次は三粒、そして最後が六粒だ。順に君めがけて放つから、見事防いでごらん」



 明らかに敵意を持った魔力に変質している。氷の粒がレアラを排除すべき敵と認識している証拠だ。


 レアラはモティエルナに向けていた両手を、即座にジェレネディエに変えた。



「うん、いいね。判断も適格だよ。君が作り出した光壁までの通り道を決して消さないようにね。そうそう、僕も女性だし、君の綺麗な顔を傷つけるつもりはないよ。じゃあ、最初の一粒、狙いは心臓だよ。行くよ」



 ジェレネディエは右手の指先をレアラの心臓に向けて軽く振った。

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